第四話 「 過去から未来への話は過去への想いを整理してからなんて思ってることが草繁茂なんですけどw(1 」(省略形サブタイトル)
【一】
宙乗双治がエル・サウシスのパンツを衆目に晒してから三日後の平日。
男女共学の理工高校である次平元高校では、四つの授業時間がチャイムと一緒に終わりを告げて、賑々しい雑踏と姦しい談笑が校舎の内外問わずに溢れていた。
言ってしまえば、昼休みである。故に。宙乗双治は普通なら出入りに制限が掛かっている屋上で、エル・サウシスと二人きりの昼食を楽しんでいた。
……。
いや、正確に言おう。
宙乗双治という少年はエル・サウシスの料理を目の当たりにして冷や汗を垂らしているのだから、楽しんでいると言うには少々疑問が残る状況であった。
「はい、あなた。あーんしてぇ?」
ヒマワリの様な、などという凡庸な言葉を使って形容されそうな笑顔で口元に差し出されるのは、エルが今朝がた丹精込めて作ったと思われる深緑色のソースが掛かった何か。
「質問だ、エル。これは、なんだ?」
「大丈夫! はい、あーんだよぅ!」
双治は、作り物めいた可愛い笑顔の裏と、深緑色の物体がとても気になって、表情筋の引きつりを抑え込むことが出来なかった。汗だって冷たくなる。
(いや、大丈夫とか言われても深緑色の絵の具の様な物体を食うには勇気が……!)
よくよく観察してみれば、それが肉料理だという事は間違いなかった。鼻には異臭どころか食欲をそそるとても芳しい香りを感じてもいる。三日前のことを未だに怒っているにしても、食べられない物は出さないよね、という不確かな思いが双治にもあるにはあるものの、不確かな思いだからこそ、ゴクリと鳴る喉は絡みつく一抹の不安を飲み込んではくれないのだった。
(確かに美味そうな匂いではある……だが、しかし、それでも見た目が絶望的過ぎるっ!)
ちらとエルを窺がえば、ニコニコニコニコニコーッ、とまさかの後光が差しこみそうな脅迫的な笑顔に、双治はダラダラダラダラダラーッ、と冷や汗が止まらない。
いつもならば深緑色にテカテカしている物体を食事として出されたら、逆に相手の口に押し込んでやるのが宙乗双治という男の子だが、今はそれが出来ない。何故なら、三日前に双治がしでかした、あの事件。学生の間で囁かれる――『苺パンツ登校事件』が大問題なのだ。双治がしでかしたあれは場所が通学路だっただけに、学校中へ伝播するのが早く、『酷くないですかー?』『てゆーかサイテー』『エルたんに謝りなよ!』『そうよ、そうよー』と囂々たる非難を受けた。それも、学年をまたいだ女子から女子に。であれば、女子軍団的猛抗議を受けしまうのは仕方なく、その上で他の女子からの援護にエルが調子に乗ったからもう大変。
思い返してみれば、元々どちらが悪いというよりどちらもが悪いという話だったのだが、他の女子からの加勢を受けてからは圧倒的に女子のパンツを衆目に晒した双治が悪いという流れが出来上がってしまい、それこそ何故か、双治はエルの言うことを一週間聞き続けなければならないという罰ゲームが学校中の女子公認という力を持って可決されてしまったのだ。
だから、双治は逆らえない。もし逆らえばどうなるのか。暮らしという平穏に波風を立てたくない双治は従うしかないのだ……っ! 昨夜など、Linkerの能力を使って学校中の女子に気に入られようかと少々本気で考えたが、そもそもLinkerの能力の中に異性と仲良くなるという付加効果がないことに気付いて苦悩したりもした。
(ど、どうする、おれ! 食うのか、俺ぇ!)
ぐぬぬぅ、と唸る。臍の下あたりに力を入れて、覚悟という見えざるものをため込んでいく。幾度となく生唾を飲み込んでは深緑色の物体から視線をそらしてオーロラピンクヘアー少女を窺うが、もうその巨大な笑顔がデフォルトなのではと思うほど、それは咲き誇っていた。
「ほら、双治。早くしないとお箸が滑っちゃう」
だが、それを口にする覚悟がまだ溜まらない。
「何、してるの? ほおら、口、開けて……?」
エルの声の質が少しずつ変わっていく事実が、寒気となって双治を襲う。
「ねえ、早くしてって、言ってるよね……」
なのに、エルの顔は全く変わらない煌びやか笑顔のままだ。
「そうじぃ……とっとと、食べちゃいなよ」
笑顔とは反比例する何だかよく分からないプレッシャーがエルの背後に阿修羅像のようなものを浮かべ、まるで次元の狭間に落ち込む錯覚を双治に与えた。
そして最後の一言が発せられる。
「食・え♪」
その瞬間。
「あーもう、分かった! 今から食ってやるから、覚悟しとけよ!」
双治の中で閃光が弾け、深緑色の何かに喰らいつこうと大きく口を開けた。
そのときだ!
「そんなに嫌やったら、わしが貰うで?」
はぐっ、と。深緑色のそれは、背後から現れた関西弁(?)に食べられていた。
もぐもぐもぐもぐ、ごくん。ふうーっ。
「あら、ほうれん草のソース? 宙君えらいビビってたから、なんや期待して損したわ。三十点や。料理は百点満点のおいしさやったけどなー」
後ろから現れた関西弁を見てみれば、逆立てた短い銀髪に青いサングラスをかけた学ランINアロハシャツの男子学生だった。浜田賢史。双治と同じクラスのイロモノメイトだ。
「浜田……いつの間に」
「さっきから居たで。ああ、なんやったら、全部食うけど?」
しっかし、緑色には驚いたで! なははははー、と笑う。
「平気、なのか?」
「そりゃまあ、平気や。生まれてから高校に入るまでの十五年、一年おきに関西と関東を行ったり来たりしとったわしが言うのやから間違いない。弁当に喰えんもん入れるほど、宙君の嫁ハンもけったいな性格しとらんて」
青色サングラスをキランキラン光らせながら豪快な笑みを作る浜田。それを見た双治も引きつった口の端を隠しもせず、休学明けに初めて友人と呼べる間柄になった関西と関東のしゃべり方がごっちゃになった浜田の言葉に、ほうと安堵のため息をついた。
『なんや知らんけど、あんさんとはお友達になれそうやー!』
会っていきなりそんなことを言われたのが約半年前。はじめは警戒していたが、世間というものにとらわれない奔放で気さくな浜田の性格に、双治は段々と惹かれ、今ではこんな仲。
「ちゅーか、宙君。ほっとした溜息吐いても、安心するのはまだ早いと思うで」
浜田は何故かそそくさと双治から離れた。顔を青くして、額に汗をかきながら、パンッと両手を合わせ、その手を頭の上に持っていって祈るような格好をして見せる。
「宙君、すまん! あとで焼きそばパンおごられるから、ここはまかせたーっ」
とうっ! と。どこからともなく取り出した鉤縄という古来忍者が使用していた鉄製の鉤爪が付いたロープを屋上の手すりに引っ掛けて、そのまま地上へと降りていく。本人曰く忍者の子孫らしいが、毎回どこからともなく現れては颯爽と姿を消す浜田は、本当に忍者なのかもしれないと双治は思い始めていた。
「つか、おごられるってなんだよ……」
相変わらず変な奴だと思いながら、少し笑う。
と、ここで。
「ん? ここは、まかせた? ……ハッ!」
ここに至ってようやく思い出した。
短い間ではあるが、現在従僕である自分が、主様であるエル・サウシスをほったらかしてしまっていたことに。のみならず、その主様が丹精込めて作ってくれたと思われる深緑色のアイツを自ら食わず、友人に最初の一口を喰われていることに。
双治の顔が、これまで感じたことのないプレッシャーで不気味に歪んだ。視界の端で、オーロラピンクの長髪が妖気を纏ったようにザワザワザワザワと勝手に動くのを、確かに感じる。
だから視線を向けられない。
この三日間で女子という生き物がどれほど恐ろしいのか、とくには集団になったときの結束力たるや、完全に男子の比ではないことを宙乗双治という男の子は知ったのだ。もし、エルから差し出された手作り弁当を食べるのに躊躇いを持ったと他の女子連中に知られれば、またどんな報復が待っているか分からない。今後一切の学校生活をエルに跪いて暮さなければならない、なんてことにもなりかねない……!
双治は震える。それほどまでに女子の力は恐ろしい。男女というカーストが昔どうであったのかなんて知ったこっちゃない。現在の学校という敷地の中で圧倒的に男子は女子より下なのだ! そんな事をここ三日で思い知らされている双治は、背筋を這う寒気に戦慄した。
世界の異常である『世界の傷』などよりも数倍は恐ろしいと思わされる無言の圧力をひしひしと感じながらチラリと見える視界の端には、何も挟んでいない箸を未だに差し出しているエルの姿。あれから数分は経っているはずなのに微動もせず、ただ箸を持つ右手だけを小刻みにプルプルと震わせているなんて……これほど恐ろしいことがあろうか!
だが、このまま何もしなければ己の平穏と無事はどうなる。考えるも恐ろしい。きっと恐怖と戦慄に塗れた何かになること請け合いだ。
であれば。
宙乗双治は勇気を出して極限的愛想笑いを浮かべながらエルを窺った。
瞬間。
「ひいぃ!」
人生で初めて悲鳴らしい悲鳴を上げていた。
(し、死んでいる……あのエルの瞳は、完全に死んでしまっているっ!)
けれどそれは、死んだ魚の眼のように濁っている、という訳ではない。
光がなく、奥から闇にも似た負の感情を視覚化した様なおどみが溢れていたのだ。
さらに、双治は気づいた。エルの唇がかすかに動いていることに。中途半端に開いた己の口を戦慄かせ、動くエルの唇に意識を集中させてみれば、「……双治の為…………わたし…………五時に…………一生懸命…………ッッッツッ」、と聞こえてくる。いつもなら輝く大きな青い瞳にオーロラピンクの長髪を靡かせて「なのだよう!」と可愛く言葉を紡ぐ唇が、暗黒物質的な何かを吐き出していた。しかも。
(副音声だとぅ!)
いくら人工的に作られた存在だとしても人型に作られたからには声帯は一つのはず。なのに、双治にはエル・サウシスの言葉がダブって聞こえていた。このままでは神々の黄昏やアルマゲドンでも起きそうな不吉さを感じ取った双治は慌てて声を掛ける。
「お、おい。しっかり ―― !」
だが。
事態は急に動き出す。
双治の言葉が終わる前にエルは手にしていた箸を握り潰すように折り砕き、猛烈な勢いで立ち上がると、どんな機能なのかオーロラピンクの髪を真っ赤に染め上げてブチ切れた。
「こぅンの銀髪アロハの鳥頭がぁあああ! 双治に作った愛妻弁当を喰うたぁどういう了見じゃあぁあぁああああああああああああああ! 腹ぁ掻っ捌いて返してもらうから覚悟しとけやゴラァああああああああああああああああああああ!」
普段の様子からは考えられない叫びをあげて、エルは自分が人工生命体であるが故のリミッターを解除すると、長い髪と短いスカートをはためかせながら跳躍した。
「ちょ、まっ!」
地上では、突然頭上から現れたエルに驚きの声が上がっていたが、おそらく人間では出せないはずの敏捷性と真っ赤に変色した髪のおかげで、飛び降りてきたのが誰だったのかまでは気づかれていないようだった。
双治は慌てて駆け寄った屋上の淵から地上を見下ろす。
「……ああ、行っちまいやがった。これが食い物の恨みってやつか? 今回は浜田の意地汚さに助けられたが……ははっ、エルの弁当を横取る、馬鹿な奴だ」
どう考えても女の子の手作り弁当を食べるのに躊躇した双治が悪いのだが、エルの中では躊躇した本人より横から掠め取った浜田の方が悪いと結論が下されたようだ。双治からすれば有り難いことこの上ない。
で、あるからして。
どこか遠い地上の方で、「任せたゆーたやろー、あほー!」とかいう悲鳴が聞こえてきても双治は目を瞑って手を合わせる事しかすることはなく、「安心しろ。墓参りぐらいは行ってやる。焼きそばパンもって、な」と祈りを捧げ平穏な学校には似つかわしくない金切り声をただただ聞くのみだった。
「ぎいやあぁああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「 過去から未来への話は過去への想いを整理してからなんて思ってることが草繁茂なんですけどw(2 」(省略形サブタイトル)




