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11月12日 ~歩きお遍路7日目~

朝の5時、ベンチの上から転げ落ちて、目が覚める。

……イテェ。

腕が擦れて血が出たじゃないか。


ブツブツ文句を言いながら寝袋をしまって、公衆トイレで身支度を整える。

本当はトイレで歯とか磨きたくないんだけど、このまま口をくちゃくしておきたくないし。

朝の5時だから人目に触れることはないけれど、場所が場所で何だか抵抗感がある。

ま、女の人がトイレで化粧直しするようなものと言い訳しておけばいいか。


トイレから出たら、昨日のホームレスおじいちゃんが俺に声をかけてきた。

……初めましてって。

おいおい……こいつ、俺のこと忘れたのか?

聞けば、この人昨日の記憶がごっそりなくなってるらしい。

うわぁ……絶対酒のせいじゃねえか。

道の駅の隅っこでびちゃびちゃ吐いてるし。

汚いなぁ。


覚えてないなら仕方ないので、軽くおじいちゃんにあいさつした後、次のお寺に向かって俺は歩き出した。

こんなところで止まっている時間と金の余裕はない。

今日は山を3つ超える予定だ。

目指す寺の名前は20番鶴林寺と、21番太龍寺、22番平等寺っていうところ。

鶴林寺と太龍寺がそれぞれ2つの山の山頂に建てられていて、平等寺はその先の山の向こうにある。

計3つの山越えというわけ。


ここでダウンして、病院行きになったお遍路さんもいたらしい。

そりゃあなぁ……3つも山を越えたら、1人か2人はそうなるよなぁ。


まあ3つの山と言っても、流石に焼山寺よりはマシらしいけど。

あの日は本当に死ぬかと思ったからなぁ。

それに比べれば、3つの山なんてチョロい……わけじゃないが、まだイージーであるとのこと。

ここで倒れる人が出てくるのは、焼山寺を登った後の疲労からくる体調不良が殆どらしい。

俺も気を付けよう。


早速俺、登山開始。

鶴林寺までの登山道は、ぶっちゃけ殆ど階段だった。

坂道よりも、階段上るほうが2倍辛い。

足腰に負担がかかり、体が汗だらけに。

ものの10分で、着ていたTシャツがびしょびしょになった。


不快、気持ち悪い、早く着替えたい。

でも、着替えられない。

洗濯しなきゃ、着るものが何もないからだ。

これ、女の人がやったら地獄だろうな。

いや、女の人の歩きお遍路さんは、大抵ホテルに泊まってるか。

こんな野宿やる奴なんて、いないよなぁ……

やっぱ俺、頭おかしいわ。


午前7時、鶴林寺到着。

焼山寺よりも難易度が低いせいで、達成感はそんなにないけど、朝の山頂ってなんか気持ちいいな。

寺が霧に包まれているせいで、すごい幻想的に見える。

そこに黒衣を着たお坊さんが通るわけだから、ここがどれだけ異質な場所なのか一目瞭然だった。

ま、そんなことを思うのはまだ人の少ない朝だからであって、団体バスのお遍路さんが大量に来たら、一気に観光地感満載になるんだろうな。


とっとと納経所に行って、納経してもらう。

偶然にも、ここでスタンプを押してくれたのがこの寺で1番偉いお坊さんだった。

若い歳でお遍路している俺が珍しかったらしく、何度も頑張れよって応援してくれた。

誰かに応援されるってやる気出るよな。

モチベーション上がっちゃうよな。

ウキウキ気分で鶴林寺の山を下山する。


そしてまた太龍寺の山を登っていく。

しかもまた階段……

筋肉が悲鳴を上げる。

もうお家帰りたいよぉって叫んでる。

正直辛い。

精神的にキツイものがある。

そこに更なる追い打ちが待っていた。


ここ、ロープウェイで登れんじゃん。

登山口にあった看板に、そう書いてあった。

車やバスで来た奴らは、とことん楽出来るってことね……


俺は最初から最後まで歩きで四国一周することに決めてるので、ロープウェイは使わない。

だから楽して登れる手段があるって分かった瞬間、精神的にドッと疲れが増した気が……


ああん?

苦労しないで参拝するだと?

クソがッッ!!!

アイツらが排気ガスをまき散らしながら、しかもロープウェイで俺を見下してるってのが気に入らねぇ!!

ああ、もう!!

イライラするぅ!!!


俺、憤怒のエネルギーを登山にぶつける。

全速力で山を駆け上る。

息を荒げながら太龍寺に到着。

団体のお遍路さん達が俺をジロジロ見るが、気にしない。

てかイライラが収まらない。

寺の敷地内に、ロープウェイ乗り場があるのを見つけたからだ。


みんな綺麗な服を着て、笑顔だった。

俺は汗でしわくちゃになったシャツを着て、顔が歪んでた。

心も歪んでた。

料金は片道1300円だったか。


めっちゃくちゃ羨ましかった。

死ねばいいのにって思った。

その一方で、人は自然を殺してでも文明を発達させて、大正解だったなと改めて感じた。


人という生き物が育つということは、地球という母親を虐待することと同じだ。

人が育って地球にメリットは一切ないと言っていい。

てかデメリットばかりが残る。

生まれたばかりの子蜘蛛が、母蜘蛛を食い漁るように。

地球はどんどん人間の技術に蝕まれている。


でも、そんな技がないと人間は生きていけない。

技術に依存してるから。

今の文化に依存してるから。

最初人は地球に依存して、資源に依存して……最後は技術に依存したわけだ。

実際俺も依存しているから、ロープウェイに対してこんなに未練を持ってる。

だから、人間が自然をぶっ壊すことを俺は否定しない。

人間とは、そういう生き物だと分かったからだ。


きっと、殆どの人がそれに気付いてるくせに、気付きたくないんだろうな。

自然を大切にすることを主張する人は、きっと自然の残酷性を見たことがなくて。

人は自然が恐ろしいから神様として祀って、そして同時に木を伐採して開拓したのにね。

人が自然に殺されないように。

人は自然に生かされてるけど、技術は自然と相いれない。


……やばい。

俺、自然を愛した弘法大師様と真逆のことを言ってね?

まあいいや。

俺は俺だし。

人間という生き物は、地球を食いつぶすまで止められない。

それが俺の見解。

それが俺の諦観。


心が疲れ切った状態で、平等寺に到着した。

本日はここでストップ……打ち止めだ。


今日の宿泊先は、平等寺の近くにあるきくや金物店っていう善根宿に決めてある。

昨日のホームレスおじちゃんに教えてもらった場所だ。


何と、そこで1時間バイトすれば、無料で泊まらせてくれる宿なのだ。

平等寺から数分歩いて、きくや金物店に到着。

中にいたおばちゃんに、ここで泊まりたい旨を伝えた。

そして早速バイトを頼まれた。


俺のバイトは肉体労働だった。

植木鉢で育ててる植物を、倉庫に運ぶミッション。

山を3つ超えた後の状態でやったもんだから、結構しんどかった。

でも超貴重な体験が出来て、嬉しくもある。


ミッションをこなした後は、宿泊出来る小屋を用意してもらった。

今日はここで寝るのだ。

うん、屋内で眠れるってすごい安心する。

野宿は何だかんだ言って、危険だからなぁ。

危ない人はもちろん、蛇とかに噛まれる危険もあるし。

何より、外で寝ると体力消耗するかんな〜


小屋で休んでいる途中、変なおっさんが小屋に無断侵入してきた。

なんか隣に住んでる一般人で、ここに泊まる歩きお遍路に色々世話を焼いてるらしい。

何にも言わずに入るもんだから俺、殴りかかる寸前だった。

おっさんもびっくりして、お互い臨戦状態。

誤解が解けたからいいものの、すげぇ疲れた……


話してみるとおっさんは気さくな人で、自分の家で育ててるネギとカップラーメンをもらった。

おう、こういうのはありがたい。

遠慮なく、本人の前で食わせてもらった。


ちょっと世間話をしたところで、おっさんが満足したのかここで退室。

最近感じたことだけど、徳島県の人って無遠慮な人が多いのかね。

初対面の奴に、堂々と馴れ馴れしく話しかけてくるし。

いや、海外でも同じ感じだったから、慣れてるんだけどさ。


また変な人が来んのかな~なんて気にしながら、久しぶりの布団の中でスヤスヤ寝た。

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