零話 「 ○○な少女は、××な少年の、△△が好き……! 」
ピルピルピピピピピー……ピルピルピピピピピー……、と。
どこかの地球防衛軍が巨大怪獣出現時に鳴らすアラームのような音が、夜のしじまと言うには携帯端末の音がやかましい、リビングに響いた。
「おーい、災害警報鳴ったぞー」
『優しい少年』はローテーブルの上で鳴る自分の物でない端末を持ち上げて、大声で叫ぶ。
けれど、しばらく待っても返事はない。
聞こえていないのかと思った『優しい少年』は、端末を持って立ち上がった。知らせてあげようと思ったのだ。
リビングを出て左に折れ、一番奥にある扉を開ける。
扉の奥にはもう一枚の扉があり、それは半透明のアクリル樹脂やプラスチック、あるいはそれらを止める金具で出来た扉で、気密性パッキンで縁取られた物だ。中からは当人の機嫌が良いことを示す鼻歌と、家の中にも拘らず雨が降る様な水音。『優しい少年』は半透明のアクリル板に透ける人影を確認すると、扉を開けた。
「上機嫌の時に悪ぃンだが、災害警報鳴ってんぞ?」
だが、直接声をかけているのにもかかわらず、相手からの返答はない。
どうしてだろうか。
不思議に思った『優しい少年』はもう一度声をかけてみる。
「おい、聞いてんのか? 胸も尻も丸出しで固まりやがって」
しかし、それでも返答はなかった。
その空間にいる人物は『優しい少年』が一歩踏み出せば手が届く距離に居て、にもかかわらず、少年の声に反応しないどころか、肩も背も細い腰も、何なら少年が言う通り、成長途中の瑞々しい乳房も尻も目に付く格好の少女は、両手をきれいなオーロラピンクの髪が覆う頭に当てたままピクリともしない。
まあ、それも当然。
その少女、入浴中なのだから。
だが『優しい少年』はそんな状況なんて意に介さず溜息をついちゃう男の子だった。
「せっかく持ってきてあげやったのに無視ですかーこのやろー」
途端。
『優しい少年』が声をかけた相手――『未完成系少女』は、オーロラピンクの長髪に泡を乗っけたまま、顔どころか全身を真っ赤に染めて喚きだすのだった。
「なな、なんてことをするかなっ! 変態アホ覗き魔っ! 正々堂々にも程ってものがあるんだよう!」
しかし、慌てふためく『未完成系少女』に対して、その全身を見回す『優しい少年』は、何の感慨もない。
「いや、いつも見てるしなあ」
「なんですとっ!」
『未完成系少女』は内容に思うところがあったのか、口元をあわあわと揺らし、喚く度合いをさらに大きくして、「いつも見てたって急にお風呂のドアを開ける人なんていないんだよ! ていうかそれはいつも見てるから見飽きたって言いたいのかなあっ! そーなのかなあっ!」ムキャー、と。『未完成系少女』は通販で買った洗顔用の石鹸や、お風呂で使えるパックや、先日買ってきたばかりで重たいボディーソープのボトルを投げ出す。しかしシャンプーで滑る手ではしっかりと投げることができない。軽く受け止められてしまう。『未完成系少女』は固形物では効果がないと見るや、最終兵器|《湯の入ったままの洗面器!》を両手で投げつける。
これには『優しい少年』も焦りを覚えた。が、時はもう止まらない!
「ばっ! 洗面器まで投げんじゃ――――ぶばッッッ!」
直撃した洗面器は奇跡の様なバランスで『優しい少年』の頭にかぶさった。
幾ばくかの沈黙が通り過ぎ……「――あ」、と呟きを漏らすのは『未完成系少女』。
頭に洗面器を載せたままの『優しい少年』の表情は、陰になってうかがい知れない。その体からはしずくが静かに滑り落ちる。
「……」
それを見た『未完成系少女』は唇をすぼめて思う。
やり過ぎた、と。
しかし、常識で言ってこの場合の悪者は、『未完成系少女』が入浴中の風呂場の扉を勝手に開けた『優しい少年』の方だろう。そもそも、それが家族の間柄であっても異性が使用中の風呂場の扉をノックもせず開けるのはマナー違反だし、二人の関係性が「他人」に分類されるのであれば、犯罪でしかない。たとえ湯をかけられたからと言って『優しい少年』の自業自得のはずだ。
けれど、こう考えるとどうだろう?
『優しい少年』は、『未完成系少女』の端末が災害警報を発したから、大きな声で伝えようとした。けれど、しばらく待っても返事がなかったから『優しい少年』は確実に用件を伝える為に、直接顔の見える距離までリビングから移動した。それは『優しい少年』の心遣いで、親切心だ。なのに! 『未完成系少女』は用件を伝えに来てくれただけの『優しい少年』を捕まえて『変態』や『アホ』などと口汚く罵った上あげく物を投げつけ、あまつさえ湯を浴びせかけるという暴挙に出た。『優しい少年』は災害警報という一大事を知らせようとしただけなのに。ただの親切心を、心遣いを、無下に扱われ、足蹴にされて、そのうえ土足で踏みつけられたのである。
――さて、この『優しい少年』。本当に誰もが思うような悪者だろうか……?
これが世に言う、都合の良い責任転嫁というものである!
「そぉーか……」
『優しい少年』は風呂場乱入という悪行を都合の良い言い訳で棚の上へと押し上げると、
「よーぉうくわかったあ……」
靴下が濡れるのも気にせずに『未完成系少女』に近づいた。
「せっかく災害警報を教えてやろうとした俺に湯を浴びせかけるとは、いい度胸じゃねぇか。なあ、素っ裸娘ぇー!」
ごきぼきばきー、と指から奇妙な音が鳴った。
そして、牙が剥かれる。『未完成系少女』の丸出しになった乳を後ろから揉みしだくっ!
ぐにぐにもみもみもにゅにゅにゅにゅーっっ!!!!! と。
故に『未完成系少女』は余計体を赤くする。
「びゃー、駄目だよう! こら、さわるなもむなつまんでひねるなっ! ひゃんっ!」
「うるさいっ! せっかく動画を中断して来てみれば濡れ鼠だぞコラ。何の恨みがあるんだと問い質したい気持ちで一杯だが、今は災害が起る世界に一刻も早く向かわなきゃならないから、早く俺を転移させやがれっ! つーか、向こうの『侵食現象』は刻一刻と進行し続けてるんだ。直ぐにでもなんとかしなけりゃ、これから助けを望んで叫ぶ奴を守れねぇだろうが! 現に、こうして声は聞こえているのにっ!」
「だ、だったら! おすなはじくなまさぐるなっ! はぅん、先端がビリビリするぅ! 第一、世界には強力な自己修復の機能があるんだから、そう簡単に被害は出ないんだよ――ていうか、このままじゃ座標指定がうまくいかないから、先端をつまんでみょんみょんするなよぅ!」
「だー、座標なんてどうでもいい。行先の指定は俺が何とかする。お前は俺を転移状態にしてくれりゃいいんだ!」
パン職人がそうするように、『優しい少年』は『未完成系少女』の乳をこねくりまわす手に、妙なリズムをつけ始めた。
「ぎゃー、分かった、分かったからもうやめて。もれちゃうから! 漏れる前に転移させるからぁ!」
そう言って『未完成系少女』は何もない空間に手を伸ばすと、ファスナーを開ける様な動作をして見せた。
上から下へ。
だから――世界が開く。
渦を巻く世界の穴の向こうに目を向けて、『優しい少年』は眼つきを変える。
「上出来だ」
そして、『未完成系少女』の胸から手を放し、肩へ移動させた。
荒い息を吐く『未完成系少女』は、赤い顔で唇を尖らせ、自身の肩に乗せられた『優しい少年』の手にそっと手を添えた。
「まったく。強引なんだよ?」
「許せ。すぐに帰ってくる」
そして次の瞬間、『優しい少年』は世界に開いた穴と一緒に掻き消えていた――。
次回 第一話
「 互いに飲み込みあう世界を人間の想いでなら何とでもできる! なんて考えているのって人間だけだから至上主義ってかっこ悪いと思わない? なんて言い出すやつってどれだけ暗い青春を送ってきたヒキニートなんだろうねw 」