第70話 vsミヤナギ
工場には早速三つの集まりができあがっていた。
自己主張の激しい者が集まって意見を交わし合う、英雄・成金組。
自分たちの技術を交換し、異世界の技術を取り入れられないかと試行錯誤する技術者組。
そして、あぶれた組の三つである。
最後の組の内容はアルフレッド、魔物三匹。そして昴の5人(匹)だ。
彼らは自己主張が強いわけではなく、かといってモノづくりに命を賭けているわけでもない。積極的すぎる仲間たちに比べると大人しめな性格が幸いしてか、見事に取り残されてしまったのだ。
「いや、こいつらどうするのさ」
各々が勝手に行動する中、アルフレッドは困った顔で呟く。
夜光竜ほどではないとはいえ、彼らは魔物だ。いつまでもここで飼っておくわけにはいかないだろう。というか、自分たちもこの場所にいてもいいのだろうか。聞いた話だと、ここは昴が務める『カイシャ』という場所らしいが、部外者である自分たちが入っていいものなのかがわからない。
「他の人が来たらどう説明するつもりだよ」
現状、昴とおやっさんと呼ばれるおじさん以外に彼らの存在を知る人物はいない。
もしもこの小さな魔物たちが見つかってしまえば、大騒ぎだ。早くどこかに隠した方がいいのでは、と内心ハラハラする。
「心配いらないよ」
が、そんなアルフレッドの不安は昴の一言によって打ち消された。
「夜光竜の襲来で、しばらく従業員は避難してる。戻ってくるのは社長くらいだよ」
「シャチョー?」
「ここで一番偉い人をそう呼ぶの」
「その人にはこいつ等のことを話しても大丈夫なんですか?」
「俺にコイツで出撃してこいって許可を出すような人だよ。なんとかなるでしょ」
言うと、昴は『コイツ』へと近づいていく。
ウィンチロープを掴んで、胸の操縦席とやらに向かうつもりだった。
「お前ら、大人しくしておけよ」
「キッ!」
アルフレッドがいうと、魔物たちは小さく敬礼して背筋を伸ばす。どうやらドラゴンを退治するまでの間は大人しくしてくれるみたいだ。意外と礼儀正しい彼らに背を向け、新米ゴブリンキングは鋼鉄の巨人へと近づく。
「昴さん、俺も入っていいですか?」
「いいけど、あまり面白くないと思うよ」
続けて昴がなにか言おうとするが、その前にアルフレッドは跳躍。抜群の脚力に物を言わせると、そのままコックピットの中へと入りこんでいった。
「うわぁ。車よりもキカイがびっしりですね」
「……サイ・ゲルパって君みたいなのがいっぱいいるの?」
「え?」
見れば、昴はぎこちない笑みでアルフレッドの顔を見ていた。なにかおかしなことでもしただろうか。
「えっと、俺は割と普通の方だと思いますよ」
コックピットから顔をだし、会話で盛り上がる仲間たちを見やる。
「ふははははは! 金持ちたる俺は運がいい。まさか、あのジョークフリードを名誉国民に加えられるとはな!」
「はっはっは。まあ、よろしく頼むよクリーニ君。後、できれば私はハダカで生活できるようにしてくれるとありがたいな」
「ほう、嬢ちゃん。アンタ工具の使い方がわかるのかい。武器の手入れに余念がないのはいいことだが、ここは武器屋じゃねぇんだ。あまり無茶するなよ」
「誰に言ってるかなぁ! 未来の最高の武器屋だよ? むしろ工具たちもこういう女の子に使われた方が喜ぶって!」
彼らのやり取りを見て、アルフレッドは思う。
うん、俺は至って普通の筈だな、と。
「普通です。間違いありません」
「そ、そう」
あんぐりとする昴。アルフレッドはいそいそと操縦席の後ろに回り込むと、昴の手つきを観察しはじめる。
「なにをしてるんですか?」
「つまんないぞ。外の情報集めと、昨日のドラゴンの映像の確認」
「立派な準備活動ですよ。そんな謙遜する必要はありませんって」
「まあ、俺はこんなことしか役に立てそうにないからさ」
どこか遠い目で昴が溜息をつく。
「そんなことはありませんよ。夜光竜相手にこのクルマで駆けつけてくれたじゃないですか!」
「車じゃないんだけどね……」
まあ、ここでロボットのことを説明するとアルフレッドがまた暴走する予感がするので、細かいツッコミはしない。なので、口を閉じて作業に戻ることにした。
しかし、文明に飢えた異世界人の興味は尽きない。
「昴さん。この画面って、なんでも出せるんですか?」
正面モニターを指差し、問う。
『なんでも』と言われると具体性に欠けるので、返答に困るのだが、あえて昴はこう答えた。
「前に俺の家でテレビを見たでしょ。あれと同じで、なんでも出せるわけじゃないよ」
「へぇ……」
わかっているのか、わかっていないのか。
アルフレッドは曖昧な返事をしながらも、コックピットをきょろきょろと見渡す。どうやら彼なりにこの巨人を調べようとしているようだ。短い付き合いだが、どうもこの異世界人たちは濃い。各々、興味対象を見つけたら全力でダッシュしていく傾向がある。
わかりやすいので扱いは楽でいいのだが、全力すぎて困ることも何度かあった。
今回もそのケースに当て嵌まるかもしれない。変な行動を起こすんじゃないかと危惧していると、突然正面モニターが切り替わった。
画面右上に一枚の写真が表示される。
「あれ」
「アルフレッド君。もしかしてなにか押した?」
「え? 嘘、椅子に手を置いただけなのに!?」
精密機械が並んだ操縦席の周りには、あらゆるボタンが設置されている。その気がなくても、ひとつ押したら大暴走を引き起こす危険があった。苛立ちの表情を表にだし、厳重に注意する。
「いるのは構わないけど、不要に触らないこと。いい?」
「は、はい」
流石に企業の人間に怒られたら、アルフレッドもしょんぼりと落ち込むしかない。
彼は周りに気を付けつつも、正面モニターを再び見た。不用意に押してしまったスイッチで表示された写真。そこには若かりし頃の昴と思われる少年と、何人かの人間が並んでいた。
昔の絵だろうか。
写真という技術を知らないので、よくできた絵だな、と観察しはじめるアルフレッドだが、そこで気付く。
「あれ?」
昴の近くで映る大男。隣で視線を逸らす無愛想そうな青年の影になっていて見えにくいのだが、その手には見覚えがあるスコップが握られている。
「昴さん。あのスコップって……」
「ああ。流石に気付くか」
昴は作業の手を顔を上げることなく、首を下に向けたまま話しはじめる。
「確か、ミヤナギ・レプリカって言ったっけ。君のスコップ」
「え、ええ」
「この赤髪のでっかい男の人もミヤナギっていうんだ」
「え、えええええええええええええええええええええっ!?」
驚きの余り、身を乗り出す。操縦席を押し退けそうな勢いで前に出てきたアルフレッドを無理やり後ろへと押し戻した後、昴は続けた。
「君たちの世界は異世界からの不要物が流れてくるんだろ? だったら、あのスコップはもしかするとあの人のなんじゃないのかなって思ってさ」
「じゃあ、この人は」
「死んだよ。俺は直接見たわけじゃないけどね」
アルフレッドの位置から、昴の表情は見えない。
しかし、声のトーンは僅かに低くなった気がした。
「この世界じゃ、3年前まで戦争があったんだ。かなり長い間続いててね。なんと俺と同い年」
「ええぇ……」
この世界に来る前、シュミットからそんな話を聞いた気がするが、いくらなんでも長すぎる。なにをどうすればそんなに長い間戦えるのだろう。
「嫌になっちゃうだろ。あの時、もう17年も戦争は続いてたんだ。色んな人が疲れ切ってたんだけど、それでもどうしても止まろうとしない連中がいたせいでね」
「昴さん、詳しいですね」
「一般常識だよ。この世界では」
昴が操縦席に再び腰かけ、腕を組む。
3年が過ぎるのはあっという間だが、今でも当時の事は忘れていない。彼らと過ごした期間は1年程度だが、昴にとってもっとも濃厚な時間だった。
「……それで、みんな消えた」
枯れ果てた声だった。聞いているだけで辛くなるような、小さな慟哭。
3年が経った今でも、『戦争』の傷は彼を解放していない。
サイ・ゲルパは平和な世界だ。魔物という人類共通の敵がいるせいか、どの国も協力的になっている。アルフレッドは戦争を知らない。単語の意味は知っているが、実際に経験したわけではなかった。
そんな彼でも、蛍石・昴の慟哭を理解してしまう。
写真に写る男女は、彼以外全員消えてしまったのだろうか。気になる気持ちはある。だが、怖くて聞けなかった。
「その戦いの時に、スコップが消えたんですか?」
「正確に言えば、爆発に飲まれてね。回収する暇がなかったんだ」
「彼が、ミヤナギ・レプリカの製作者なんですかね?」
「さあ。俺が始めて会った時は、もう持ってたから」
ただ、ひとつだけ昴が言えることがる。
「でも、そのスコップは強いよ」
断言された。ミヤナギ・レプリカの性能はアルフレッドも知っているのだが、彼の言葉はそんなアルフレッドでさえも唸らせる力強さがある。
「それさえあれば、きっと夜光竜にも負けない。誰が来ても、負けるわけないさ」
だから、
「大事に使ってよ。貴重なスコップなんだから」
それは思い出の品としてだろうか。
それとも貴重な物質を使って作り上げた武器だからだろうか。
アルフレッドにはわからない。理解する為には、彼らのことを知らなすぎる。
一度破壊されてしまった罪悪感と戦いながら、アルフレッドはこう言うので精一杯だった。
「……そのつもりです」
「頼むよ。きっと、君は正しい使い方をしてくれると思うし」
やや自嘲的に笑うと、正面モニターに映し出された映像が切り替わる。
このやり取りの後、ふたりの間には静寂が残った。




