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「 過去から未来への話は過去への想いを整理してからなんて思ってることが草繁茂なんですけどw(3 」(省略形サブタイトル)

「それは、なんと言えばいいか……」


 記者は、彼女の過去を聞いて困ったように言葉を詰まらせた。まだ新人なのか、仕事欲しさにえらい記事を任されたとでも思っているのか、ICレコーダーにはせんべいが割れる音だけが録音されていく。


「し、しかしですね、その話をそのまま記事にするわけにも。ここ数年のゲリラの激しさは僕も聞いていますが、この社会で暴力的な表現は厳しく制限されているのはご存知でしょう? ですから、その、もう少しオブラートに包んだ表現で……」


 以前の、国というものが存在した頃なら『日本人のような薄ら笑い』とでも表現されそうな奇妙な笑みを浮かべる記者に対して、温かい茶をすすった彼女は湯呑をコンと置くと、姿勢を正すついでに足を組み替えた。その顔には呆れ以上のものは浮いていない。


「それはそちらの仕事だろうよ。そもそも、私は自分の過去を美化するつもりも、脚色してコメディーなんかにするつもりもないと最初に言ったはずだ。実際、中高生の童貞ボーイが一物を勃起させるような物語になる過去じゃないのでね」


 彼女はにたりと笑ってみせるとポンと膝を叩いた。


「さあ、約束の三十分だ。とっとと退散してくれ。研究が残ってるんだ」

 立ち上がり、自身が着た白衣のポケットに手を突っ込むと、顎で出口を示す。

「それに、そろそろあの子が帰ってくる。お前はその場に異物でしかない」


 言われた記者は肩を竦め、ICレコーダーを仕舞って立ち上がる。けれど部屋から出る直前。

「ああ、これは記事とは何の関係もないことですが……」

 ドアノブを手に彼女を振り返えると、こんなことを口にした。

「もしも、なんですがね。もしも僕が、あなたにとって有用な情報を持っているとしたら、聞きたいと思いますか?」


 その瞬間、冷たい沈黙が空間を奔った。一拍の間を開けて、記者は続ける。


「それがもし〝居場所〟という直接的な情報だったとしたら、どうしますか?」

「ほう……?」


 彼女の眼もとに影が生まれ、焦げ付く様な日に晒される口元が不気味に持ち上がった。

 その瞬間――。

 カラスの羽で背を撫でられたような寒気を記者は感じた。部屋の重力だけ膨れ上がったような錯覚さえ覚えた。それでも。記者は彼女の言葉を待った。報酬目的でこんな話を持ちかけている訳ではない。純粋に、記者としての興味だった。と言っても、この時の記者が後悔していなかったと言えば嘘になるが。


 彼女が言葉を返したのは、無言の圧力が記者の子猫の様な好奇心を押し潰す少し前だ。

「有用な情報、か」


 一言呟き、目の前に骨付き肉を出されて〝待て〟を命じられた犬のように彼女はグル……と喉を鳴らした。口元がヒクつく。だが、彼女が次に記者に顔を向けたときには、粘つくような、けれど列記とした笑みを浮かべていた。


「しかしね君、それは勘違いだよ。君のいう有用な情報は私にとって必要のないものだ。もしあの日に大学を襲ったゲリラ連中全員の物を、と言うのであれば話も少しは変わるかもしれないが……どうだい、きっとそうではないのだろう?」

「ええ、まあ……。拘留されているのか、その場で果てたのか分からない者もいますから」

「であれば、それは私の趣味じゃない。少しばかりそそられる話ではあるが、私もその程度の誘いに構っている暇もない身なのでな。縁がなかったと諦めてくれ」


 彼女は肩をすくめ、最後にこう付け足す。


「というより記者さん、私はね、もう其処(そこ)というレベルを超えた場所にいるのだよ。甘露な誘惑であったことは認めるが、かかずらうには足らな過ぎるんだ、なにもかもが、ね」


 ズオウゥ……と。夕焼け色に染まる一室に、それ以上が無いほどの濃密な赤が溢れたような幻視が記者を襲った。中心には彼女の影が不気味に揺れる。記者が引きつった顔で足早に部屋を出てけば、ステンレス製の扉がガチャンと音を立てる。


(少し可哀想だったか……)


 思わず溜息がこぼれ出た。それから部屋を見渡す。

 人が一人いなくなることで部屋の空気は濁ったように凝り、重たさを増したようだった。

 音のない紅く染まる部屋で、彼女は懐かしむように虚空を見上げて、唇を噛む。


(まったく、嫌なことを思い出させてくれる)

 切れた唇から鉄の味を舌に広げて、過去の映像が眉間にしわを刻んだ。

(きっと私は、この記憶を捨てる事は出来ないんだろうねぇ……)


 と、そのとき。


 背の低いガラステーブルに投げ出された十五センチ程のスティック状通信端末から、音楽が響いた。表情のない顔で端末を見やって『Gimmick answer』と声を放れば、声に反応したスティック状通信端末は子供のおもちゃのように変形し、両手足を揃えたロボットに姿を変えた。テーブルの上で身振り手振りを加えながら流暢にスピーカーを振るわせるロボットの声は、若い男性のもの。


『所長、計画の前段階は86%が完了し、あとは時空振動数の数値入力と次元壁崩壊の為の13の力を連鎖させるだけです』


 所長と呼ばれた彼女は小さなメッセンジャーを掌に乗せて会話する。


「そうか、ご苦労だったな。なら休んでくれ。数値は(じき)に手に入るだろうが、もう一方はまだ少し時間がかかると思うからね」

『いえ。せっかくここまで来たので、やれることはやっておきたいというのが本音です。なので、確認のための数値の再計算をさせてもらえればと思います』

「ほう、気力は十分という訳か……だが、いまは休んでくれないか。そもそも私たちがやろうとしていることは閉鎖空間の消滅と、時間の圧縮なんていう前代も未聞過ぎる実験だ。時間がかかるのは仕方のないことで、それまで体力を残しておいてくれなければ、ともにそのときを迎えられないかもしれない。それは後味が悪いというものだろう?」

『何を言うのです。後味なんか残りませんよ。この計画にあるのは〝無くす〟ことなのですから。その為にも、事を成す準備を万全に仕上げたいのです』


 それは、確信をつく言葉だった。

 彼女は呆気にとられたように動きを止め、それからふうと息を吐く。


「確かにそうだ。この計画の後に残るのは何もない。なにも、無いのだったな……」


 言葉を切り、素直な気持ちで口角を持ち上げる彼女は、けれど。


「それでも、今はまだ無くなっていないんだ。ならば休養は必要なものだよ」

 だろう? と言葉を繋げた。


 自分の上司からの言い様に、十五センチのロボットは頭を掻くような素振りを見せて、困ったようにスピーカーを振るわせた。

『はあ、所長のそういうところ、ずるいです。……分かりました。そうまで言うのであれば、仮眠くらいは取らせてもらいます。少し欲求不満は残りますが』


 では、失礼します。それを最後に、十五センチの小さなロボットは再び姿をスティック状の通信端末に戻し、彼女の手の上を転がった。

「すまないな」


 呟き、端末を見つめ、ぐっと握り、白衣のポケットに落とし込んで、また呟く。

「感謝をして、しきれない。だからこそ、成し遂げる」


 三年前のあの事件もろとも、清算させる為に。



「待っていろよ、世界。私がすべて――」


次回 「 過去から未来への話は過去への想いを整理してからなんて思ってることが草繁茂なんですけどw(4 」(省略形サブタイトル)

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