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よろしくお願いいたします。
西暦20xx年地球環境は激変の時を迎えた。
地球の大気圏にて燃え尽きたスペースデブリ。本来、何の意味も持たないものであろう。誰もがそう思っていた。ただの流れ星であると。しかし違った。それは、長きに渡り宇宙を彷徨っていたのだ。獲物を求めて。
それは燃え尽きていなかった。それは様々な生物に寄生した。寄生された生物に共通する事は、脳を保有する生命体であるという事。即ち、植物は寄生されない。そして、寄生されると即座に脳を奪われ、宿主の生涯は絶たれ、凶悪なモンスターとしての新たな生涯が幕を開けるのである。
また、それは直ぐに数を増やす。その方法はまるでカビの様に。宇宙カビと言われる由縁だろう。胞子を飛ばし、別の生命体へと植え付けた。そうするとまた新たなモンスターが誕生する。
最初の一年で五億人以上が世界で犠牲になった。寄生された者、攻撃され死んだ者。双方を合わせてである。
そんな中、原因が遂に突き止められる。脳の最深部に寄生した宇宙カビが発見されたのである。人類は寄生された生命体を「レギオン」と呼称し、その存続をかけて戦った。しかし、遂に人類は敗北を認める。爆発的な感染スピードに成す術も無かったのだ。
人類はその後地に潜った。地上の下層に設けたシェルターに追いやられたのだ。しかし、それが許されたのは選ばれた者だけだった。金も権力も無い者は地上に残された。脅威に晒されたままで。
西暦2xxx年。東京新宿区。
無線の音が俺の耳を突く。うるさい。眠れないじゃないか……
「目標は?」「北西の方向100メートル先に4体。東58メートル先に2体です」
また喧嘩の始まりみたいだな。俺はゆっくりと体を起こし、無線の電波の出所に向かって目を凝らす。
防護戦闘服に身を包んだ人間が5人一組になりじりじりと前に進んでいた。瓦礫の山で奴らの言う目標は見えていないらしい。
俺は目標の方に目を向けた。成る程「レギオン」だ。人間に寄生しているモノが合計6体。うちボスが1体だ。見るからに分かるボス猿がいる。あいつは寄生されてから長い事生きているのだろう。良く出来上がっている。肥大化し、人の物とは思えない形状に変形した手足が、何も変わらないままの脆弱な肉体を運んでいた。あれじゃあ、どっちが本体なんだか。まあ、俺からすれば美しくすらある。
人間達は奴らを殺すつもりらしい。それは奴らも同じだろう。まあ、常識的な考えに照らし合わせてみれば。
「まあ。人間共は負けるわな」俺はゆっくりと立ち上がった。
「発見したぞ! 撃て! 撃て!」発砲音が響き渡る。
決着は一瞬だった。人間共のリーダーがあっという間に肉塊へとその姿を変えたからである。レギオンのボスがその歪に美しい腕を振り回し、銃弾をはじき、敵をなぎ倒していた。瞬く間に人間共は一人きりになった。
俺は別に助けたかった訳じゃねえ。人間なんてどうなっても良かった。実際、普段は人間が全滅してから行動に移っていた。今回は失敗さ。タイミングを見誤った。
ボス猿の汚らしい腕を掴みながら、俺は怒りに震えていた。
「てめえがちんたらしてるから。タイミングを間違えただろうが!」
俺は拳を振り上げた。ボス猿の脆弱な胴体が情けない音を立てながら粉々に砕け散った。
「ざまあみろ! ボケが!」俺は即座に他のレギオンへと飛び掛かる。
周囲に居たレギオン全てがそこに集まっていたが、俺には関係無かった。いつもと同じだ。この畜生共を肉塊に変えてやる。俺の心は喜びに震えていた。
しかし、妙なものだ。予想しない事ってのは一気に襲って来るらしい。背後からの気配に俺は即座に身を翻した。ボス猿の腕だ、腕が腕だけで立ち上がっていた。脚も同様だ。まあ、今となってはどちらがどちらかの見分けは付かないが。
「そうかい。本体はそっちかい!」手足が飛び掛かってくる。
俺はぶん殴った。4つの手足がちり散りになって飛んでいく。轟音と共に瓦礫に叩き付けられたが、奴らはまだ死んでいない。そんな感触だった。鈍くさいが、強くて重い。ダメージはあってないようなものなのだろう。奴らは再び立ち上がり、俺に飛び掛かろうと構える。
こんな感覚は久々だった。
「こいよ。楽しく遊ぼうぜ」俺は久方ぶりに笑っていた。
しかし、楽しい時間は直ぐに終わってしまった。乾いた発砲音が聞こえたと思うと、4つの手足はコントロールを失ったかのように崩れ落ちた。
「本体は頭部だ」1人だけ残っていた人間が銃を構えていた。ボス猿の頭部を撃ち抜いたらしい。
成る程。それで奴らは行動を止めた訳だ。俺は人間を睨み付けた、楽しい時間を邪魔されたという事もあった。しかし、重要なのはそこではない。奴は俺も撃つであろう。無論、人間ではない俺を躊躇いもなく。同情は要らないのだ。早く撃て。その方が、俺も遠慮しなくて済む。
しかし、俺の創造と違った行動をその人間はとった。銃を下ろしたのだ。俺の方に歩み寄り、右腕を伸ばしてきた。まるで握手でも求めるかのように。
「驚いたな。これはどうやったんだ? 何にせよ。助かったよ」
日本語で話し掛けられ、俺は握手にも応じていた。その手は温かかった。俺が人間に触れたのは、寄生されて以来、初めての事だった。
ありがとうございました。