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「 過去から未来への話は過去への想いを整理してからなんて思ってることが草繁茂なんですけどw(2 」(省略形サブタイトル)

【二】


 並行時空領域世界(へいこうじくうりょういきせかい)――TB‐GYU3900332。

 技術水準、発展速度がともに完全管理されている世界において、人類は大きく三種類に分けられる。


 一、管理された環境に順応し地域ごとに分かれて生活をする、一般人グループ。

 二、世界の技術水準、発展速度を含め全体を管理する側の、世界政府グループ。

 三、世界の技術を管理する為に知識と能力を蓄え発展させる、科学者グループ。


 細かく分ければもっと分類できるのが人間社会というものだが、大きくはこの三つだ。

 今から五十年前に起きた『罪の一週間(ギルティウィーク)』。その事件で死んだ人間が当時の総人口の約半数である三十八億人超で、2030年現在は三億人の人間が数を戻しつつある。それでも全盛期の世界人口には遠く及ぶべくもない。


 けれど人口が減れば、それだけ政府機関は人類の管理が容易くなるは道理だろう。

教育の方針も変えやすく、多くの人々――特に現在五十五歳を超える人々は、人の恐ろしさというものを実体験として理解しているからこそ、相手に誠意を尽くし尽くされることを生きる上での美徳と捉えやすい。実際この世界の人間が命に対して道徳感・倫理感ともに異常に高く発達しているのは、少ない人口と『罪の一週間(ギルティウィーク)』のおかげと言っても間違いではなかった。


 だが、『罪の一週間(ギルティウィーク)』で人間の愚かさと、その後の世界で手を取り合える強さを知ったはずの人類も、五十年の歳月は災厄の記憶を薄れさせるには十分な長さを持っていたようで、ここ数年の犯罪件数は掃いても積もる落ち葉のように増え続けている。特に、世界政府による人類一斉管理という言葉に反感を持つ人々、『罪の一週間(ギルティウィーク)』を物語か何かだと勘違いしている若い世代が正義のゲリラとなって起こす、暴動ないし聖戦という名の犯罪が急増していた。双子の姉妹が飛ばされた田舎町にはそういった聖騎士を気取った連中は存在しないが、多くの街では確かに暴力に怯える人々は存在する。


 一つの例として。

 三年前のとある日にも、ゲリラは行動を起こした。

 世界政府の粛清という大義を振りかざし、政府運営の大学施設を襲うという形で。



 とある少女は少女と呼ばれるには幾分大人び過ぎていて、その年の初春には高校を卒業し大学に入学しているような年齢だった。シニョンという髪型と顔の作り自体が未成年には見えない造形なのも、その少女の大人びた雰囲気を構成する要因の一つ。


 十二月二十三日。

 彼女は、クリスマスというどこかの宗教の忘れ形見のようなイベントのおかげで賑々しい界隈を、大学内にある『超次元科学研究所』に向かって走っていた。超紐理論をベースに組み立てた、現世界の殻の向こう側を覗く為の超次元科学は、時間の在り様を証明させるという目的のために考案された学問であり、1980年代にブレインインプラント技術が確立されているこの世界にあっても、最先端と呼ばれる研究だった。両親がそこの所長と所員をしていれば、進む道も幼いうちから決まっていたのかもしれない。――急がなくちゃ。彼女の胸は期待でいっぱいだった。


 クリスマスのデートが待ち遠しいから? 違う。その日は、次元壁を越えた先の世界を覗くため、次元壁に小さな穴をあけると予測されている次元振幅を粒子加速器によって作り出し、過去ないし未来を観測するという人類史上類を見ない実験の日だったからだ。


 だから彼女は躍らせていた。期待や希望を。胸の内で。瞳の奥で。世界初になる実験が行われるその場所に自分も立ち会える。名誉なことだ。彼女の足が駆け出しているのも、その瞬間がとても待ち遠しいからに他ならない。

なのに――。


 彼女が大学の門前に着いた時、そこは炎の赤と、血の赤と、恥辱の赤に染まっていた。


 聖戦という名の大きな暴動。それは政府が運営する施設への、あるいは一般人を管理するという傲慢な政府の言いなりになっている科学者サイドへの、無差別的で陰惨な暴虐と、動物的で卑猥な凌辱が、大昔に残された地獄絵図を再現した様な光景だった。


 この日の実験に対する興奮で自然と浮かんでいた笑みは惨たらしく消え、自分が女であるが故にその光景に怯えて、しかし彼女は人の子であるからこそ両親の安否を気にして門を潜っていた。

 走る視界の中を至る所で学生とゲリラが争い、至る所で男女構わず辱められる光景が流れていく。血飛沫が火花のように散り、様々な鳴き声が人の動物性を浮き彫りにしていた。


 彼女には、いま起きていることが信じられなかった。いいや。彼女だけじゃない。この世界に生きる多くの人々も信じられない光景だったろう。力の行使によって他人を圧倒させるというゲリラの考え方が理解できないのだから。生まれてからこれまで、それこそほとんどの人たちがとことんまで命の尊さを刷り込まれて生きてきた。当たり前なのだ。人が人を殺さないなど。それでも。――人は争い殺し合う。心を。命を。魂を。


 彼女の両親への心配と、己が身にいつ降りかかるか分からない凌辱への恐怖。何故これほどの事をしておいて平気でいられるのかというゲリラへの疑問は、ただ焦燥へとその姿を変えて、駆ける足を理由の分からない涙で濡らした。


 目的の場所にたどり着くあいだ、ゲリラの手に捕らわれなかったのは僥倖といえる確率的幸運でしかなかったが、研究室のドアを開けた時に飛び込んできた光景まで幸せと言うには、余りにも悲惨に過ぎていた。


 その場に笑顔がなかったわけではない。

 笑顔だけなら沢山あった。


 ゲリラの多くは嫌らしい笑みを作っていたし、研究所に勤める男性職員以外は恍惚に蕩けながら口ないし自身の穴という穴から涎を垂らし、白濁に汚れた躰で(からだ)狂った笑みを浮かべていた。人間がただの動物だという事を教える様に、雄と雌が自分を叩きつけるところを見せ付け合い、圧倒的快楽を貪っていたのだから。


 彼女の頭は真っ白になった。現実の認識が上手くできなかった。

 視線を向ければ、転がるいくつもの小瓶と注射器。傷一つ見えない裸の男性職員たちと、泡を吹いて痙攣しながらも笑う女たち。


 注射器と一緒に転がる小瓶には次元科学を専攻する彼女には分からない文字が記号として踊っていた。もし彼女に薬学の知識があれば、その中身が大脳皮質や視床下部といった人の思考や判断、自己抑制を麻痺させるもであったことや、エストラジオールやプロゲステロンといった雌の性行動を制御するホルモンを異常分泌させるものだという事がわかったはずだし、他にも筋弛緩剤として使われる薬剤があったことに気が付いたはずだった。


 だが、彼女がその中で唯一知り得たのは、この状況が薬によって引き起こされたのだろうという事だけ。その饗宴が薬によるものだという事が理解できたからと言って、大股を開いて知らない男に嬉しそうに跨る母親を見てしまえば、思考なんて簡単に吹き飛んでしまう。


 ――母さん?


 そんな一言すら呟けぬまま膝が崩れ、腰が落ちる。

 その動きに母親が気付き、しかし悲壮に表情を歪めることもなく、『見ないで』と(ほう)けた顔で涎を垂らす口と、動かし続ける腰をくねらせるだけだった。それは、人間の精神は確固とした魂が動かしているものではなく、脳髄という肉が電気信号のやり取りで思考している証拠であり、いま見ている映像が人間なのだという事を叩きつけるものだった。


 筋弛緩剤で両手足の自由だけを奪われた男が叫ぶ。

 ――逃げろ!


 でも、その悲痛な声は最愛の娘の耳に届くことはない。

 どこか遠くで起こっているような目の前の現実を彼女は見つめていた。

周りに転がる注射器や空の小瓶――投与された結果が生む状況――近づいてくる下世話な笑みの男――その手にある注射器――自分の精神状態と運動能力――それらすべてを理解し把握したうえでとれる行動は一つしかなかった――。


 惨めに床を転がる父親と、悦びに踊る母親を一瞥した後、自らの選択として……歩いてくるゲリラの唇に己のものを押し付けた。

 彼女は注射器に用意された薬が何だかわからなかったし、逃げて逃げ切れることはないと冷静に判断した。なら、あの注射器の針をどうにか(かわ)すには、もう既に狂ってみせるしかない。


 だから、女を晒した。


 狂ったように男を求め、解いた髪を稚拙に振り乱しながら、少女だった自分を破壊した。

 本当は、泣きたかった。

 もう嫌だと叫びたかった。

 全てを吐しゃ物と一緒に吐きだして、今いる現実から逃げだしたかった。

 でも、それは無理だった。

 現実にヒーローはおらず、泣いていれば守ってくれる勇者もいない。

 だから必死に演じた。

 男を惑わす女を。

 自分を騙す己を。

 ここから生き延びて、ここに居るすべての奴ら――全ての人間に復讐する事を誓って飲み干した。男を、己という全身を使って、食らい尽くした。

 世界政府が特殊犯罪鎮圧戦用陸上自衛部隊(特戦陸自)を介入させたのは、彼女の父親が舌を噛み切り、母親がもう戻れないほど汚れきった後だった。

 ただ一つ。

 そんな悲惨な事件の後。

 彼女の眼に後悔も恐怖も混乱もなかったのは、自壊の絶望を示していたのではない。

 それだけは、間違いなかった。



「――って感じでどうかね?」

 彼女は秋の気の短い夕焼けが入り込む部屋の中で、低いガラステーブルを挟んだ向こう側のソファーに座る記者に向けて薄く笑って見せた。木皿に載せられたせんべいを一枚つまみあげ、それを見るともなしに考える。

(どこから自分の過去を知ったのかは知らないが、よくもまあ掘り返すものだ)、と。

 彼女は、呆れと感心を混ぜこんだ笑みの端切れを、せんべいをかじるのと一緒にかみ砕いたのだった。


次回 「 過去から未来への話は過去への想いを整理してからなんて思ってることが草繁茂なんですけどw(3 」(省略形サブタイトル)

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