「 過去から未来への話は過去への想いを整理してからなんて思ってることが草繁茂なんですけどw(6 」(省略形サブタイトル)
『まったく、心配させてくれるね。どうしたって言うんだい?』
「こんな時間になったのは謝るっぽいけど、ミリア大変だったんだから」
『大変だった?』
「うん、大変だった。まるで九条みたいな二人を――」
言いかけ、その時のことを思い出して頬が熱くなる。
「な、なんでもないっぽい……とにかく、大変だったけど計測はちゃんと出来たから」
『ふむ、そうか。ありがとう、ミリア。やっぱりミリアは最高だよ』
母として若すぎる養母は我が子をねぎらい、褒める。とくに優しい声で。九条は知っているのだ。ミリアはまだまだ褒められたがりの子供だという事を。それが証拠に、ミリアは「にへへ」と照れている。
『それで、数値はどうだった?』
「うん。二人が発していた時空振動パターンは3900328。ミリア達が居るこの世界の共通数は3900332だから、九条が言っていた通りっぽいよ」
『――、そうか』
一言そう呟くと、九条は息を漏らすように笑った。
まるで憑き物が落ちた様に。あるいは長い旅の果てに手に入れた希望を見詰める様に。
『ご苦労だったね、ミリア。……ああ、よかった。本当に、よかった』
「? 何言ってるのか分からないっぽい。まだ何も成し遂げていないのに……ほ、褒めるならもっと別な言葉があると思うけど?」
言われ、九条はほんの少し口を閉ざした。お使いの事じゃない。共通して、決定的に異なった目的の達成は、確かにこれからだ。『そうだな。まだ何も成しちゃいない』と静かに続けて、しかし――。
『でもね、ミリア。これは人類史を変えるとても大きな事実なんだ。世界共通の数値、時空振動パターンが存在することを証明した、記念すべき日なんだよ。これで、世界というものは、時という過去から未来への流れにただ揺られているだけではなく、無限の可能性へともう既に分岐している、そして、これからも分岐することが分かったんだ。それだけで私は、なんと言えば良いか……憂い――そう、後顧の憂えとでも言うべき物が一つ消えて、私が考えるミリアの未来に、光がさした気分になれたんだ。だからつい、ね』
「……ふうん。でもミリア、今は未来なんてどうでもいいっぽいんだけど」
『おいおい、そんなことを言ってくれるな。私の頭の中は、可愛いミリアでいっぱいなんだぞ? 過去に妄執する私にとって、ミリアは未来そのものなん――』
と、九条はその雰囲気をマイクの向こうでやっと察した。ミリアの口がちょこんとふてくされた様に尖って、その唇の先から、拗ねた言葉が小さく漏れていることに。
まだまだミリアは、褒められたがっていることに。
九条はやれやれと微笑みながら溜息を吐いて、ミリアの耳に優しく言葉を届ける。
『大丈夫だよ、ミリア』
「何が大丈夫なのか分からないっぽいけど」
『私はミリアにとても感謝しているってことさ。それは今回の事だけじゃない。初めて出会ったあの時から、私はミリアに感謝をしない時はないんだ。なんなら、私の半分はミリアへの感謝で出来ていると公言して回っても良いくらいだよ』
「ふ、ふうん」
『君は凄いのさ、ミリア。その歳でハイゲル・ド・シュッツガルの研究メモを読み解いて、世界を分かつ壁、次元壁へ干渉する時空振動数にたった三日でたどり着いた。私たち科学者が三年以上前から研究を続けていた経験値を、眩しい笑顔で追い抜いたんだ。私はあの時、羨むより妬むより悔しがるよりも先に、ただ嬉しかった。ああ、やっと前に進める。これでやっと、あの時の約束を果たせる。そう、思えたんだ』
ミリアは九条の言葉を聞きながら厠から出て、玄関に向かって歩いた。
『私はね、ミリア。親がいないんだ』
「……知ってるっぽい」
『私はね、ミリア。親を殺されたんだ』
「……知ってるっぽい」
『私はね、ミリア。だから今の研究を続けているんだ』
「……知ってるっぽい」
『この研究は、私の父と母が世の中を良くする為に研究し、良くなった世界で人々が笑って暮らせるように心血を注いだものだ。世界を豊かにする、それだけのための研究だったんだよ。そしてそれは、もう目の前にあったんだ。――でもね、それは途中で断ち切られてしまった。悪い人たちに砕かれてしまったんだ。あとに残ったのは、虫食いの様に残された研究資料だけ。其処から全体を形にすることは、凡人の私には出来なかった。それはきっと、私にそれを成そうとするだけの力が、父と母に遠く及ばなかったからなのだと思う』
玄関に着き靴を履く。静かに螺子型の鍵をキュルキュルと回して外へ出る。
『私はね、ミリア。言った通りの凡人さ。教科書に書いてあるものを覚えられるだけで、それより先がない。私は悩んだよ。これじゃあ成し遂げられない、どうしよう、ってね』
「うん……」
ミリアは空を――街灯がないおかげで金平糖のような色とりどりの星が彼方まで、奥の奥まで見渡せる空を、大きく仰いだ。
『そんな時だったんだ。そんなときに私は――――君に出会ったんだ』
「……うん」
『孤児院の横にある小さな公園の地面いっぱいに、ハイゲル・ド・シュッツガルが残した最終定理の証明が書き連ねてあったのを見つけた時は、唖然を通り越して心ないし体が打ち震えた事を今でもはっきりと覚えている。私はそれを一目見て確信したよ。いや……大きく透き通って、心の中までこちらに見せつける様な君の瞳に、確信させられたんだ』
九条はそこで一拍の間を開けると、まっすぐに、けれど優しく、続く言葉をマイクに乗せた。
『ミリアの力は世界を変える。それは、因果の在り様さえ変えてしまえる程だ、とね』
秋の夜を行く優しい風が、九条の言葉に火照ったミリアの頬をそっと撫でた。
愛を囁かれた乙女の様に、ミリアの胸が潤っていく。
『だからね、ミリア。忘れないでほしい。ミリアがいたから、私は今こうして、自分の心にきっとまっすぐ歩けているし、夢というには余りにもちっぽけな未来を目指して、進めているんだという事を――』
あるいは空を見上げるミリアの横顔を照らす為に、日の光を煌々と照り返す月が丸く浮かぶ静かな夜。幼い女はほうと溜息を吐き出した。
耳に、九条の言葉が続く。
『――ありがとう。ミリアは最高に凄い、私の娘だ』
ミリアは目を瞑り、言葉の余韻が体の隅々まで渡っていくように、夜に身を任せる。秋の夜風が優しくそよいで、彼女は鈴を転がしたような声を鼻に掛け、小さく笑った。
「知ってたっぽい。だってミリア、天才だもん」
九条も、幼いミリアの声を愛おしむように笑う。
『そうか。そうだな。ミリアは天才だもの、な』
ひとしきり笑い合って、その笑い声に秋の虫たちが続き、闇に浮かぶ一切れの雲が月の下を流れてようやく、一息つく二人。
長く細い息を吐ききって、九条は『さて』と新たに言った。
『そろそろ通信を終えるが、それで、どうしたらいい。迎えは必要か?』
問われたミリアはほんの少し考える時間で、双子が暮らす家に視線を向けた。家そのものが眠ったような静謐さの中、何故か暖かさを感じさせる玄関が目に留まる。
「えっと、それは……必要、ないっぽい」
声は少し気まずそうで、どこか嬉しそうで。
ミリアはその幼い足で地面に不格好な丸を描いた。
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