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「 転んだら転びっぱなしな奴っているよなあ、とか言ってるそこの君は本当に努力を続けられるんですか無理ですよねw(6 」(省略形サブタイトル)

【四】


 その時、背後から声が届いた。


「なんだ、ミリア。まだ選んでいなかったのか」


 この状況を作った張本人が、白衣のポケットに両手を突っ込んで、ミリア達を閉じ込めた牢獄へと歩いてくる。超次元科学研究所所長――九条(くじょう)(まこと)。野外ライトを背負った冷徹が佇む。


「簡単だろう、選ぶのなんて。これから先、共に生きて行く相手なのだぞ?」


 振り返り、ミリアは鋭い眼を向けた。


「……おやおや、嫌われてしまったね」

「九条! やめてっぽいんだけどっ! なんでこんな事するのっ!」

「そんなことを聞いてどうする。聞いたからと、何が変わるわけでもない。それよりはまず、ミリアは選ばなくてはな。これから先の人生を、少しでも楽しく生きて行きたいのならば」


風流(ながれ)流星(ながる)か選べって……そんなことしたらもうずっと楽しくないっぽいし!」

「選ばなければ、二人とも死んでしまうことになる」

「! それは、九条がこんな実験をやめれば済む話っぽいけどっ!」

「やめる? それはないよ、ミリア。だってこれは、ここに居る研究者を含めた私たち皆の悲願だ。人は……世界は、壊されなければならないんだ」


 ミリアは息を飲んだ。上司であり養母(ハハ)である九条の口から聞きたくない言葉だった。

 それでもミリアは口を動かし続ける。ハイゲル・ド・シュッツガルの研究メモを読み解けるほどの才能があるから、言える言葉がある。


「それは無理っぽいかも! 九条がやってることが次元壁崩壊因子証明実験(じげんへきほうかいいんししょうめいじっけん)なら、これから起こることを()()()()()()。水の入ったコップを地面に叩き付ければ、コップは割れて水は飛び散る。けどそれは、地球上での話っぽいし! 世界の外側がどうなっているのか、予測はできても確認はできていない。次元の壁を壊したからって、世界が消滅する保証なんてどこにもないっぽ ―― 」


 ここで、閉まる扉に爪先を突っ込むように九条が割って入った。


「空間とは、無限に続く広がりではなく、ある地点において始点と終点が重なる円のようなものだ。ただ両極端の事象しか人には捉えられない故に、空間は無限性を獲得しているに過ぎない――これは、ミリアが示してくれた空間という物の一つの見方だったな?」


 言葉を潰されたミリアは突然のことにいぶかった表情を浮かべ、

「……それが、どうしたの? 今そんな話は関係無いっぽ――」


 しかしこの言葉の途中でも九条はまた言葉をかぶせた。

「通常、人には感知されない次元壁という世界を分かつ膜は、壁というには余りに世界に満ち溢れていて、空間という三次元の広がりを構成する一つになっている――これも、ミリアが示してくれたものだったな」


「だから、そんなの今は関係ないっぽいし! 早く風流と流星を出してあげ――」

「ならば、こう考えることも出来るはずだ」


 九条は睨んでくるミリアの瞳を真正面から受け止めて続ける。


「約一年前。この場所で行った電磁気的空間反転現象を利用した閉鎖(へいさ)空間(くうかん)生成(せいせい)実験(じっけん)。そのときに作られた閉鎖空間は、この世界に浮かぶもう一つの〝新しい世界〟になっている、と」


 ミリアの眼が、限界まで見開かれた。口の中の水分が一気に飛んでいく。

「ま、さか……ッ」


 その反応を見て、九条は満足そうに微笑んだ。

「さすがはミリア、頭がいい。そのまさかだよ。私はその小さい新世界とでもいうべき閉鎖空間に時空間を流れる『(とき)』というものを詰め込んだあと、そこの姉妹のどちらかを空間的に分解し、そのときに発生する超絶するエネルギーと、別世界の時空振動パターンを直接新しい世界に打ち込む。研究通りなら、世界の外側を流れる『時』を詰め込まれた小さな世界は、姉妹の空間分解で発生するエネルギーと別世界の時空振動パターンを撃ち込まれ、また新しい振動を『時』に発生させる。そして、その振動が極限まで高まったとき、新しい世界に注ぎ込まれた『時』は臨界を迎え、爆縮を起こすことが予測されてしまっている――これもミリアの研究が出した成果じゃないか」


 九条は後悔が顔中に広がるミリアから目を逸らすように上空の穴を見上げると、両手を小さく広げて見せる。


「ほら見えるだろう? 穴の淵から溢れ出る赤黒い血液の様なものが。あれが『時』だ。それが、ほら。途中からどこかの空間に消えているだろう? その行き先が、新しく作り上がった世界――閉鎖空間だ。閉鎖空間はミリア達の真上、世界の穴の真下に存在している。爆縮を起こすにはうってつけの場所だ。まあ、その光景を見られるのは私たちだけで、爆縮を起こす前にミリアには姉妹が持つ時空振動パターンの世界へと飛んでもらうのだけどね。どうだい、羨ましいだろう?」


 そう言う九条の顔には苦笑以外に何もなかった。絶句し、後悔を顔中に浮かべるミリアに視線を戻して、白衣のポケットから腕時計を取り出す。


「さて……あと二分もない。早く決めてくれないか。出来れば、ミリアを一人で別の世界に送り出したくはない。それに、そこの二人にはもう頼んであるんだ。ミリアをよろしく、と。だからミリアは何も心配せず、どちらかを選んでくれればい ―― 」


 この時だった。

 まさに、この瞬間――。



 世界が牙をむいた。



ピッッッ、ッギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!


 悪魔が叫んだような突然の爆音がその場の全員を貫き、空間を激しく揺さぶった。

 耳をふさいで蹲る風流と流星。ミリアも同じく耳をふさぐ。突然の爆音に思考がまともに働かず、何が起きたのかと考える余裕もない。


 けれど。

 九条は耳をふさいで蹲ることは無かった。

 九条がとった行動は厳しい目つきで上空を見上げることだった。

 

 視線の先にあるのは世界の穴。

 今まで綺麗な円を描いていたはずのそれは、人を嘲笑う様にグニャリと歪んでいる。


「なんだ、これは……ッ!」


 何が起きているのか分からなかった。けれど、何か途轍もないことが起きているのは理解できた。実験場にある様々な計器が一斉にアラート音を響かせ、赤や黄色の警告色がそこら中で明滅する。その音と光に押される形で九条が叫ぶ。


「計器のチェック! 今何が起きているのか把握するんだッ!」

 だが。


「――ッ!」

 九条の他、ミリアと双子姉妹を除いた世界の穴の下にいなかった研究職員全員が、バタバタと倒れて気を失っていた。五十名近くの人間、全員が。


 怯えるミリア。困惑する風流(ながれ)流星(ながる)。九条の頬が引きつるが、舌打ちの後には近くの浮遊パネルに走って現状の把握を優先させる。


「なんだ、なんだ、何なんだ、これはっ! こんなこと予定にはないぞ。まさか、閉鎖空間が小さすぎた……? いや、実際に見えている『(あれ)』は質量のないエネルギーだ。三次元空間に表出させる際に起こる視覚エフェクトでしかない! だが……だったらこれは一体なんだ!」


 九条の指が瞬くように動き、ボードを叩いていく。加速器に入力した数値、出力される時空振動数とそのパターンを確認し、世界の穴から発生する強い力を、指向性を持たせた磁力で周回させて安定させる為の機器が起動しているかを調べる。けれど。


「くそっ、オールグリーンだ! ならこの異常は、こんな事態が起こる原因は! なんで異常がないのに警告ランプが光るんだ!」


 研究者ゆえの混乱。これまでしてきた研究の積み重ねが、意味をなさない状況に翻弄される。 状況は最悪の方向へと着実に変化し、焦りばかりが募っていく。振り返ってミリアを見れば、風流(ながれ)流星(ながる)という姉妹に寄り添うように、しかし冷たい仕切りに阻まれてどうしようもなく震えていた。


「ああ、ああっ! 儘ならない! 儘ならないね、どうしてもっ! このままじゃミリアまで巻き込んでしまう。それだけは――それだけは、何とかしなければ……ッ!」


 九条は舌を打ち鳴らし、予定にはない指示を入力していく。


「私の我が儘にミリアを巻き込むわけにはいかないんだ! 世界よ、お前にくれてやるものはミリア以外のものだ! 他の連中なんてどうだっていい。ミリアが……ミリアの未来が守れるのであれば、他はどうだって――ッ!」


 そして、エンターキーが押し込まれる。起動するのは次元跳躍の機器。

 ミリアの足元、アクリルの床を綺麗な緑色に輝かせ、姉妹の足元を群青色に光らせた。


「九条、まさかっ!」


 低い地鳴りのような駆動音が四角い牢獄に反響し、風流(ながれ)流星(ながる)を染める群青には金色の粒子が混ざり始める。それは、二人を空間的に分解している証拠だった。


 ミリアの幼い顔が悲壮に歪む。

「いやだ! 嫌っぽいよ! 風流(ながれ)ぇ、流星(ながる)ぅ! あああぁ、あぁああぁ!」


 その叫びを聞いて、背後で九条が言う。

「嫌なら選ぶんだ。今ならまだ間に合う!」


「! そんなことミリアに出来るわけないっ!」

「だったら、見殺せ! 私はミリアさえ生きていてくれれば、それで十分だ!」

「それもだめっぽいもん! 二人が消えるなんて、絶対にだめっぽいもん!」


 泣きながら、駄々をこねるミリア。しかしこの駄々は、子供の我が儘だろうか?

 二人のどちらにも消えてほしくない。二人とも消えるなんて絶対に嫌だ。

 二人を想って出るこの駄々は、我が儘なのだろうか?

 それにミリアは、まだ想っている。こんなことをされてもまだ、信じている。


「九条! こんなことしたら、本当に九条のこと嫌いになるっぽいからね! ミリア、もう一緒に喋ったり、一緒にお風呂も入ったりしてあげないから! ずっと、ずっと――嫌いになるからねっ!」


 その瞬間、九条は息を詰まらせた。拳を握り、奥歯を噛み砕かんばかりに喰いしばった。


(ミリア……ッ、まだ私の事を嫌いになってくれるのか……。まだ、嫌いになってもらえるほど、私を好きでいてくれるのか……っ!)


 震える胸を強く掴み、けれど次に九条が浮かべた表情は、養母(ハハ)の物ではなかった。


「ああ、結構だ。()()()()()()()()()()()()()。私はそれで構わない」


 ミリアは九条の言葉を聞いてさらに、顔をゆがませる。涙で揺れる視界の中、九条がこちらに背を向けてかすかに震えていることを知るミリアだが、何故震えているのか分からない。振り返り風流(ながれ)流星(ながる)を見れば、少しずつ金の粒子になっていく自分の体など気にせずに、ミリアの事を心配そうに見つめていた。


 選ばなければ二人ともが死ぬ。選べば一人は生き残るが、新しい世界で残った一人の隣をちゃんと歩ける自信がない。養母(ハハ)である九条すらいないそんな世界で、生きて行く意味があるのかとさえ思えてしまう。


「もう嫌だ……もう駄目っぽいよ。ミリアが研究を手伝ったから、こんなことになったんだ。ミリアが悪い子だから、みんな離れていっちゃうんだ……っ。ミリア、ごめんなさいするから……ちゃんとごめんなさいするからぁ……」


 子供であるが故に、ミリアは。純粋に。心から。風流(ながれ)流星(ながる)を、九条とみんなを、ただ想って大きな声で叫ぶしかなかった。


「だから、かみさま! ミリアからみんなを取らないで、みんなを助けて――ッ!」

 

 しかし、小さな女の子の叫びは神様の耳まで届かない。神様が本当にいるのだとすれば、この状況を作った九条の過去は、もっと幸せであっていいはずだ。世界に、悲しみなどないはずだ。だから、その叫びは無情に響いていく。


 ミリアを囲む牢獄を抜け出し――、

 実験場の山から大気を伝って森の木々に――、

 空間を揺らして世界の穴に――、

 幾重にも重なる目に見ない壁を越えて遥か遠くに――、


 そして――。

 神様でもないただの少年に、それは届くのだ。




『――ああ、助けてやる』




 直後。

 眩い虹のような純白が実験場を塗りつぶして、響き渡る少年の声。

 巨大な咢と(あぎと)も思える光の手が、空に浮かぶ世界の矛盾を喰い潰した。


次回 第六話 「 人生に無駄なものはないに越したことはないのかもしれないが、往々にしてその無駄なことを楽しむ為に人は生きているのかもしれないとか言っちゃってる奴って俺って達観してるすげぇ奴だって思ってる馬鹿っしょ、とか思ってるそこの君の方こそ愚か者だってもうそろそろ気づいた方がいいよ?w 」

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