第81話 エクリプスハンド
静寂が場を包む。
アルフレッドたちも、天使たちも、誰も口を開こうとしなかった。
この場で動いているのは、彼らの後方で戦っている獄翼と夜光竜のみである。
『みんなは、どうなった!?』
獄翼のカメラアイを通じ、昴はアルフレッドたちの様子を探る。
ボロボロの状態だが、なんとか生きているといった感じだ。遠くからでも、彼らのダメージと疲労感は伝わってくる。だが同時に、困惑も伝わってきた。
『?』
敵も困惑しているのがわかる。
なにがそうさせたのかと探るが、それ以上の索敵は眼前のドラゴンが許さない。口から赤い閃光が弾けた。広範囲にわたって飛び散るそれを見て、昴は刀を振るう。
右手のみで振るわれた銀の弧が、赤い閃光を切り裂いた。振動がコックピットにまで伝わってくる。
『くそ! 馬鹿火力が!』
幸か不幸か、夜光竜はあれから闇の炎を吐き出す気配がない。
元主人の技で仕留めることに固執しているのかは知らないが、左腕を燃やしてからはずっとこんな攻撃しかしてこなかった。対応できる攻撃で仕掛けてくるのはありがたいが、周りの迷惑を考えろと思う。
『バカスカ撃ちやがって! ビルの修理費払えよな!』
口に任せて文句を言ってみた。
が、ドラゴンは臆する気配もなく突っ込んでくる。
『くそったれが!』
飛翔してくるドラゴンめがけて刀を振りかざした。銀の刃が、ドラゴンの顔面へと吸い込まれていく。
その瞬間、夜光竜は口を広げた。巨大な牙が刀を挟み込み、そのまま咥えこんでしまう。
『いいっ!?』
片手だけとはいえ、決して手を抜いて振るったわけではない。なのに、なんであんな簡単にキャッチすることができるのだ。しかも、口で。あの刀はドラゴンの弱点なんだろう。
様々な思考が頭の中を走り回る。
しかし、それらの疑問に答えるよりも前に、ドラゴンは獄翼の胴体を踏みつけた。
『うわああああああああああああっ!』
コックピットハッチが僅かにへこむ。
そのままひしゃげてもおかしくない一撃を受け、黒の巨人は飛ぶ暇もなくビルの中へと吹っ飛ばされてしまった。
『天ちゃん。そろそろ決着がつくよ』
夜光竜に憑りついた人工知能が、機嫌よさげに言う。
いよいよ怨敵を倒す時が来たのだ。この瞬間を何時も夢見てきた。きっとボスも喜んでくれるだろう。
『……天ちゃん、どうしたの?』
だが、その喜びを分かち合えそうな男からの返事がない。
何時の調子で『そうですか』くらいは返ってきそうなのだが、そんなに苦戦しているのだろうか。横目で天使たちがいる場所を見やる。
『……!?』
人工知能は見た。
アルフレッドの前に転がる右腕を。
勿論、それがこの場にいる誰の物でもないのは理解している。しかし、アルフレッドが握るスマホと、彼が近くにいるという事実が、危機感を募らせた。
『天ちゃん!』
夜光竜が完全に振り向く。
天使たちを巻き込まないよう、自分自身の肉体をアルフレッドへと押し付ける。
その為に突進を仕掛けた。近くには天使もいるが、彼は目ざとい。こちらを確認したら、すぐに避けてくれるだろう。
兵士たちは疲労しきっている。彼らにドラゴンの体当たりを避ける手段は、ない。
「い、いかん!」
突進に気付き、ジョークフリードが声を荒げる。
「夜光竜が来る! みんな、逃げるんだ!」
しかし、その言葉があったからといって、起き上がれる状態ではない。
クリーニとセリンサはガチャを引かせる為に盾になってくれた。お陰で満身創痍だ。
アルフレッドとジョークフリードも、エクスカリバーに切られて立ち上がるのがやっとである。こんなダメージを受けて、逃げることなどできない。
「エクリプスハンド……なにか、なにかないのかよ!?」
血眼になってスマホを触る。
希望があるとすれば、今引いたSSRだろう。
しかし、エクリプスハンドは説明文もスキルも一切の記載がない謎の武器だった。破壊剣のようなバグ満載の武器でも説明文が載っていたというのに、これはどういうことだ。
「頼む! お前だけが頼りなんだ!」
無茶を言っているのは自覚している。
物言わぬ右腕にいったところで、どうにかなるものでもない。
だが、言わずにはいられないのだ。希望を託せるのは、物言わぬ右腕しかない。
「どこの誰で、どんな経緯でこんな手だけになったのかは知らねぇ! アンタからすれば、勝手に呼び出されただけだ!」
けど、俺たちにはもうお前しかいない。
「力を貸してくれ!」
懇願するアルフレッドの声を聞き、天使は我に返る。
常に冷静であることを心がけている彼だが、この時ばかりは放心してしまった。エクスカリバーも同様だ。なぜならば、あの右腕にはSSR独自のオーラがまったく感じられないのだ。
いや、それ以前に。あんな武器、天使でさえ始めて見た。
コレクターと共に協力してほとんどの武器を研究した天使でさえも、エクスリプスハンドというSSR武器を知らない。
一体、いかなる武器なのか。
直接引いていない天使では確認できない。だが、引いた張本人であるアルフレッドがこんなにも狼狽えているのだ。破壊剣のように、かなり特殊な武器である可能性が高い。
「……エクスカリバーさん。命令は続行です!」
「はっ!」
夜光竜の突撃に戸惑っていた聖剣娘が新たな任務を得て、突撃する。
前からエクスカリバー。後ろからは夜光竜。どちらを受けても、アルフレッドに未来はこない。
「ビンボーニン!」
「アルフレッド君!」
クリーニとジョークフリードが叫ぶ。
彼らの必死の声が、アルフレッドに逃げろと訴えかけた。
「……逃げれないんなら、賭けるしかないだろ」
アルフレッドはどこか達観したようにいうと、不敵に微笑む。
使用用途の分からないエクリプスハンドを手に取ると、彼はスコップを片手に起き上がる。
「来い! 俺にもなにが起こるかわからないけどさ。こうなったら、俺の全部をコイツに預ける!」
背後から巨大な威圧感が接近する。
前方から美しい剣先が迫る。
そのどちらに対しても、アルフレッドはエクリプスハンドをぶつける覚悟だった。
「お前もSSR武器の端くれなら、世界のひとつでも救ってみろ!」
目と鼻の先まで二つの脅威が迫る。アルフレッドは反射的に目を閉じた。
夜光竜の牙と、エクスカリバーの刃が交差した。
激突音が衝撃となって、周囲に響き渡る。
「……?」
が、いつまで経っても痛みはやってこない。
恐る恐る、瞼を開ける。
「げっ!?」
信じがたい光景が広がっていた。
夜光竜とエクスカリバーが、アルフレッドの目と鼻の先で動きを停止しているのだ。
「ぐっ、う!」
エクスカリバーは苦しげに剣を押す。
が、自慢の聖剣はびくともしない。
そして反対側の夜光竜。こちらも牙を開けて噛みつこうとしているところを、押さえつけられている。
どちらも、アルフレッドの横に立っている黒ずくめの男によって、動きを止められていた。
聖剣は左手で。
ドラゴンの馬鹿でかい図体は、右足でそれぞれ受け止めている。
「え? ええええええええええええええええええっ!?」
突然現れた男にも仰天なのだが、それよりも彼がやってのけた荒業に腰を抜かしてしまった。力自慢ではあるが、アルフレッドでもこんな握力はない。しかも、男は微動だにしていなかった。変に力を入れ得ている様子は、まったくない。
「……」
フードを纏っている為、彼の顔はよく見えなかった。
が、ポンチョの中から僅かに見える身体を見るに、右腕がない。
「あ、あの。エクリプスハンドさんでしょうか?」
恐る恐る問いかけてみる。
すると、男はフードの奥から僅かに眼光を光らせた。黒い眼差しの中から、赤い輝きがアルフレッドを威圧する。闇の中で蠢くそれは、まるで血のように真っ赤で、それでいてどこか危なげさえも感じることができた。
「ひっ!?」
歓迎されていない。
直感でそう思うと、アルフレッドは間抜けな声を出して身を後退させる。
「……」
エクスカリバーと夜光竜を捕まえたまま、男は周囲を見渡した。
倒壊したビル。倒れた兵士達。こちらを凝視する天使。最後に獄翼へと視線を送ると、彼の赤い眼光は僅かに細くなった。
「……なんだこれは」
喋った。
簡単で短い言葉だったが、現状に困惑しているようだ。だが、声だけで判断できる。彼は現状を喜ばしく思っていない。エクスカリバーのように、呼び出した人間に対する忠義は微塵もなさそうだ。
しかし、頼れるのはエクリプスハンドの男だけである。
右腕の代わりに現れたこの男なら。エクスカリバーとドラゴンの両方を軽く抑え込んでいるこの男なら、この危機をなんとかしてくれるかもしれない。
「あ、あんた!」
「ん?」
不機嫌そうな眼光を向けられた。
フードの中は赤い眼光以外、闇しか見えないので本当に人間なのかさえも疑わしいが、言葉が通じればどうとでもなる。
「頼む! このドラゴンを退治するの手伝ってくれ!」
「こいつか?」
片足でドラゴンを抑え込んだまま、彼は問う。
「こんな生物がいるのか。いよいよもってファンタジーだ」
「コイツをなんとかしないと、ずっと夜のままなんだよ!」
「アイツもこのドラゴンと戦ってるのか?」
「アイツ?」
男が無言で目線を移す。
つられ、アルフレッドもビルの方へと視線を移した。
倒れている獄翼が見える。
「そうだ。昴さんもドラゴンと戦ってくれてる。詳しくはよくわかんないけど、俺たちしか戦えない!」
「……いいだろう。具体的にはなにをすればいい?」
思ったよりもあっさりと協力を承諾してくれた。
アルフレッドは傷口を抑えると、力なく起き上がる。
「傷口を治すことはできる?」
「やってみよう」
言うと、フードの中から黒いモヤは溢れ出した。モヤはアルフレッドの周りで漂い始めると、傷口に浸透していく。するとどうだろう。徐々に傷口が塞がり始めていくではないか。
「なっ!?」
近くで見ていたエクスカリバーも仰天する始末だ。
痛みが治まったのを確認すると、アルフレッドは起き上がる。
「ありがとう。アンタ、名前は? エクリプスハンドさんでいいの?」
「イカす名前だな。なんでそんな名前になったんだ?」
「だって、書いてるし……」
スマホ画面を見せてみる。
男は画面を覗き込むと、不思議そうに首を傾げた。
「確かに俺の腕だが……あれ? 吹っ飛ばされたと思うんだけど」
「でも、現に出てきてアンタが召喚された」
「なるほど。よくわからん」
どうもこの男はエクスカリバーと違い、自分がガチャで呼び出されたことを理解していないらしい。
しかし、そんなことはどうでもいいのだ。こんなやり取りをしている間にも、この男はドラゴンとエクスカリバーを抑え込んでいるのだから。
「本名とかあるの?」
「あるにはあるが、あまり気乗りせんな」
「なんで名前を教えるのがそんなに面倒そうなんだよ!」
「人に名乗らせるなら、まず自分からというのが礼儀だろう。俺はそう教わった」
コイツ、意外と面倒くさい。
アルフレッドは心の底からそう思った。
「あ、アルフレッド・エルカだ」
「あまり見ない格好だな。どこから来た?」
「俺がアンタに聞きたいよ!」
というか、こんな呑気に会話をしている場合じゃないのだ。
「そろそろ放していただけるとありがたいのですがね!」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
遠くからクリーニの悲鳴が聞こえる。
振り返ると、レーヴァテインから流れる黒い稲妻がクリーニに噛みついていた。
「クリーニ!」
「奴は仲間か」
「ああ。後、あそこで倒れている女の子と、全裸の男も」
「……なぜ奴は全裸なんだ」
「知らない」
真顔でのやりとりだった。
「まず、全裸を回復させてくれ。あの人さえ元気なら、ドラゴンは任せられる」
「え、あいつを?」
エクリプスハンドが嫌そうな反応を見せる。どうやら美的感覚は最低限保証されているようだ。ちょっと安心した。
「……パツキンか。絡まれたら面倒そうだ」
「ああ。会話は最低限でいい。その後は、コイツを頼む!」
エクスカリバーを指差した。
真正面から指差された女性は目を大きく見開かせる。
「いいだろう。コイツを壊せばいいんだな」
「私を壊す? 不可能ですね」
「お前、少し臭いぞ。雑巾の匂いがする」
「すぐに場の空気を壊すんだねアンタは!」
どうも緊張感のないやり取りだ。
さっきまで殺される一歩手前だった筈が、いつのまにかこの男に空気を乗っ取られている。
まあ、すべて事実なのであまり強く否定できないのだが。
「それで、お前は?」
「SSR武器じゃないとSSR武器に勝てない。俺とアンタでアイツらを倒す!」
「では、ドラゴンは全裸とあの馬鹿に任せればいいんだな。了解した」
言うと、男はドラゴンに蹴りをぶち込んだ。
強烈な蹴り上げを受け、顎が跳ね上がる。飛ぶ暇もなく、夜光竜は宙へと吹っ飛ばされてしまった。
「すご……」
「あれで驚くな。まだ序の口だ」
もう全部この男に任せていいんじゃないだろうか。
アルフレッドは真剣にそう思いつつも、改めて問う。
「で、結局アンタはなんて呼べばいい?」
「そうだな……」
指をはなし、エクスカリバーを解放する。
素早く後退する聖剣を見届けると、男は悩む。
「……山田・ゴンザレスだ」
「ゴンザレスさんでいいの?」
「山田でいい。まずは全裸の治療からだ。少し時間を持たせろ」
背中を叩かれる。
山田と名乗る男はアルフレッドを押し出した途端、猛烈な疾走でアスファルトの大地を駆け抜けた。




