魔法学校への招待状
「まほうがっこう?」
萊花はイリシアの言葉を復唱した。
「そうだよ! 魔法学校。二人とも、ヒューマンエネルギーシステム、HESは知ってるよね?」
「まあ、それくらいは」「はい!魔法ですね!」
ヘスとは人間の持つ生命エネルギーをしかるべき方法をもって変換することで、物体、または空間に干渉することのできる力だ。ヘスを用いた超自然現象は一般的には魔法と呼ばれるいかにもファンタジーじみた能力ではあるのだが、光や萊花の周りで使っている人は誰もおらず、動画や魔法ショーなどでしか見たことのないようなものであった。
「君たちにとっては身近ではないかもしれないけどね、世界的にもヘスはかなり注目されているんだ。ねえ、魔法を使ってみたい、って思ったことはない?」
イリシアはにやりと笑い、人差し指を一本立てた。
「でも、俺たちは魔法を使えない。本を見て、使ってみたことだってあるんだ」
光の言葉に萊花は頷き、可愛らしい声で「ファイアーボム!」と叫び、何も出ないのを確認して項垂れる。誰にだって魔法を使うのは夢だ。ましてや魔法が存在する、ということを知ったら試してみない人はいないだろう。真剣な萊花をみて苦笑いしている光も実は誰もいないところでこっそり魔法の練習をしてみたりしているのだが、結果は芳しくない。
「そんなの、誰が決めたの? 考えたことはないの? 魔法なんて大きな力が自由に使われていては、社会は大きな危機に瀕することになるよ。魔法を使った犯罪者なんてあんまり見たことないでしょ。魔法は国家によって管理されているんだ。未知の力は大きな惨劇をもたらしかねないからね」
「そうなのか?」
光は素っ気ない返答をしようと心がけるが、内心は浮き立っていた。未だ聞いたことがないような話が、目の前の妖精によって語られているのだ。彼女、イリシアは此処に来た理由を魔法学校への招待のためだと言った。つまり、光と萊花は魔法を使えるかもしれない、ということになる。
「うん、わたしの話した通りだよ。だからね、魔法は国に許可された場合を除いては魔法都市でしか使われない。また、魔法を職業上行使する立場にあるものは公務員として働くことになるね。一般的に使われていない力が、自由に使われていては、犯罪などを助長しかねないからね。だって生身で炎に焼かれたら、抗いようがないでしょ」
イリシアは恐ろしいことをさらっと述べ、ローストチキンの出来上がりだよ、と笑いながらこんがり焼けたチキンのホログラムを空中に映し出した。冗談じゃない。だが、確かに夢も何も無い話だが、道理にはかなっている。
「それより、魔法都市ってなんだ?」
光の質問にイリシアは待っていました、とばかりに嬉しそうに歯を見せる。
「魔法都市アスガルズ、ほんと神の国、とは大層な名前だよね。まあでも、わたしの本体は今そこにあって君たちに干渉しているんだ」
「へえ、すごいですー!」と萊花は目を輝かせる。
「でも、何で俺たちはその名前を聞いたことがないんだ?」
光は純粋な疑問を投げかける。魔法が使われている都市、となれば有名でなければおかしい。
「それはね、魔法都市は基本的に魔法を使うことができる人しか入国が許可されていないからだよ。なんでみんなが知っているわけじゃないかって言うとね、高度に情報化された都市で情報を操作するなんてお茶の子さいさいだからなんだよー、だって電子化された情報でしか真実を知る術がないからね。まあ、アスガルズでは電子機能が一部停止されてるから一般の人は危険ってのも大きな要因だね。勝手に探されたら迷惑だし。簡単には周知されないように作られてるよ」
「情報……操作?」
話の規模が大きさに頭が痛くなりそうだ。当たり前のように生きていた世界がとても狭かったのだと思い知らされたかのようだ。イリシアはこめかみを押さえる光の顔を見てあっけらかんと笑う。
「あはは。そんなに深刻な顔をしないでよー。そっちの方が都合が良かったってだけなんだ。アスガルズは都市国家として独自の法体制が築かれ、閉鎖的な一個の国として成り立っている。いずれ資源が尽きたとき、ヒトの持つエネルギーだけで生活が出来るか、という実験場的な意味もあるからね、出来るだけ外の社会には頼らないようにしているんだ」
「へええー、そうなんですかー?」
曖昧な返事を返す萊花はよく分かっていないようだ。光はイリシアの言っていることは大体分かったのだが、頭が事実の理解に追いつかない。魔法都市、情報操作、実験場……。普段聞きなれない言葉を理解することを常識という枠組みが邪魔をしているようだ。
「まあ、それはいいとして」イリシアは器用にくるりと空中で一回転してみせる。
「とりあえず本題に入ろう。何にしろ、見てもらわないと理解はできないだろうからね。それで今日、わたしが来たのは君たちを魔法学校へ招待するためだって言ったよね。今春の身体検査で君たちは魔法適性が確認されたから、魔法都市への入国、そして魔法学校へと入学する権利が得られたってことだよ。まあ、簡単なテストは受けなきゃいけないんだけどね」
「テスト?魔法適性?」
「テストは今度、魔法庁の出先機関で行われるよ。魔法についての簡単な講習も受けられるから、良い機会になるんじゃないかな。でね、魔法適性ってのは、ヒトの持つ生命エネルギーを別のエネルギーの形に変換する適性のことだよ。まあ、詳しくは今度聞いたほうがいいかもね。機械がないと君たちの適性とか、詳しいことは分からないし」
魔法庁は近年、政府によって設立された行政機関だ。設立されたときは話題になったのだが、業務内容の不透明性からその在り方については批判も多く、あまり良い噂は聞かない。イリシアの話によると、魔法庁は国家機関ではあるのだが国と魔法都市アスガルズとの関係を円滑に保つ、という役割が大きいようだ。魔法都市での発明を生かす試みも為されているようだが、魔法が使える人材の不足からあまり進展はしていない。魔法が使える、というのは夢のある話だがそれを生活に活かすのはまた別の話の様だ。思い返してみると、確かに魔法で生活が便利になったことなど一つもない。
イリシアはテーブルの上に置いたままの紙切れを指差して言う。
「それでー、きみたちの持っている招待状があるでしょ。その魔法陣の中心に手を当ててみて」
言われた通りに光は「あなたは選ばれました」と書かれた紙の紋様に、萊花は「あなたわ選ばれました」と書かれた紙に、掌を重ねると、淡い光が紙から発される。光がおさまった後には、元々書かれていた文言の代わりに、別の文章が浮かび上がる。
2117年 4月25日 午後2時
魔法庁 カクマヤ支部にて 試験
合格後 ソムニウム魔法学校への入学を歓迎する
「ふわあー、凄いです」
「来週の日曜日か」
「うん、そうだね。もちろん、来るか来ないかは君たちの自由だけれども、試験受けにくらいは来て欲しいな。魔法使える人、いつも少ないから人材不足なんだよー。1000人に1人くらいしかいないんだから。あと、大切なことなんだけど魔法学校に通うことになったら今の学校は辞めてもらわないといけない。でも、試験に合格したら、わたしたちは歓迎するよ。手続きだってやってあげる。まあ、テストは簡単だし、適性を確認するくらいだから心配はしなくて大丈夫!」
迷う必要はない。確かに胡散臭い話ではあるが、日々にどうしようもないまでの退屈を抱えている光にとっては願ってもいないチャンスであった。彼女の話は荒唐無稽のように感じられたが、目の前で見た技術、ホログラムを実体化しまるで本当にそこに在るかのように錯覚させる魔法は本物だった。彼女の言っていることが嘘ではないだろう、と何故だか光は確信していた。多分、今変わらなければ光はこのまま一生なんとなく生きていくのだろう、と考える。
それに、真っ白な少女が何故だか忘れられなかった。たった一瞬の邂逅。顔も思い出せないというのに。
「喜んで受けさせてもらうよ」
「えええ! コウにぃ決断早すぎですよ! いつもは優柔不断なのに……」
手を差し出す光に、萊花はあたふたとしながら他の二人の顔を見る。そして決心したように一度ぎゅっと瞑った目を開ける。
「仕方ないですねー。コウにぃわたしがいなかったらご飯食べないで死んじゃうかもですから。それにコウにぃが自分で何かを決めることなんて、滅多にないから、時々はそれに従ってみようかなぁ、なんて」
光に向日葵のような笑顔を向ける萊花。そんな風に考えられていたのか、光は目を見開く。いつも心配をかけていたのだろうか。硬直している光と萊花の間にイリシアが飛んできて、ひらひらと羽をはばたかせる。
「おーい、聞こえてるー?」
「大丈夫だ。あ、ありがとな萊花」「どういたしましてです」
光は横を向きながら御礼を言うと、イリシアがにやにやしながら頬をつついてくる。
「もうー、照れ屋さんなんだから」
「うるさい!」
光は顔を赤くしたままイリシアの小さな手を握ると、その反対の手を萊花が握る。
「まあ、よろしくな」「わたしも、よろしくです」
その反応に、イリシアは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ありがとう、二人とも。君たちが来てくれるのを楽しみしているよ。詳しいことはまたあとで、メッセージ送るから聞きたいことがあったらいつでも聞いてね。じゃあ、また会おう! 今度は本当のわたしと会えるといいなー」
イリシアは手を振ると、眩しい光に包まれて部屋から何もなかったかのように消えていく。妖精が居なくなるといつも通りの部屋が広がる。
「夢じゃあ、ないよな……」光の手には、先ほど変化したメッセージの書かれた紙。きっとこれで何かが変わる気がする、淡く光り放つ文字をみつめると、光は小さく微笑んだ。