「 転んだら転びっぱなしな奴っているよなあ、とか言ってるそこの君は本当に努力を続けられるんですか無理ですよねw(5 」(省略形サブタイトル)
次元壁崩壊因子証明実験。
それは言葉通り、世界を分かつ次元の壁を壊すための実験だった。水の入ったコップを地面に叩き付ければ中に入った水がどうなるかなど誰でもわかるように、一つの『世界』という入れ物を壊して、中に存在しているもの全てを崩壊させようというもの。
ミリアは喉をヒクつかせ、隔てられた二人に抱きつく様にアクリルの仕切りに張り付いた。
「どうしよう、どうしよう。風流ぇ……流星ぅ、ミリアは九条がそんなこと考えてるなんて知らなかったんだよ? ミリアはただ、九条が褒めてくれるからやってただけっぽいんだよ? なのに、どうして――九条は……ここに居るみんなは、死んじゃおうとしているの?」
そして実験の名を聞いたことで、この場に連れてこられる前に言われた『選ぶ』という意味を思い知る。アクリルの仕切りにおでこを付けて、弱弱しく握った手を振り下ろしても、ただただ痛い。痛いだけ。
風流と流星はその様子を見て、ミリアと視線を合わせる様にしゃがみこんだ。
慰める為ではなく、けれどできるだけ優しく、ただそっと伝える事を伝える為に。
「流星姉さんも私も理由は答えられない。ミリアに聞かせる事じゃないもの、あんなこと。ただ、今ここで働いている人たちはみんな、世界を壊してしまいたくなるような悲しい経験をしてきているの。だから壊すのね。世界を」
「だからと言って、世界を壊すことを認めちゃいけないことくらい、ここに居る全員が分かってもいるのよ。それでも壊さずにはいられないのね。それだけ悲しい出来事を知ってしまった。あたしも風流姉さんも少しわかるのよ、その気持」
「「でもね、ミリア」」
「この場所で流星姉さんと私に説明してくれたあの人は、ミリアをよろしくと言っていたわ。私にはどういう原理かはわからないけれど、どうやら実験に必要なのは一人で良いらしいの。ミリアと、残った私たちのどちらかだけ、私たちに記憶された世界の番号というもので、もともと住んでいた世界に送ることが出来るらしいわ」
「ミリアが調べた通り、あたしと風流姉さんはこの世界の人間じゃない。帰るべき場所があるの。けど、帰る為にはこの実験によって開かれる次元の穴というところを通らなければならなくて、それには私たちのどちらかが犠牲にならなければならない。そして、それを決めるにはミリア側の壁に浮かぶタッチパネルのボタンを押すしかない。ミリアが選んでくれないと、二人とも実験に使われちゃうのよ。それは駄目だから」
風流と流星はそこまで言うと、一拍の間を取って、仕切り越しにミリアへ頬を寄せた。
「「だからね。必ず「風流」「流星」姉さんを弟の所に帰してあげて。大丈夫、向こうに行っても「風流」「流星」姉さんはミリアの事を大事にしてくれるわ。だって、姉さんだもの。姉さんがとても優しい事を一番よく知っているのは「あたし」「私」なのだから」」
それは、優しくて辛い頼みごとだった。二人の顔が微笑んでいれば余計に、ミリアには泣くこと以外に、選択を拒否することしか出来ることはなかった。
「二人は意地悪っぽい。ミリア選べないよ。大好きなのに……風流も流星も、九条も他の皆も、なんでミリアに酷いことするの? なんで……悲しいことするの?」
ミリアの泣き顔が、泣き声が、姉妹の体の深い所に鋭い痛みを走らせる。 子供に迫るには酷過ぎるなんて、風流も流星も、この事態を目論んだ九条にだって分かってる。大の大人でさえ人の命を選べと言われて簡単に選べる人間などそうはいない。それが大切だと思える人間ならなおの事。
けれど、子供に求めなければならないような自分勝手な理屈を信念に、九条はこの実験を推し進めてきたし、風流も流星も目指す想いがある。他人からどう言われ、どう思われようと、これこそが最良だと信じているものが。
だからこそ、九条はミリアに風流か流星かを選ばせようと思ったし、その二人も、互いに己の身を犠牲にする選択をミリアに求めているのだ。
それでも――ミリアにその判断は重過ぎる。そっと軽く、タッチパネルに触れるだけで大事な人を消してしまえる選択の強制など、迫る方が間違っている。
遂には、細い足が自分自身を支えられず、ミリアは小さなお尻を床に落とした。
(ミリアが研究を手伝ったせいだ。ミリアが、みんなを殺しちゃうんだ……)
そう思うと涙が止まらなくて、とても悲しかった。
だが――幼い女の思いなど知ったことではないように、実験は佳境に入っていく。
耳鳴りの音量を最高まで上げたような、痛みさえ伴う音がキンッと響いた直後。バクンッ! とミリアの心臓が跳ね上がり、泣き顔が今までにない緊張に染まった。AMレンズからの警告が視界を黒と黄の斜め縞で染め上げる。中央に透けて浮かぶのは、『DIMENSION BREAKDOWN』の一語。
直訳すると次元崩壊。研究所で使われる意味としては、次元壁に時空振動パターンをぶつけて穴をあけたという事を示していた。その穴は、LHC系加速器の中央に空いたスペースは上空、風流と流星とミリアが閉じ込められた強化アクリル製の牢獄の真上の中空に、開いていた。
穴の中を彩るのは、黒と白と灰色と紫と濃紺と茶色と土留色がマーブルに混ざったような気味の悪い色で、その淵からは赤黒い血液のようなものが流れ出し、けれど途中からどこか別の空間へと消えている。
ミリアは空を、空間に穿たれた穴を見上げて呆然と呟いた。
「次元壁への第一次干渉の成功……。もし本当に次元壁崩壊因子証明実験をするなら、ここから五分以内に別世界の時空振動パターンをぶつけるはず……」
それは、五分間――たったの三〇〇秒で決断しろという事だった。
苦汁を飲んで二人のどちらかを選び、選んだことによる後ろめたさと共に生きるか。
あるいはどちらも選ばず、二人ともを殺して失意の底で生きるか。
ミリアにはそのどちらかを選ぶ他がない。
呆然と穴を見上げるその間にも、慈悲などなく回る時計の針は、ミリアの付けるAMレンズの視界の端に時刻を表示し続ける。
風流と流星も幼女の呟きを聞き、僅かな焦りを言葉に含ませてアクリルの仕切りに張り付く。
「ミリア、早く私を」
「いいえ。あたしを」
乞われて、しかし。
ミリアは動かない――動けない。
恐怖と焦りと迷いと悲しみと困惑と躊躇と嘆きと呆然が、四肢の力を奪っているから、どうしても動けない。
だってミリアは、ただの女の子だから。
だってミリアは、優しい女の子だから。
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