11月23日 ~歩きお遍路18日目~
おじちゃんの隣で、午前7時に目を覚ました。
……あれ?
俺、いつの間に寝てた?
よく、覚えてない。
隣では、おじちゃんがタバコを吸いながらラジオを聞いていた。
ここ、お寺の中なのに、タバコ吸っていいのかなぁ。
いや、今更なんだけどさ。
おじちゃんが言った話を信じると、水子霊を除霊した時に、エネルギーの余波で俺に影響を及ぼしたらしい。
エネルギーってなんやねん。
俺がそう聞いても、おじちゃんは君には理解出来んよって言うだけだった。
なにこれ。
俺、どうなっちゃったんだろう。
というか幽霊って本当にいるのか?
いつの間にか意識失っちゃってるから、余計に信じたくなってくる。
これは現実なのか?
それとも俺の妄想なのか?
……そもそも俺、正気なのか?
悩んでいると、おじちゃんが笑いながら、君には守護霊さんが憑いてるから、大丈夫さって言った。
俺の肩をバシバシ叩きながら。
これ、深く考えたら負けな気がする。
心残りはあるけど、気持ち切り替えなきゃな。
今日はおじちゃんとゆっくりお寺の中で朝食を食べた。
なんか昨日俺の寝言が酷かったらしく、お前に奥さんが出来たら浮気出来んなぁ、とか言っていた。
大丈夫ですよ、おじいちゃん。
俺は普段から馬鹿正直だから。
馬鹿正直すぎて、みんなに嫌われてますから。
起床と共に、大師堂の掃除を行う。
お大師様に宿を貸してもらったのだから、これくらいは当然のこと! っておじちゃんが言っていた。
俺も同感。
だから寺の前を箒で掃く。
気分はそう、お坊やお坊。
その後、おじちゃん流の朝のお勤め(お経を唱える)を行う。
4体のお地蔵さんに線香とロウソクを添えて、日々人間が生かされている存在だということに、感謝する。
俺はただ横で祈ってただけだった。
けど、それだけでもいい。
大事なのは心の持ちようだ。
それらを終えると、もう朝の8時を過ぎていた。
今日の歩く距離は20キロとだいぶ短いし、野宿ではなく宿に泊まるため、だいぶ時間的に余裕がある。
なので、少しだけおじいちゃんと世間話をした。
この世は諸行無常。
常に全てのモノは変化していく。
生きるものは死に、消えて、次の命の糧になる。
その循環自体が、1つの命として表現出来る。
だからみんな、助け合っていかないといけない。
そんな、仏教のお説法。
普段ならお金を取るらしいけど、特別にタダにしてくれた。
イエーイ! なんか得した気分です。
30分を過ぎて、俺が寺から出発しようとすると、おじちゃんが厄除けの粉を俺の手に塗り込んでくれた。
名前は塗香っていうんだって。
線香の材料と同じもので作られた粉らしく、通常の線香の香りが濃縮されたような匂いだ。
これで今日1日、幽霊に取り憑かれなくなるらしい。
本当か嘘かは、相変わらず判断出来ない。
けど、これも貴重な経験には違いない。
ありがたく粉を手に塗り込んだ。
流石、自称幽霊が見えるお人だ。
幽霊対策も万全か。
俺、何となく安心感を覚える。
そして、出発。
おじさんは、最後に俺抱きしめて頑張れって言ってくれた。
何度も聞く、頑張れのエール。
頑張れって人によっては負担になる言葉だよな。
でも、今は聞いても大丈夫。
だって、このおじちゃんだって俺と同じことを頑張ってるから。
その姿に、勇気を貰えるから。
笑顔で、俺の背中を押してくれる。
とても不思議なおじちゃんで、とても強烈なおじちゃんだった。
今日の目標地点は、38番金剛福寺の20キロ手前にある地点のゲストハウスだ。
名前を大岐の浜という。
人柄の良いおばちゃんがオーナーで、2800円で泊まれる良心的な安宿。
でも、安いからそこに泊まるわけじゃない。
そこで泊まろうと思ったのには、もう1つの理由がある。
それは、俺の目指す金剛福寺が打戻り(来た道を戻ること)をしなくてはいけない場所にあるからだ。
金剛福寺は、四国でも正真正銘1番南の場所にあると言ってもいい。
でも、ここはでかい半島として出っ張っている場所のため、行けるルートが限られてくる。
本島と半島を繋ぐルートを行って戻るのだ。
つまり、往復しなくちゃならない。
打戻りだ。
総距離約40キロ。
常人なら1日かかる距離だ。
だから、半島の入り口部分にある宿へ2泊予約を入れる。
宿に着いたらまず1泊。
翌日に寺へ行って、また宿に戻って1泊。
そして次の寺へ出発する……ってわけですよ!
そういう風に、打戻りする方法を殆どの歩きお遍路達が選択する。
俺はどうするか?
もちろん上に書いたとおり、2泊するさ。
費用も連泊素泊まりで、5800円とリーズナブルだし。
今日は風景を楽しみながらとろとろ歩きました。
と言っても、滅多なことでは景色を素晴らしいと思えない俺は、すぐに飽きちゃったけど。
いや、自然とは飽きるものじゃなく、そこにあって当たり前のものであり、だからこそ恐れ祀られるものだ。
俺は飽きたんじゃない。
当たり前だと思っているのだろう。
それが生物的に自然ってことだ。
何せ自然だからな。
そんなこんなでたどり着いた宿はガラガラで、あまり儲かってなさそうな感じだった。
いや、あまりじゃないな……全然儲かってなさそう!!
今は11月の後半で、お遍路のオフシーズンに入りかけだからかな……?
ゲストハウスの中は小綺麗で、応対もいい。
大岐の浜の宿、オススメだ。
風呂も、俺が来た数十分後にすぐ入れてくれた。
感謝だった。
で、午後8時には就寝。
明日は打戻りだ。
頑張ろう。




