「 転んだら転びっぱなしな奴っているよなあ、とか言ってるそこの君は本当に努力を続けられるんですか無理ですよねw(2 」(省略形サブタイトル)
Unknown。
双治は、自分の腹をまたいだ格好のまま端末の表示に戸惑うエルに、困惑気味に尋ねた。
「どうした、エル。次元災害なんだろう?」
「たぶん……」
「たぶん? なんだそれ。てか、そんな事はどうでも良い。次元災害なら俺達が行かないと。だから早く俺を縛るロープを解いてお願い。準備をしなくちゃならないからな!」
「そうだね。準備、しなくちゃね……」
「? どうして上の空? ……まあ、いい。何にしろ、次元災害なんだ! だから、早くロープを解いてくださいコンチキショー。一刻も早く体中をのたくるミミズ様に消毒液を塗ってさしあげたあとで世界の矛盾を修正しなければならないのでね! そう、消毒した後でな!」
「うん。ミミズさんにオシッコかけちゃダメなんだよ……」
「いや、かけねぇけど……そうじゃなく、ロープを ―― !」
ッ、パァンッッッ、と炸裂。
「ギョップルデッサアァァアアァアアアァァァァッ!」
「何なの双治、考え事してる時にうるさい! 少し黙っててほしいかも!」
苛立ち。それは焦りだったのかもしれない。エルの瞳は記憶の海に沈んだ大切なものを探し出すように、ここではないどこかを彷徨っていた。
「もう少し、もう少しで思い出せそうなの。ハイゲルの爺様が言ってたこと。とっても大事なことだった。ここまで、喉元まで来てるんだけど……」
「だからって、鞭はないですよね?」
「だから、うるさいの! これでもし今回の次元災害が特別な物だったら大変――ぁ」
言葉と同時。大きな歯車が噛み合った音が頭に響いた。その瞬間、夜気の凍えが指先から這い上がるのを確かに感じた。
「特別な、災害……?」
普段、携帯端末に表示される次元災害は大きく分けて三つだ。一年前、宙乗家の家族が巻き込まれた『傷』という世界に出来た裂傷が、一つ。とある研究所で女の不運が引き起こした世界が重なるという『侵食現象』が、二つ。時空の流れに堆積する人の感情が暗礁となり、世界という船の底に穴を開けてしまう『汚染』が、三つ。派生系までを数に入れればその限りではないが、大別すればやはりこの三種類に分かれる物が表示される。
なのに、今回表示されたのは――『unknown』だ。
「まさか、そんなこと……でも――通常の、自然発生的に起こる次元災害なら、絶対にアンノウンなんて表示されない。だったら、これは……?」
エルの愛らしい顔が、恐れと疑念を一緒くたにした、奇妙なものへと変わった。混乱する頭を整理するために小さな口から次々と言葉がこぼれていく。
「アンノウンは未知を表す言葉。未知はまだ知らない、知られてないって意味。けど普通ならこの言葉が表示されることはない。次元災害は大きく分けて三つに分かれることが、ハイゲルの爺様によって調べられているから」
エルの思考が少しずつ整理されていくにつれて、紡がれる言葉は震えていった。
「ううん、まって、でも……通常の次元災害は三つに分類されるけど、もしかしたらその中でまだ知らない派生、もしくは新発見的な災害に分けられるんじゃ……?」
しかし、それは考えられなかった。新発見であればそのまま『Discovery』と表示されるし、派生したものであっても根幹をなす事象が三つなのだ。ならば三つのどれかに当てはまる表示がされて然るべきこと。エルは眉を寄せ、ぐっと口元に力を入れる。大きく屹立し、それでも見ないふりをしたかった事実が自身を主張していた。
「ううん、そうじゃない……アンノウンは、ハイゲルの爺様が次元災害として認めなかった――認めることが出来なかった次元の異常なんだ」
双治を跨いだ状態のまま顔を歪め、大きな瞳が溺れていく。
「……そうだ、そうだよ。これは過去に一度だけ、ずっと昔に表示された事があるよ」
遠い記憶。苦い過去。エルが、エル・サウシスが、自身の『界先案内人』という意味を果たせなかった初めての事件。
「ハイゲルの爺様は研究熱心だった。だからわたしみたいな次元壁を超えられる存在を作り上げることが出来た。けど、次元壁を安全に渡るための時空振動数は固定されている物で、それは概念として記録されてもいる世界の№。わたしの体の内にMHCっていう加速起動臨界炉の機能だけが埋め込まれているのも、体感として、次元壁を越える為の時空振動数を算出させるため……なのにッ!!!」
上ずった声だった。震えた言葉だった。可愛らしい顔が歪み、せき止められていた涙が一粒、そして一筋二筋と一気に溢れだした。
「危険なのは分かってた……止めるべきだった……ッ! でも、研究の為だって言われたら、私には何も出来なかった……わたしは作られた命だから、爺様に作られた命だからっ! 命令に逆らう事なんて出来なかったんだよ……」
ぽすん、と。堪え切れず膝を折るエルは、双治の腹の上で震える。痛々しく拳が握られ、冷え切った涙は零れた先で双治を濡らしていった。
「時空振動数はそれ単体で次元を超える為の穴をあける物じゃないんだ。時空振動の発生と消滅を組み合わせて、パターン化させることで初めて時空跳躍の為の穴をあけることが出来るものなんだ……けど、そこに違う世界の振動をぶつけたらどうなるのか、爺様は興味を持っちゃった。だから爺様は――」
世界という化け物に排除された。
エルは双治の胸に額を押し付けて、か細く揺れる息を吐き出す。流れ出す涙を我慢する為に形作られる拳は、あまりにも強く握られていて白くなっていた。嗚咽で荒れる呼吸を落ち着けるように口を噤み、大きく深呼吸をしてから再び口を開く。
「つまり……今回の次元災害は『天災』じゃなくて『人災』なんだ。誰かが故意に次元に干渉しようとして、世界が不機嫌になるってことなんだ」
さらに言葉を区切って、一拍。鼻をすすって顔を上げ、月明かりの中でもまっすぐに、涙と鼻水でボロボロになった酷い顔を双治に向けるエルは言う。
「きっとハイゲルの爺様みたいに、時空振動パターンに無理やり他世界のパターンをぶつけようとしてるんだと思う。そうじゃなきゃ、アンノウンの表示は通知されないはずだもん……どうしよう、双治。アンノウン表示は何が起こるか分からないってことだよ。ハイゲルの爺様はそれで死んだよ。体の時間をランダムに加算されて、半分くらいミイラになって死んじゃったよ……。もし通知された世界の人間がこのまま次元への干渉を続けたら、何が起こるか分からない。結果が爺様の時みたいに世界が壊れちゃうようなものじゃなくても、世界の機嫌を損ねた人間は、きっと世界に殺されちゃうんだ。――嫌だよ。誰かが世界に殺されるのは。もう、いやだよ……」
言葉が終わり、エルのまっすぐで弱弱しい瞳から、一生懸命に我慢していた涙がもう一度流れる。それはエルの痛みだった。自分を作った存在。ハイゲル・ド・シュッツガルの死と、今起ころうとしている危険とが重なり合い、過去の悲痛がフラッシュバックしていた。自分の作られた意味が、存在意義が、揺らいでいた。
エルは、オーロラピンクの長髪を涙で頬に張り付けながら、大きな瞳を悲しく潤ませて、心からの願いを――たった一つの感情を双治に伝えた。
「ねぇ、双治……たすけてぇ……」
直後。
虹色に似た純白が爆発した。
「もっと早く、それを言え――――――――――――――――――――――――ッ!」
部屋を、家を、空間を揺さぶる様な大音声たる咆哮。
ブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチ――――ッ! と自身を縛りつけていたロープを強引な力で引き千切り、引き千切った勢いのままに上体を起こすと、抱きつくような格好になったエルの脇に手を差し込んで、腕の力だけで持ち上げて睨みつけた。
「なんでさっさとそれを言わねぇ! なんでお前は泣いていやがるッ! 俺はお前のその顔が大嫌いだっ! お前はいつも笑ってりゃあいいんだッ! 助けて欲しいなら初めからそう言えよ。俺はお前を見捨てない! お前が俺を見捨てなかったように、どんな事があっても俺はお前を助けて見せる! だから泣くな、エル・サウシス!」
今にも噛み付きそうな勢いで双治は怒鳴った。自分の内側がぐちゃぐちゃに引っ掻き回されて、溶岩のように煮え滾っていた。
怒鳴り終えた双治は圧倒的な存在感をベッドから立ち上がらせると、光放つ眼でエルを見据えて宣言した。
「行くぞ、エル。お前の涙を修正してやる」
次回 「 転んだら転びっぱなしな奴っているよなあ、とか言ってるそこの君は本当に努力を続けられるんですか無理ですよねw(3 」(省略形サブタイトル)




