「 世界旅行と言っても本当に世界を旅する人なんて冷たい目で見られるよw(3 」(省略形サブタイトル)
【四】
山の中に幼女がいた。
十歳前後といった見た目でインカム型の通信機を耳にはめ、AMレンズというコンタクトタイプの情報端末の遠近調節を脳からの電気信号で操りながら、秋風でばっさばさ揺れるスカートや短髪など気にせずに、三キロ先のあぜ道を歩く風流と流星を見ていた。
「確認した。金髪サイドテールの二人組? そう、なら当たりっぽい」
幼女が声をかける先は通信機のマイク。はためくスカートを気にしないのは、自分以外の人間が周りにいないことを知っているから。だから、通信機の向こうにいるやたらと大人びた二十一歳のグラマラス上司からこんなことを言われれば驚くのも無理はなかった。
『よし、このまま作戦を続行してくれ――と任務成功を祈りたいが、ミリアよ』
「なに?」
『私は思うのさ。ミリアの年齢で白フリルのオーフロントはまだ早す ―― 』
「みゃあーーッ! それ以上を口にしたらぶち殺したうえでさらにぶち殺してやるっぽいんだけど! てかどこからそんな情報入手しやがったぁああ!」
叫びつつスカートを素早く押さえる幼女ミリア。ボッという音が聞こえそうな勢いで幼い顔が真っ赤に染まる。
『ちなみに。この情報はミリアが使っている研究室のテーブルにあったファッション誌から得た物だ。あれがもし他人に知られたくない情報ならば、見開かれたページに赤丸なんてしておかないことをお勧めするよ』
「職場での個人情報がダダ漏れているっぽいっ!」
『君に与えられた部屋だからと言って君以外が使ってはいけないという定義はない。第一、私は君の養母だぞ? 娘の部屋に入るのにどんな許可がいるというんだ』
九条は何を今さら……と溜息交じりにせんべいを齧る音をマイクに響かせた。ミリアが社会の一般的なルールを知っていれば九条が言ったことは大方が間違いだと気付けたかもしれないが、見た目と実年齢がイコールで結ばれる幼女にとって、養母兼所長という大人から言われる言葉は絶対の力を持っているように思えてしまうのだから反論の仕様がない。顔を赤くして、大きな瞳を涙で潤ませ、「う~」と唸りながら、スカートを押さえるのが精いっぱいだった。
だから。
それは幼女の口からこぼれ出た。
「もう、おうちに帰りたいっぽい……」
ふてくされた幼女の声。
九条は通信機の向こうで鼻血を噴きだした。何故って? 決まっている。ミリアの不貞腐れた顔を想像して、頭の中の養女があまりにかわいかったからの大噴出である!
「っていうか、この仕事は本当にミリアにしかできない事なの? 違うならもう帰る……ミリアもう、おうち帰るっぽい……」
しかし、ここで帰られてしまったら元も子もない。九条は慌てて鼻にティッシュを詰めながら、不機嫌養女をよいしょするのだった。
『ちょ、ちょっと待ってくれミリア! 帰っちゃダメだ。これはミリアにしかできない、すごいことなんだ! えっと、そう! ミリアが一番なんだ。大所帯のうちの研究所で一番体力があるのは、ミリアなんだよ!』
「本当? ミリアが一番?」
『ああ、ミリアが一番だ。何年も次元壁へ干渉する為の時空振動数を計算していたような足腰弱った連中より、よっぽどすごいさ。それに、今度の仕事は学校への潜入が含まれている。これにはミリアが一番適しているんだよ』
そう言われ、小さな口をちょこんと突き出す不貞腐れ幼女は、その唇をひっこめた。
「それは……分かってるけど。だからって、ミリアが使ってる研究室に入るのはミリアが居る時にしてって、いつも言ってるっぽいんだけど?」
『そ、それは! 幾らミリアが世に名だたる天才だとしても、局長として、いやさ大人として、いやいや養母として、ミリアの行く手に悪魔がいないことを確認する必要があるのだよ!』
「ふんっ。シスターだって、そんなことしないかったし。ていうか、ミリアは怒ってるんだから、声とかかけてほしくないっぽいかも!」
ミリアはぷくーっ、と。今度は朱に染まるほっぺたを膨らませて怒り始めた。それを雰囲気で感じ取った九条は、さらなる機嫌取りに精を出す。
『そ、そんなことを言ってくれるな、マイドール。私はミリアの功績を高く買っているし、何よりミリアが必要なんだ。ミリアの他を置き去りにする頭脳は研究所を超えて、今後の世界をより明るくすることだって出来るんだぞーぅ?』
「ミリア、世界なんてどうでも良いっぽいし……」
『ああ、そんな事は言わずに、お願いだよ、ドーター。どうか、彼女たちが発する時空振動パターンを記録して来ておくれ。役立たずの大人を助けると思って、ミリアの天才的な力を貸してはくれないかい?』
九条は縋るような声を出して、そうお願いした。それは、ミリアという幼女が大人からの頼みごとに弱いという事を知っており、そうされることによって自分はやはり天才なのだと優越感に浸ることを知っているからだった。いくら天才であっても幼女は幼女なのである。
それが証拠に、ミリアの膨らんだホッペタは、もうすでに縮んでいる。
「ま、まあ、そこまで言われたら断るのも野暮っぽいし、九条がもう勝手に研究室に入らないなら、やってあげてもいいっぽい、かも……?」
『ああ、ありがとう。それでこそ私のミリアだ。また今度お一緒に風呂を――』
「それは遠慮するっぽい。九条はすぐに淫行しようとするから、いやだし」
『ふにふに? 何を馬鹿な。ミリアだって、あの時は喜んでいたじゃないか』
言われたミリアは『あの時』のことを思い出して、耳を熱くさせた。
「ち、ちがっ! あれは九条が、ミリアをいっぱい触ってくるから……って、あーもう、そうじゃなくて! ミリアもう九条と話すの嫌っぽい! 頼まれたことはやってあげるから安心して良いし! もう通信きるからねっ!」
『なんだ、ミリア。照れているのかい?』
「だー、もう。九条のアホー!」
ピッ、と。
ミリアはインカムの通信を切り、さらにスカートのポケットに押し込んだ。
「やっぱり九条は淫行女博士っぽいし! まったく、本当に子供なんだからっ」
ミリアはふんすー、と鼻から息を抜いて、己の養母を子供と断じる。そして、脳からの電気信号でAMレンズを操作し、目標の金髪サイドテールの二人組に目を向けてから、そろそろ自分も学校に向かおうかと足を出そうとした。
ちょうどその時。
視界が赤く染まり、中央に『FULL ALERT』の文字が浮かび上がった。
気付けば、半径数メートルの周囲を六匹ほどの犬に囲まれている。
「可愛い飼い犬、じゃあないっぽいね」
野犬。野生の世界に生きる犬。それは昔、狼と共に都市間を行き来する商人を震え上がらせた獣であり、出会ってしまったら大人でさえ一目散に逃げ出す相手。ミリアのような子供なら、一時間もしないうちに骨だけになってもおかしくない猛獣である。
野犬は汚らしく涎を垂らし、赤黒い歯茎をのぞかせ、ミリアという小さな女の子を標的と定めていた。じりじりと包囲を狭め、ミリアの柔肌に牙を立てようと窺っている。
そんな獰猛な獣に囲まれて、しかし。
ミリアに慌てた様子はなかった。溜め息すらついていた。
「はあ、確かにこんな所じゃ、ミリアぐらいしか来られなかったっぽいね。犬、好きなんだけどなあ。でも、なんとかしなきゃミリア食べられちゃうし、学校行かなきゃならないし……正当防衛だよね、これっ ―― てッ!」
すべてが一瞬だった。
ズッ――ドンッ、という轟音。
ミリアが立っていた部分の地面がごっそりと抉れ、土塊と共に粉塵が舞い、野犬の一匹が馬鹿みたいな勢いで吹き飛ぶと、吹き飛んだ野犬が立って居た位置にミリアが現れた。
その全ての行動と現象が同時に完了する、まさに瞬間移動。
「まず、一匹」
超能力じみたそれはしかし、圧倒的科学技術の生んだ物理現象だ。簡略的に表現すればマッハを優に超す移動速度での蹴り。速度と重量が生む圧倒的な荷重を、犬の肉体が破裂しない程度移動させることで起こる力学現象である。
ミリアは幼い瞳に鋭さを混ぜて、残りの野犬を見据えた。
「ふん、ミリアは餌じゃない事を教えてあげる、って話しっぽいし」
だがここで一つの疑問が浮かぶ。マッハを超す移動速度が出せるからといって、肉体がそれに対応できなければ意味がないのでは、と。当たり前だ。普通死ぬ。
けれど。
覆す。
人の常識を、絶対的科学力が、打ち壊す!
ミリアはつま先で地面をトントンと軽く蹴って、靴の調子を確かめた。
「……良好っぽいね。浮遊粒子加速機をミリアの足のサイズの靴に埋め込む為の小型化にはちょっとだけ苦労したけど、まあ、問題ないっぽい。けど、空間超電導値はもう少し高めでもいいかな?」
それに、とミリアは自分の小さな手を握ったり開いたりしながら、
「皮膚型自由重力強化外装も思った以上に摩擦に強い。ヒッグス粒子系重力制御で内臓も守れてるし、熱力学の第二法則を応用した衝撃の拡散も十分。これなら特殊犯罪鎮圧戦用陸上自衛部隊なんて頭の悪さを喧伝するような長い名前が売りっぽい世界政府機関にも売り込めそう」
ふふん、と満足げに鼻を鳴らすミリアは、周りにいる野犬の動向を見ながら瞳を覆うAMレンズの警報を止めて、視界右上部に表示されている現在時刻を確認した。
八時四十五分。
「あ……」
途端、顔から血の気が引いた。
「ま、まま、まずいっ、九時の十五分前じゃ確実に遅刻っぽいっ! ミリアは学校なんて必要ないけど、それでも九条が遅刻は駄目って言ってたし!」
ミリアは自分の短髪を乱すように頭を掻くと野犬をキッとねめつける。野犬の肩がビクンと動いて、後ろ足が一歩引かれた。冷静に見れば野犬にミリアを襲おうという意思は既になくなっていたのだが、養母である九条に怒られるかもしれないと焦るミリアに許すという余裕はなくなっていた。
「もうミリアは容赦と情けを捨てるから覚悟しろよって話っぽい! 恨むなら、ミリアを食べようとした自分を恨むんだなぁーはっはははははーっ!」
この日を境に、ふくろう町の山に暮らす野犬たちは、人を襲おうとはしなくなったとかなんとか。特に、 小さな女の子を目にすると一目散に逃げ出すようになったのだという。
「どっせぇーい、っぽーい!」
次回 第四話 「 過去から未来への話は過去への想いを整理してからであるのは間違いないが複数から交わる世界に対して時間の流れは人の感情を内包しきれやしないんだぜ! とか言ってるのホントどうかと思うってーか世界や時間なんてものを真実的に人間が理解できるなんて思ってることが草繁茂なんですけどw(1 」




