第74話 美しく賭ける
17年だ。
それだけ長い時間を、世界は戦いに費やした。
3年前にようやく戦いが終わったと思って、世界中が武器を封印する意思を見せたというのに、再び手に取ることになるとは。なんとも皮肉である。
「本当に、民間機に任せていいのでしょうか」
本田大尉は顔を渋らせ、呟く。
戦争が終わった後の日本は、自衛隊が国に降りかかる脅威を抑え込む役割を担っている。
今、日本には見たことがない脅威が迫っていた。
禍々しいドラゴンの出現。そして終わらない夜。どちらも解決させないと混乱が続くだけだ。両者の現象に繋がりがあるかはわからないのだが、同時に起こったことを踏まえると、はやくドラゴンを捕縛するか、撃退した方がいいのではないか。
本田大尉はそう考えていたのだが、上層部の考えは違うらしい。
「ミスター・ダートシルヴィー。あなたが来日していなければ、この混乱に対して我々は行動できなかった。掛け合っていただいたことは感謝してます」
「ふっ、本田大尉。言いたいことがあるなら素直にいいたまえ」
東京都に構えられた基地で、本田大尉はある外国人と休憩室で話し合っていた。
長い金髪に、まるで王子様が着ていそうな豪華な白い服。胸につけられた薔薇も相まって、軍のイメージには似合わない。
しかし、彼は4年前まで日本の管理をしていた人物だった。
今は崩壊した祖国の立て直しに尽力を尽くしているらしいが、私用で来日したのである。
本田大尉にとって、元上官の立ち位置にあたる男だ。
本音で物を言うのは恐れ多いのだが、彼は嘘を嫌う傾向がある。気は進まないが、言葉を紡ぐしかなかった。
「では、遠慮なく。民間企業にドラゴンの討伐を托すより、我々の機体で出撃した方が手っ取り早いのでは」
自衛隊はドラゴン撃退に消極的だった。
本田は上層部の曖昧な態度に苛立っており、いざとなれば自分たちの部隊を独断で動かすことも視野に入れていた程である。
そこに、ダートシルヴィーがやってきた。
彼は昔のツテをフル回転させ、上層部から攻撃の許可をもぎ取ってきたのである。
だが、その許可も自衛隊ではなく、なぜか民間企業。それもひとりの社員に対してのみだ。
「確か、目金重工でしたか。あそこは昔、兵器開発に携わっていましたし、やろうとおもえば武装できるのもわかります。しかし、」
「戦うのは自衛隊の役目。そうだろう?」
「……ええ」
「気を悪くしたら申し訳ない。しかし、本田大尉。自衛隊は君が想像している以上に、不穏な影で覆われているのだよ」
ダートシルヴィーは深刻な表情でいった。
これは彼が来日してから知った事だ。
「仮に自衛隊が発進した場合、君たちはなにに命を預けることになる?」
「それは――――」
「そう。機械だ」
この世界は文明が栄えている。
生活を豊かにするための機械が生まれ、より便利さを求めてどんどん進化していった。
「機械は人類の美しさを表現している。だが、美しさには必ず棘があるものだ」
胸ポケットから赤い薔薇をとりだした。
処理されていない小さな棘が、ダートシルヴィーの皮膚を傷つける。
「棘に触れれば、当然痛みが生じる。美しさとは、まったく罪で厄介なものだよ。私のようにね」
「……まさか、我々の機械にバグがあると?」
もし、そうなら一大事だ。
どんなバグなのかはわからないが、放置したまま出撃すると大変なことになる。
「バグならまだいいかもしれん」
「では、コンピュータウィルス!?」
「少し前から、あらゆる国家のセキュリティに侵入する謎のウィルスが話題になっていてね。私の祖国も、一時期これを問題視していた」
当然、こんな大ニュースを世間に公表するわけにはいかず、国々はそれぞれのやり方でウィルスの侵入経路を探した。
その結果、辿り着いたのが日本である。
「日本の八王子能者学園。ウィルスはそこの研究所から送り込まれていたことがわかってね」
その学園の名前は本田大尉も知っている。
少し前、ニュースで大きく話題になった事件が起きた場所だ。
「確か、研究所が爆発したと……」
「嗅ぎつけたどこかの国の仕業だろうね。美しいとはいえない手段だが、それだけ危険視されていたのだろう。だが、ウィルスはこの件で止まる事は無かったのだ」
学園が隠れ蓑だったのかはわからない。
しかし、ウィルスは恐ろしい勢いで増殖し、遂にはプログラムのハッキングまでこなすようになった。
「本田大尉。ここからが本題だ。これから話すことは、決して他言無用だよ。美しい私と約束してくれ」
「は、はい」
深刻な表情で話すアーガスを前に、本田大尉は喉を鳴らす。
気のせいか、気温が一気に高くなった気がした。
「昨夜、匿名で自衛隊の本部に警告がきた。もし、自衛隊を出撃させたら、アメリカが管理している核ミサイルを発射させる、と」
「な――――!?」
「アメリカには私の知り合いもいる。確認させたのだが、制御を完全に握られてしまったようだ」
「なんでそんなことに!? いえ、むしろ誰が!」
「わからん。だが、知っているかもしれない人がいる」
そこまで言われ、本田大尉は勘付いた。
「昨夜、ドラゴンと戦った連中ですか」
「そうだ。特に、民間機に乗っているのは私の友人でね」
どういう友好関係を構築しているのだろう。
本田大尉はそう思った。
「まっさきにドラゴンに立ち向かった彼ならば、もしかすると事情を知っているかもしれない」
「じゃあ、その民間人に武器を預けたのは……」
「当然、彼らの助けになると感じたからだとも」
映像を見た限り、ドラゴンは進化していく。
いかに現代が誇る鋼鉄の巨人でも、丸腰では分が悪いだろう。
「幸い、彼が戦ったことで警告はきていない」
「しかし、武器を持っていたら流石に疑われるのでは?」
「その時は――――撃ち落してもらおう」
涼しい顔でとんでもないことを発言した。
本田大尉は呆然としながらも問う。
「で、できるんですか!?」
「他の上層部も言ってきたとも。勿論、私の答えはYESだがね。美しい私は、彼以上のパイロットはいないと考えているのだよ」
「実際はどうなんですか?」
「……正直、厳しいかもしれない」
ダートシルヴィーの提案は、そのすべてが民間パイロットの腕に頼ったものだった。
もし、彼の腕が通用しなかったら、その時は――――。
できれば、あまり想像したくない。
「本田大尉。これは賭けだ」
「民間人に賭けるなんて……」
「その気持ちはわかる。だが、誰かに託したいと思う時、信頼できる人間に渡すべきではないだろうか」
「そのパイロットは、新人類なのですか?」
「いいや」
出会ったとき、彼はまだ少年だった。
ただ理想だけが一人前の、気がいいだけの少年。
彼は凄まじい力を持った人間ではない。
「だが、信頼できるよ。私は、彼のような人間こそ、美しいと思う」
『――――以上が、大星から聞き出せた情報よ』
「よく聞き出せたな。大分プライベートな話題だった気がするけど」
『力を使ったの。あまり言わせないで』
「お、おう」
目金重工の工場で、昴はリザから情報を受け取っていた。
当然、全員に聞こえるようにしてある。
サイ・ゲルパがどういう世界なのかということも、原住民たちに伝えられた。
「…………」
各々、思うことがある表情をしていた。
しかし、全員がそれを口にしようとはしない。彼らなりに、今の優先順位を決めているのだ。
『夜光竜だけじゃないけど、天野が目を付けた魔物は基本的に魔石の武器を弱点としているわ』
「コイツだな」
アルフレッドがスコップを掲げる。
昴はそれを見ると、思わずリザに問いかけた。
「アルマガニウム?」
『そうよ。サイ・ゲルパで魔石と呼ばれている物質は、私たちの世界ではアルマガニウムと呼ばれている物。あなたも知ってると思うけど、かなり貴重な資源よ』
アルマガニムは今、あらゆるエネルギーを発生させる資源となっている。
そんな物質を武器として利用するのは、今の世の中では厳しいだろう。
だが、どういうめぐりあわせか。こんな時に限って、いいニュースが用意できている。
「そちらは問題ありません。蛍石君のスペシャル仕様を準備しますので」
『え、誰』
「ウチの社長。とにかく、情報ありがとう。ドラゴンは俺とアルフレッド君、それと変質者でなんとかする」
「ん?」
名前を呼ばれなかったことに違和感を感じ、ジョークフリードは首を傾げた。
ややあってから、変質者とは自分のことを指しているのだと気づく。
「待て、ケイオスダイン。君はわかっていない。私はハダカこそが――――」
「後で言っておきますから! 今は大人しくしておいてください!」
「しかしだね、アルフレッド君! 誤解はすぐに解かなくては!」
どこが誤解なんだよ、変質者。
昴は冷たい視線をジョークフリードへと送りつつ、再びリザへ口を開く。
「それで、問題の天使は?」
『天野の動向は、大星でもわかっていないわ。でも、天使は必ずこの世界のどこかに潜んでいる筈よ』
サイ・ゲルパにいたはずのサーチの死体が転がっているのだから、間違いない。
彼は夜光竜の騒動も知っている筈だ。
天使が本当に反転を望むのだとしたら、選ばれた魔物を放っておかないだろう。
『次に夜光竜が出てきたら、奴はきっと出てくる』
「では、金持ちたる俺はソイツをなんとかすればいいのだな!」
『そうね。ドラゴンに有効な武器を持ってないなら、その人たちは天使の相手をしてもらった方が……』
「ちょうどいいね。こっちも新しい武器を試したかったし」
「新しい武器ぃ?」
意味深にほくそ笑みセリンサを訝しげに見やる。
彼女は意地悪気に笑うだけで、なにも言おうとしなかった。
「何時の間に作ったんだ」
「さっき、ちょっとね」
そのちょっとの時間で武器は作れるものなのだろうか。
疑問は尽きないが、本人はこれ以上答えるつもりはないらしい。
『私はもう一度サイ・ゲルパを調べるつもりよ。大星も連れて行って、本物か確かめるわ』
「わかった。こっちは任せてくれ。ここで食い止めてみせる」
『無事を祈るわ』
通話が切れる。
バッテリーが殆ど0になっているのを確認すると、昴は電源をオフにした。
そのタイミングを見計らい、目金は部下に指示を出す。
「では、急いで武器を取り付けましょう。少ししたら自衛隊が装備を運んでくれます。蛍石君、それまで武装案を纏めておいてください」
「大丈夫です。もう案は俺の頭にあります」
昴が笑顔で言い放つ。
「ダガーにヒートナイフ二本。頭部にエネルギー機関銃。エネルギーピストルと電磁シールド。後はブレイドで」
「ブレイドってお前。あんなアルマガニウムの塊を自衛隊が用意してくるわけねぇだろ」
「いいえ。使用許可リストに、今の武器はすべて掲載されています」
「ええ!?」
おやっさんが仰天した。
ブレイドはその名の通り、実体剣の装備だ。
異世界人たちにも伝わるように言えば、魔石で作った刀である。
「どうやら、向こうは蛍石君にすべてを托すつもりでいるようですね」
「あまり期待されても困りますけどね」
だが、今のご時世でブレイドのような武器を保管してくれていたのなら、きっと当時の仲間の誰かが動いてくれたのだろう。
彼らから期待されるのなら、悪い気はしない。
「よし。俺はシュミレーションに入ります!」
昴が黒い巨人に向かって走り出す。
彼の背中を見つめ、アルフレッドは小さく呟いた。
「昴さん、嬉しそうですね」
「……確かに」
不思議な事に、今まで大人びていた筈の彼は、どこか少年のような明るさがあった。
アルフレッドは思う。
きっと、彼にとって大事な何かがあるのだろう、と。
夜光竜に立ち向かう装備を聞いただけでは、自分には理解できない。
でも、彼にとってはかけがえのない代物なのだろう。
どんな意味があるのかはわからないが、そういう拘りを持った人間は強い。
幼さを表に出した昴を見ると、心強く思えた。




