第五話 「 転んだら転びっぱなしな奴っているよなあ、とか言ってるそこの君は本当に努力を続けられるんですか無理ですよねw(1 」(省略形サブタイトル)
【一】
若い男がいて、その上に女がいる。
今が夜で、場所がベッドで、二人ともに法律上において婚姻を結べる年齢であれば、事の成り行きというものは得てして一つの事柄へと流れてゆくものであり、それが『若い』という言葉に満ち溢れた者達であれば、顔を覆い隠してしまいたくなるほど、しかし、決して目をそらせなくなる様な情事を荒々しく月の光に浮かばせるものだ。
一般家庭のそれより少し大きい家屋は二階建てで、それは父親が再婚する際に用意した男の見栄。そんな父親も母親も、母親の連れ子だった双子の姉妹も、世界の悪戯か、それとも彼らの運命に誘われてなのか、次元の狭間に吸い込まれて今は家を空けている。
残されたのは、父親の連れ子だった宙乗双治、ただ一人。
だが、家に居るのは彼だけではない。
界先案内人――エル・サウシス。
ハイゲル・ド・シュッツガルという、一部の科学者には『今世紀最大にして最高の』と言わしめる天才科学者ないし発明家が作り上げた少女型人工生命体と暮らしている。
エル・サウシスには人工生命体であるが故に作り出された目的と、作り手であるハイゲル・ド・シュッツガルにしか仕組みを理解できない遊び心が数多く搭載されていた。界先案内人という肩書が指す通り、並行世界を自由に行き来する機能に並んで次元災害と呼ばれる『傷』や『侵食現象』といった世界の異常を察知し、ある程度のものなら一人で解決してしまえる力が備わっているのが、作られた目的。十六歳設定という見た目を維持できる不老という機能が、遊び心だった。ほかにも多数の能力や機能はあるが、そのすべてを知っている人間は本人以外ならば、もう既に他界したハイゲル・ド・シュッツガルだけである。
そんな年齢的に若い男と見た目的に若い女の出会いは偶然か、はたまた必然か。
知る人はおらず、もし知ることが出来る者があるなら、それこそは因果を操る神のみだろうが、しかし男と女が一つ屋根の下に居て共に世界の異常を修正するという異様な戦いに身を投じる者ならば、愛や恋といった純真な感情以外で互いを見つめることもあるのかもしれない。
当然、この二人がそうだと言っている訳では決してない。
だが、共に暮らすには正に色々な事情で物事とは起こりえるものだろう。
特に、若いという言葉が満ち溢れた者達ならば、波乱の一つや二つ渦巻かなくて如何にする。
宙乗双治という少年がエル・サウシスという女の子の弁当を食べるのに躊躇した日から、数日が経ったとある金曜日。
世界のどこかへと飛ばされた父親が脂汗を浮かべながらも奮発して建てた家で、普通なら眠りこけているだろう深夜の二時に、ズボン一本でベッドに縛り付けられた男子高校生は、恐怖に震えていた。
「違うっ! 聞いてくれ、俺の話を聞いてくれぇっ!」
「ふふ、大丈夫。双治のやり方はよーぅく分かったよ……わかっちゃったよぅ」
電気の明かりがない暗い寝室。縛られた宙乗双治の腹のあたりを跨ぐエル・サウシス。手には月明かりを照り返して黒光りする、太い鞭が一本。遊びじゃあない。この少女、本気である。
「いくら双治が能力解放時に自分を制御できない変態ド畜生のクソ野郎になっちゃうからって、女性限定で起こる侵食現象の時に毎回毎回相手の唇を奪うのは、もう色情魔どころじゃなくて淫欲大魔神さんになっちゃうからだって、わかっちゃったからねぇ……」
エルは手に持つ鞭で、パンッ! と空気を炸裂させた。痛そうというには限度があるだろうという音に肩を揺らす双治は、縛られた体を震わせながら許しを懇願する。
「ま、待ってくれ、エル・サウシス。話せば、話せばわかる!」
だが、暗く輝く瞳に薄気味悪い笑みを浮かべるエルは、双治を無視しているのか聞こえていないのか、恐ろしい声色で呟き続ける。
「ふふ、ふふふ……大丈夫だよ、いま楽にしてあげるからね。ただちょっと、淫欲大魔神さんに出て行ってもらう為の儀式が痛いかもしれないけど、きっと平気。痛いのは最初だけってよく言うし。酷くても、気を失うくらいだよ」
「気を失うほどの痛みっていうはとてもまずいのではないでしょーかッ!」
「フフフ、九死に一生か。それって、どのくらいの恐怖なんだろうね……そうじぃ?」
「ノォーウゥッ! それだと九割方死んじゃってるからね、俺! って言うか、エルちゃんエルさんエル姫様ッ! 何故わたくしメがこのようなサディスティックでマゾヒズム全開なお仕置きを受けなければいけないかは十二分に承知も了解もしているのでございますが如何せんわたくしにはそのような趣味も趣向も持ち合わせがございませぬ故どうぞご容赦とご勘――」
「えいっ」
ッ、パァンッッッ! と空気が裂けた。
「ぃいいぃいいぇえうぬおぅうおおおおおおぎゃああ!」
強烈な熱さ。体が勝手に反り返える。
「ッッッッテェ! 痛すぎるっ! 何考えてンだ、この馬――」
鹿野郎、と言い切る前に。
「ええいっ!」
ッ、パァンッッッ!
もう、音が苦痛を呼んでいた。
「ッぎゃえあああああるべりょこくらあああああああああああああああっ!」
「何度も言うけど馬鹿なのは双治の方なのかもっ! チュウしたいならわたしにすればいいんだようっ!」
ッ、パァンッッッ! 響き渡る。宙乗家の寝室に。魂の咆哮たる叫びが。
「ぎやああ! 痛い! チョー痛いっすエル姫様っ! 体にミミズが腫れ上がって!」
「わたしは心が痛いかもっ! って、聞いてるの淫欲大魔神さんスラーッシュッ!」
ッ、パァンッッッ! と。痛みに悶絶する双治。頭の中が真白く明滅する。
「みっぎゃああっす! 聞いてるから! 聞けてなかったけど聞いてるからっ! っていうか、大魔神さんをやっつける為の攻撃なのか、大魔神さんが繰り出す攻撃なのか分からない名前を叫びながら鞭を――」
「うるさいかもっ! 反省の色が見えないんだよ淫欲大魔神さんアターックッ!」
ッ、パァンッッッ! 重ねる言葉はもう必要ないはずだ……!
「フンバラディッターッ! 反省してるしてますさせてください! そして淫欲大魔神さんはもうどこかへ行ったようですのでそろそろ許してくれると――ッ」
「でも他の人との濃厚チュッチュを見せ付けられたわたしのハートはまだ許す気にはなれないって言ってるんだよ淫欲大魔神さんバスターッ!」
ッ、パァンッッッ! ………………。
「ぎょえぶるぎゃッ! もう分かった、分かりましたからやめてくださいエル姫様! これ以上されると粗相してしまいそうなわたくしめがここにぃぃぃぃ!」
と、その時。ピルピルピピピピピー……ピルピルピピピピピー……。どこかの地球防衛軍が巨大怪獣出現時に鳴らすアラームのような音が、エルのはいたスカートのポケットから聞えてきた。
「むう……」とエルが唸り、「ナイスタイミングだ、世界!」と双治が喜ぶ。
エルは振り回していた手を止めて、ポケットからピンクの装飾でデコレーションされた携帯端末を引っ張り出す。
『並行時空領域世界――TB‐GYU3900332。unknown』
その文字が目に飛び込んできてすぐ、固まった。
エルの眉が寄り、言葉が困惑するように詰まる。
「アンノ、ウン?」
本来ならば、さっきのアラーム音は次元災害を知らせる為の物だ。科学的根拠に基づいた預言と言い換えてもいい。『どこの世界で、どんな異常が起こるのか』を事前に教えてくれるのだから。例えるなら『並行時空領域世界――TB‐GYU3900332。侵食現象』という風に。
しかし、今回表示された世界の異常は、不明や未知を表す『unknown』。何が起こるかが分からない。
だからエルは困惑する。
そんなことは今までで……――。
次回 「 転んだら転びっぱなしな奴っているよなあ、とか言ってるそこの君は本当に努力を続けられるんですか無理ですよねw(2 」(省略形サブタイトル)




