第95話 山の上のブレイン
山が走っていく。
比喩ではない。氷牙巨人はまさに山そのものだった。今までこんな奴が見つからなかったこと自体が不思議なのだが、現にいるのだから説明しようがない。
ブレインは己にそう言い聞かせた。給料がいいからという理由でこの仕事を選んだのはいい物の、能力の相性の為か常に貧乏くじを引かされている。
この氷牙巨人もまさにそれだ。貧乏くじでしかない。
なにが悲しくてこんなデカブツの面倒を見なきゃいけないのだ。しかも氷でできた魔物だから寒い。肩の上に乗っているだけだが、それでも寒い。
コレクターから貰った『南極フルセット』装備が無ければ凍死していた。持つべきは恵まれた知人である。
が、例え寒さを和らげることができても寒い者ものは寒い。
「よ、よよよよよし! いたぞ!」
走る氷牙巨人の肩の上。望遠鏡からブレインは因縁ある新米兵士の姿を捉えていた。辺りは雪が降っているので周りに誰がいるのかまでは確認できなかったが、コレクターとソルジャーが城に待機で他の仲間がやられた以上、敵だけの筈である。
「やっちまえゴーレム! サーチの仇だ!」
巨人が唸りを上げた。彼はブレインの叫びを代行し、右拳を振るいあげる。
「のああああああああああああああああああああああああああああ!?」
同時に、肩にいたブレインは大きく足場を揺らされた。寸でのところで氷の塊にしがみ付いて落下を阻止するも、振るわれたら落ちる予感しかしない。
ゆえに、彼は命令する。
「ま、まて! たんまだ! ストップだゴーレム!」
「ゴ!」
言われ、氷牙巨人は動きを止めた。
その間に肩へとよじ登る。呼吸を落ち着かせた後、ブレインは再び命令を出した。
「よし、またせたな! やれ、ゴーレム!」
「ゴォー!」
唸り声と共に再び右拳が振るわれた。
同時にブレインが再度ずっこける。
「ほげえええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
間抜けな声を出して氷と共に流されていく。が、やはり突き出した氷の塊に捕まる事で落下を阻止。
「ゴーレム、ストップ! ステイだ!」
「ゴ!」
またしても動きが止まった。よじ登るブレイン。今度は急いで左肩へと移動し、三度目の正直へ。
「よぅし、これで大丈夫だ! やれ、ゴーレム!」
「ゴ!」
氷牙巨人の右拳が振り上げられる。村めがけて繰り出されたソレは、まさに巨大な氷河。ぶつかったら村が丸ごと潰れてしまう。
「あ、しまった! ちょっと待てゴーレム!」
「ゴ!」
転がるアクシデントは無かったが、ブレインはある事に気付いて氷牙巨人の動きを停止させた。
いそいそとリュックサックからスピーカーを取り出す。それをゴーレムの上に設置し終えると、彼は意気揚々とマイクのスイッチをオンにした。
「えー、テステス。村の皆さん、聞こえますかー!?」
スピーカーから不協和音が鳴り響く。向こう側からの返事を待たぬまま、ブレインは続ける。
「これからゴーレムは村に戦闘を仕掛けます」
「ゴッ!」
言われた途端、氷牙巨人はパンチを振るった。
「待てゴーレム! 今のは確認だから! ステイ!」
「ゴ」
拳が寸でのところで急停止した。
ブレインは一息つくと再度マイクを握る。
「と、いうわけなので被害を受けたくない村人は即刻退去してください。よろしくおねがいしまーす!」
「ゴォー」
巨人が主人に合わせてお辞儀をした。ブレインが左肩から落っこちたのは、それから間もなくのことである。
「ああいってるけど、どうするッスか!?」
「村人への配慮があるのはいいことだと思います!」
警告を聞いた兵士たちは排出されたガチャ武器を確認しながらも現状の解答を探り出す。リザのいうとおり、ブレインは良識がある部類の人間だった。天使と比べて話は通じやすそうではる。
「意外とこっちから話しかけたら答えてくれそうな気がするッスよ」
「無理だと思うわ」
R武器をポイ捨てしながらリザが言った。
「ブレインは明確な敵意を持ってる。まずはあのゴーレムをなんとか封じてから、こっちのペースで話した方が効果的だと思うの。野崎さんが殺されたと聞いたら頭に血がのぼってなにをするかわからないし」
「いや、倒す」
アルフレッドがきっぱりと言い放つ。
「これ、見てみてよ」
「ん?」
スマホを掲げて見せる。その場にいる全員が画面を覗き込む。今回のガチャの目玉商品、その画像が映し出されていた。
「エクスカリバー・ノワール。これさえ取れれば勝てる」
「知ってるの?」
「うん」
シェルミの問いに、アルフレッドは自信を持って頷いた。エクスカリバー・ノワール。色は少し違うが、この剣はまさに現代で天使が振るった凶悪な武器だ。よって、あの剣と同じ性能を秘めていると考えてよいだろう。
「天使が使った来たけど、かなりの代物だ。これさえあれば氷牙巨人でも勝てる」
「凡人。アンタそんな武器を相手にしてよく勝てたわね」
「運が良かったんだよ」
そう、エクスカリバーに勝てたのは単純に運が良かっただけだ。エクリプスハンドの協力を得れなければ負けていたし、昴が夜光竜を抑え込んでくれていなければここにはいない。
同時に、ここでこの武器を手に入れるチャンスが回ってきたのも運がいいと思う。
「まだ出てないな。底があるなら限界まで回してやる!」
しかも、今回のガチャはリミデッド。つまり、底が設定されている。出るまで引けば確実に出る手前、これまでのどのガチャよりも良心的だと思えた。
が、アルフレッドにはこれ以上銀貨がない。
「みんな、ありったけの銀貨を出してくれ!」
「え!?」
「アンタ、まさかここで私たちに金を出せっていうの!?」
「王都の存亡がかかってるんだぞ! 銀貨をケチってる場合か!」
新米兵士が先輩と高名な魔術師に向かって吼えた。本来なら厳しい罰が課せられてもおかしくないのだが、状況が状況である。レオとシェルミは複雑そうな顔をしながらも銀貨を差し出した。
「よし、これでワンチャンス!」
「あの。アルフレッド」
「なに!?」
「これで引けなかったらどうするッスか?」
「リザさん、銀貨は!?」
「少しならあるけど……」
「出して!」
半ば脅迫にも近い行為だった。が、彼女はエクスカリバーでないと止められないと理解しているのか、割とすんなりと銀貨を差し出す。元々住んでる世界が違うのもあるだろうが、やけに涼しい顔だった。
「あなた、生活は大丈夫なの?」
「一生ここにいる気はないけど、今を切り抜けないと大変でしょう?」
「そいういうこと!」
預かった銀貨を10枚ごとに束ね、再度ガチャに投入する。虹色の輝きが発せられない段階で見切りをつけ、アルフレッドは次の10枚を投入。輝きは白。再度10枚投入。
「ねえ、ちょっと詰め込み過ぎじゃない!?」
「せめて中身を確認してからでも問題ないと思うッスけど」
「甘い!」
ガチャ初心者の王都先輩戦士達に対し、アルフレッドは一言で切り捨てた。
「SSRは虹色! それ以外はガラクタ! こんなの常識でしょうが!」
「常識なんスか?」
「こっちに聞かれても……」
新米兵士の充血しきった目を見て、彼らはこれ以上の会話は不可能だと断定した。
同時に、金は返ってこないであろうことを察した。この時、レオは陰ながら『こんな時、クリーニがいれば』と小さく呟くのだが、アルフレッドはお構いなしに回し続ける。
「ダメだ、出ない! みんな、銀貨は!?」
「これ以上持ってないわよ!」
「じゃあシュミットさんだ!」
そう言うと新米兵士は回れ右。急ぎ足で村へと後退し始めた。
村を守る筈の兵士が村に逆戻りする。異様な光景である。
「守りはどうするッスか!」
「魔法使いさんがいるからなんとかしてくださいよ! それくらいできるでしょう!?」
凄く身勝手なお願いをされた。文句を言おうとシェルミが口を開くが、彼女の声が届く前にアルフレッドは雪の中へと消えてしまった。




