「 転んだら転びっぱなしな奴っているよなあ、とか言ってるそこの君は本当に努力を続けられるんですか無理ですよねw(3 」(省略形サブタイトル)
【二】
双治がロープを引き千切る三十分ほど前のこと。
見た目と年齢がきれいに符合する幼女のミリアは、超次元科学研究所という、もとは大学施設にあった研究所の、あまりにも広大な屋外実験場へと足を運んでいた。
そこでは、本来三十キロメートル近くあるLHC系の機能を抽出した全周2・5キロメートルの加速器や、それを制御する浮遊パネル、専門家でなければ何に使うのか全く分からない円形の物や多角形の物体が強力な野外ライトに照らされて、触手の様にうねるコードでつながりながら、青や緑のランプを明滅させていた。加速器の外周にいる五十名近くの白衣を着た所員はミリアにとって顔見知りの人間であり、今まで共に次元壁の向こう側を覗き見る為の研究をしていると〝思っていた〟連中だ。
だから、ミリアの眉間には皺が刻まれていた。声に険が見えていた。
「九条っ! どういう事か説明して欲しいっぽいんだけどっ!」
手足を木製の椅子に拘束され、身動きが取れない体をガタガタ揺らすミリア。視線の先にはその名を呼ばれた九条が他の所員たちと共に忙しなく書類とパネルに浮かぶ数字を見比べて、時には追加したり入力し直したりしながら、答えを返さないまま実験準備を続けていた
「九条ってば! ミリア、お願いしてる! お願いしてるっぽいよ!」
さらに言うなら、ミリアが声を荒げている理由がもう一つある。
一緒に研究所へと来たはずの風流と流星の安否が気になっている。
ミリアは、ふくろう町での短い暮らしの中で双子姉妹に自分が何故ここに居るのかを明かし、実験の為に研究所へと一緒に来てほしいことを話していた。普通なら子供の言う事だと一笑に付して信じなかったかもしれない。だが風流も流星もそれを――他次元の観測実験という言葉を――信じた。信じて、一緒に来てくれた。
なのに――。
ミリアの眼には不安や怒りの前に、悲しみが浮かぶ。
「ねぇ、九条ッ!」
ミリアは、理由を求めて声を荒げる。研究への協力の為という風流と流星の純粋な思いを利用し、さらには自分が言ったことを嘘へと貶めた養母へと噛み付き続ける。
「理由を教えてっぽい! なんで二人を捕まえたのか、ねぇ、九条ッ!」
木の椅子に縛られた体をガタガタと揺らし、自分が怒っていることを知らせるミリア。実験の準備で動き回る所員や九条がそちらに目を向けないのは、そんな彼女を見たくないのか、見ている暇がないからか。いずれにせよ、この場に居る多くの研究員の顔に浮かぶものは、非情なまでに真剣な表情と、死地に赴く兵士のような覚悟だった。ある程度の経験があれば、それら表情を見て、その場の雰囲気や機微などの意味は分からずとも感じとり、少しは様子を見たかもしれない。しかし天才ゆえの孤独に苛ま(さいな)れていたミリアには、いいや、幼女と表さられるほどの年齢だからか、その小さな口から零れる叫びは尽きることはない。
「九条ってば九条ってば九条ッ! 話を聞いてって何回言えば分かってくれるのか分からないっぽいんだけどっ! あの二人はどうしたの? これから九条は何をするの? 教えてくれなかったら、ミリアもう、一緒にお風呂入ってあげないからねっ!」
だが、幼いからこそ動かせるものもある。
例えば、頑ななまでに引き結ばれていた九条の口元、とか。
「くっ、くはは。くはははは! そうか、もう一緒に風呂には入ってくれないか……」
だが、その手は止まらない。
「それはとても残念だな。私は、ミリアと一緒に風呂につかるのが好きだったんだが」
「なら、このロープを解いて、ちゃんと教えてっぽい」
「しかし、それは無理な話だ。もし教えたら、きっとミリアは私を止める為にそのロープをどうにかしようとさらに暴れるはずだ。自分が傷つくのも構わずに、ね」
それに――と九条は続けながら浮遊パネルに追加のコマンドを入力する。
「この実験が成功したらなら、どちらにせよ私はミリアと一緒に入浴出来なくなるんだ。だから、風呂を共にしてくれないと言われても、少し見当が外れている」
九条は軽口を叩きながらメモを取り、隣で作業していた所員にそのメモを渡して肩を押す。押された所員はどこかへと走っていった。
「という訳で、ミリア。君の拘束はそのままだし、この実験が何を目指しているのか教える事は出来ない。もちろん、以前私が言った通り、最後にはちゃんとわかるようになっている。だから、その時まで内緒にしておくよ」
「なんでッ!」
「と、言われてもね。今の説明で分かってもらえると思うんだが?」
そう返されて、ミリアは縛られた小さな両手を強く握った。ぎゅっと口を真一文字に結んで、前髪で目元を隠すように俯く。
「なら……なら二人は、風流と流星はどうしているのか、最後に教えてっぽい……」
「そうだな……言うのはいい。言うのは良いが、言ったらミリアに嫌われそうだから言いたくはないな。といっても、この実験の最後を知ったミリアは、きっと私を嫌うだろうから、結果は変わらないだろうけどね」
「要領を得ないっぽいんだけど?」
「要領を得ない、か。確かに、その通りだ。私はこんなことをしておいて、未だミリアに好きでいて欲しいと思う愚か者だ。それは『煮詰まる』という語が本来の用法とは転じた意味で使われ始めた人間の意識と同じように、私の中にも混濁して意味をはき違えたまま正当化され、なおも矛盾を感じる想いがあるからね」
九条は入力した数値の誤差を修正しながら続けた。
「しかし、この実験の成功でそんな想いともようやく別れることが出来ると思えば、ミリアへの申し訳なさ半分、嬉しくもあるんだ。これでやっと、あの時の判断が間違いじゃなかったと証明できる……そう思うとね」
そう言って、それまで叩いていたボードから手を離すと近くにいた数人の所員を呼び集めて幾つかの指示を与える。指示を受けた所員達は「わかりました」と応答し、木製の椅子ごとミリアを持ち上げた。涙を溜めたミリアの眼が鋭く睨む。その視線を横顔に受ける九条は気づいているのか、困ったように口角を釣り上げた。
「大丈夫だよ、ミリア。ミリアの未来は私が守る。ただ、選んでもらうだけだ」
「意味わかんないっ! 九条はまだミリアの質問に答えてないっぽいのに!」
「それこそ大丈夫だよ。すぐに会える。今から行く場所はあの双子の所なのだしね」
「ならミリアは何を選べば―――― ッ !」
絶句。ミリアの中から言葉が消えた。叫ぶ途中で最低な予想が脳裏を駆ける。
このとき初めて九条はミリアと目を合わせた。困った様な笑顔のまま小さく息をつきながら。
「そう、多分その通りだ。ミリアは偉いね、なんでも分かってしまえて」
そしてミリアに背中を向ける。――もう話す事はない。そんな言葉を背中に浮かばせるように、白衣の裾を翻して。
ミリアはその背に向かって叫ばずにはいられなかった。
もし、考えていることが現実になってしまったら、どうすればいいか分からないから。
もし、九条がその決断をしたのなら、ミリアにとってそれほど悲しいことはなかったから。
だから、ミリアは叫ばずにはいられなかった。
「嘘だ――――――――――――――――――――――――――――――ッ!」
次回 「 転んだら転びっぱなしな奴っているよなあ、とか言ってるそこの君は本当に努力を続けられるんですか無理ですよねw(4 」(省略形サブタイトル)




