第4話 少年は大人が嫌い
今回は妖精たちのミナの前に現れた少年の話です。
夜の少し冷えた風が通る。
カサカサと甲虫たちが樹液に集まっていく。
それを狙った動物が森から降りてくる。空き地やちょっとした草原からは鈴虫などの合唱が聞こえる。そこに、死神のような冷たい表情の少年が佇んでいた。
「…さて、ミナの隣のお兄ちゃんはショウくんかな?」
標的を見つけた、と言わんばかりに目を細め口元を歪ませる。
「ショウくんは何故か成長してるんだよねぇ、やっぱり大人になっちゃうんだろうし今のうちにどうにかしないと。」
この国には動物に対して成長という概念がない。もちろん季節は巡る。虫や植物は成長し、死を迎え、地に戻る。しかし、成長をしない人間や動物たちは中々死を迎えない、殺されたりしない限りは。だから、ショウくんのような存在はイレギュラーなのだ。
こどもの国、夢を持つ者の国だ。だからこそ壁はなく時間さえも阻んではこない。
誰もがそう聞いている。この、死神のような少年から。もちろん、少年もそう信じてきた。
少年は死神と呼ばれるがこの国の中枢を担い、全てを管理している唯一の人間だ。
少年以上にこの国の事を知っている者も、この国の住人達の事を知っている者も。
だがしかし、少年の詳しい情報を知る者は居ないため、どこに住んでいるのか、誰と仲が良いのか、普段どこに居るのか、等誰も知らないのだ。そんな事を子供たちは気にしないからこそこの国は平和であるとも言える。それだけ少年への信用は厚いのだ。
死神というのはキリシタンの子供が言った所から始まり、いつの間にか名前として定着していった。それにしても呼びづらいのでいつもはシーくんと呼ばれている。だが、少年の存在すら知らない者も多いためあまり聞かないが。
「…んあ。」
ぼーっとしていたようだ。ショウくんの元へ行かねば。
暗い夜道をスキップしながら向かう。
「ここから近くてよかったなー。」
途中、けんけんぱをしてる子供たちに会えばそこに混ざって遊びながら、どんどんショウくんの家に近づいていく。
“ピーンポーン”
ショウくんの家のインターフォンを鳴らす。すると、中から少年と言うより青年の姿になったショウくんが現れた。
「ああ、シーくんどうしたんだ?」
不思議そうな顔でショウくんが尋ねる。
「あのね、…。いやなんでもないんだ。」
それより中に入れてよーっと少年がごねる。仕方なく家に上げると空気が変わった気がした。
「ねえショウくん、また大きくなったね。声も低くなった?」
「そうなんだよ、どうなっちまうんだ?俺。」
その口調に少しムッとした。思っていた以上に大人に近づいている。
「そのままだと、ショウくんは…。」
深刻そうな顔で言い始めたシーくんを見てショウも焦り始めた。
「お、おい。何なんだよ。早く言えよ。」
「ショウくんは、ここに居られなくなるんだ。」
ふぅっ、と息を吐きながらショウくんの方を見る。ショウくんは自分の言われたことが分からず、動揺しきっている。
「ここに居られなくなるって、なん…だよ。この国から出なきゃ行けねえのか?!」
思わす声を荒らげるショウくんを宥め、
「ううん、いきなりここにいられなくなっても困るでしょ?だから、あそこの洞窟に住んでくれないかな?」
「洞窟?」
この国には唯一誰も足を踏み入れない洞窟がある。子供たちには恐ろしい声が聞こえ、時として、小さな子供のような骨の欠片が見つかるのだ。
「ほら、あそこのオバケ洞窟なら他の子に会わないからここから出て行くことにならなくて済むでしょ?」
「そう、だな…。」
何か思案しているようだ。だがここには大人に酷いことをされてやってきた者達も大勢いる。その子たちに大人のような青年に見せることなど出来ない。見せたら最後、国中がパニックである。
「…じゃあ、行くよ。洞窟に。」
「ホント?先に行って待ってるね!」
シーくんは行ってしまった。準備してこいという事なのだろう。というより、何を持っていけばいいのだろう。
海岸沖の小さな洞窟の前、少年と青年の影があった。
「もー、遅いよ。ショウくん。」
「何持ってくりゃいいか分かんねえんだから仕方ねえだろ…。それにアイツに声掛けてきたし……。」
ほらよ、とショウくんがシーくんに手紙を数枚渡す。
「これ、どうするの?」
キョトンと首を傾げると、アイツらに渡しとけとぶっきらぼうに答えが返ってきた。どうやら、近所に居た子供たち宛のようだ。
「じゃあな、俺は今日からここを住む、そんでここからは出ない。」
これで良いんだろ?とショウくんはこちらを見る。
「うん、そうだね。じゃあ…。」
そう言いながらシーくんはショウくんに近づく。ん?とショウくんがこちらを見て、目を見開いた。しかし、
“ザクッ”
「バイバイ、ショウくん。」
「ぐぁ、がはっ。な、んで…。」
ここには大人は要らないもん、そう言いながら死神は笑う。笑いながらもショウくんの胸元に刺したナイフに添えた手の力をゆるめることは無い。
にじみ出る血液によって赤黒く染め上がるシャツを見て、人間は本当に水分が多いなと感慨深く感じる。
やがて力尽きたショウくんが倒れる。
ナイフを抜き取り、ショウくんを蹴飛ばして海へと転がしてゆく。
「これでやっと、この国の危険因子はいなくなってくれたよ。」
そう言いながら残された手紙を破きそれも海へと放る。
ショウくんの死体が波にさらわれた。
揺らめくショウくんだった物をしばらく眺めるとショウくんの持ってきたバッグを持ち、再び元来た道を戻る。今度は、子供たちに見つからないように。慎重に。
返り血を浴び、月の光で輝く少年の後ろ姿は、少し悲しげだったと言う。