第6話 武闘祭
「な、なんて奴だ……!」
玉座に君臨しつつも完全に腰を抜かした状態でディマボルトが呟いた。
彼の眼前に映るのは、毎年開かれる屈強な民たちによるバトルロワイヤル――――ではなく、たったひとりの少年による蹂躙である。
爆発魔法。クリーニなんたらとふざけた名前を付けてはいたが、先程会場に膨れ上がった光は間違いなく爆発魔法だ。数ある魔法の中でも扱うのが難しいと言われている術である。王宮でも爆発系の魔法を扱える戦士はごくわずかだ。
そんな爆発魔法をクリーニが使っている。
実力は凄いと人伝で聞いていたのだが、まさかここまでとは。
「ディマボルト様、お怪我は?」
「私は大丈夫だ……」
サテュロスが慌てて駆けつけ、王の安否を確認する。
王も周りを見渡してみるが、コロシアム自体に被害が出た様子はない。クリーニが放った爆発魔法は、文字通り選手たちが集まっている会場に放たれていた。
「参加者たちはどうなった!?」
「どうやら命に別状ないようです」
王の為に用意された特等席。コロシアムを見渡せる高い位置に備え付けられた場所に、何人かの参加者が吹っ飛ばされている。もがいているのを見るに、他の参加者も生きていると考えていいだろう。
「まさか会場中の参加者を全員吹っ飛ばしたというのか!?」
「恐らくは」
サテュロスの事前報告だと、今年の武闘祭の参加者が300人。その全員を、早々に吹っ飛ばそうとしたのはクリーニが始めてである。そして、やりきってみせたのも。
「他に参加者は残っていないのか」
「砂塵が舞っていて確認が難しいですね……」
サテュロスと衛兵たちが確認に入る。
時間が経つと同時に、舞い上がっていた砂が収まっていく。コロシアムの中央でクリーニが得意げに突っ立っていた。
「ふはははははは! 金持ちたる俺の奥儀の前に敵は無し!」
剣を掲げ、早くも勝利宣言である。
見れば彼の周辺には爆発魔法に巻きこまれた参加者たちが倒れており、呪いを受けたかのように悶えている。あれでは戦闘の続行は不可能だろう。
「見ての通りだ兵士団長。いや、クリーニ国名誉団長!」
勝手に国を作られ、挙句の果てに勝手に名誉団長にされた。
サテュロスは特にコメントをすることもないままクリーニの言葉を待つ。
「勇み足で参加した庶民はこの様よ。これで金持ちたる俺の実力も理解してもらえたはずだ」
確かに、嫌でも認めなければなるまい。
殆ど不意打ちにも近かったが、爆発魔法を使いこなし、300人もの人間をダウンさせることができるのは立派な戦績だと言えた。兵士として迎え入れるのなら、これ以上の成績はないだろう。
だが、
「まだだ」
「なぬ」
「戦闘意思を示す選手が残っているぞ」
サテュロスが砂埃の舞う会場に視線を送る。コロシアムの端に位置するそこに顔を向けられた瞬間、クリーニを始めとした全員が一斉に顔を向けた。砂埃の間からふたつの影が鮮明に浮かび上がる。
「ふ、防いだ……のか?」
「ふぅ、なんとか生き延びた!」
黄金の剣を構えたままの姿勢で腰を落とすアルフレッドと、その背中に回っていたフードの参加者だ。
多少の疲労の色は見えるようだが、既にダウンしている他の参加者と比べたら十分戦闘可能な体である。
「ありがと。なんとか助かった!」
「色々といいたいことはあるけど、もうちょっと心を込めたお礼はできないの?」
「無理。だって、勝つ為に来てるもん」
「えぇ……ていうか、なんでアイツが仕掛けてくるってわかったの」
「魔力を通しやすい装備してるもん。性格も考えると、派手なの仕掛けてきそうだなって思った」
だからこそ、控室で防げそうな手段はないか探した。
その結果見つけたのがアルフレッドと、彼が持つ剣である。どこの誰が作った武器なのかは知らないが、中々品質がいい。他の参加者が持っている武器と比較しても、確実に防げるだろうという確信があった。
「装備品にはうるさいよ。見たら大体性能もわかるし」
「じゃあ、最初に用意してこい」
「私服で参加してる人に言われたくないかな」
それに、結果的にクリーニの一撃を回避することができた。
もう一度あれを受けたら自分も他の参加者同様、ダウンしてしまうのだが、幸いにもクリーニは自分とアルフレッドがなぜ立っていられているのか理解できていない。仕掛けるなら今がチャンスだ。
「おじさん、試合ってもう始まってる?」
フードが特等席に視線を向ける。
視線の先にいる兵士団長は無表情なまま頷き、僅かに肩を落とす。
「仕方あるまい。こうなった以上、残った三人で武闘祭を行うものとする。思う存分戦うがいい」
「よっし!」
許可を貰うと、フードは即座に武器を取り出した。
両手に変わった形の刃物が握られる。ダガーと同じくらいの長さなのだが、形状が大きく異なっていた。刃が付いた車輪によって構成されているのである。柄の先にくくりつけられた刃の車輪が勢いよく回転し、連結した他の車輪も同様に回転。見るからに痛そうな武器を前にして、アルフレッドが警戒心を強めた。
「ところで、お礼って言ったけどさ」
柄を力強く握る音に気付いたのか、フードが背中を向けたまま言う。
「一応、私は勝つつもりで来てる。勝ちを譲る事はできないけど、最初のターゲットから外してもいいよ」
両手に握った車輪の刃が交差した。激しい火花を散らし、フードの奥から微かに笑みがこぼれる。
「どっちにしろアイツを処理しとかないと、私にとって面倒だし!」
「好きにしろ!」
「じゃあ、またね!」
フードが疾走する。踏込で砂が舞い、風がクリーニに叩きつけられた。
「くるか!」
確かな敵意を受け取り、クリーニが剣を携える。
相変わらず兜のせいで前は見えない。どんな相手が襲い掛かってきても、自分なら絶対に勝てると信じているからだ。それだけの実績も積んでいる。
「むん!」
足音と気配、そして肌に伝わる敵意を手掛かりにして剣を振るう。
空を切る虹色の刃。その真下には屈んだフード。
「速い!」
特等席からコロシアムを見上げているディマボルトが感嘆する。
先程のやり取りを思い出すと、自分の隣で試合を観察している兵士団長に尋ねた。
「サテュロス。もしかして彼女が」
「はい。先程話した私の姪です。名はセリンサ」
「見た事もない武器だが、まさかアレは自作か?」
「恐らく。彼女は武器と素材の知識に貪欲でして。いつか自分の手で最高の武器を作り上げるのが夢なのだと聞いています」
形はかなり歪だが、この試合に持ち出した以上、それなりに威力はあるのだろう。
見た感じ、殺傷能力は剣よりも遥かに高そうだ。どうやって刃が回転しているのかも興味がある。
だが、サテュロスは姪の歪な武器よりも最後の参加者が持っている剣に注目していた。身だしなみから考えて、クリーニのように身分ある人間ではないのだろう。かといって、セリンサのように装備品に固執しているようでもない。
あの少年が持っている黄金の剣は、この辺りでは見かけることがないものだ。クリーニの爆発魔法を防いだことを考えても、魔石が投入されているのは間違いない。
問題はどこであの剣を手に入れたのか、だ。
魔石を使った剣を取り扱っている店は少ない。ましてやあの身なりの少年が手にすることなど、普通では考えられないことだ。盗人とも思ったが、それにしては清潔感がある。つい先日、魔石の剣をくじびきで入手できる機会があったそうだが、それもクリーニが金に物を言わせて手に入れたと聞いている。
入手ルートが見えない武器。
サテュロスは瞬時に頭に浮かんだキーワードを繋ぎ合わせると、衛兵のひとりに声をかけた。
「あの金の剣を持つ少年だが」
「はっ!」
「何者なのかを調べてほしい。それと、この会場にソニック婆様がいる可能性がある。会場全体に監視の目を回しておけ。兵だと勘付かれないよう、慎重にな」
「了解しました!」
出口に向かっていく兵士の背中を見届けた後、兵士長は再び試合へと目を向けた。
セリンサとクリーニによる激突だ。ぶつかりあう衝撃が金属音を生じさせ、互いの均衡を印象付けさせる。
だが、優勢なのはセリンサだ。
前が見えていないのか、クリーニの一撃には鋭さが足りていない。自信過剰なのか傲慢なのかは知らないが、自分の力を過信しすぎているのが仇となっている。クリーニとしては、今こそ広範囲の魔法で撃退したい場面だ。だがセリンサは俊敏な足でクリーニの周りを駆け巡り、次の魔法を出させない。また、回転刃で鎧に少しずつ傷をつけていっている。
「君の姪が優勢だな、サテュロス」
王の目から見ても、セリンサの動きはかなり優れているようだ。
クリーニ劣っていない戦いぶりを見て、はにかんでいる。余程あのナルシストに優勝してほしくないのだろう。
「クリーニに魔法を出す隙を与えない。あのえげつない武器も、鎧を砕く為に用意したのなら準備の面でも評価できる」
「お褒めいただき光栄でございます」
だが、
「まだ結論を出すには早いでしょう」
ちらり、と金色の剣を握る少年を見やる。
クリーニとセリンサの戦いを見て、どのタイミングで割って入るのかを考えているのだろう。しかし、少年の装備はあまりに軽い。一度のミスが大怪我に繋がってしまう。だが少年とて理解した上で武闘祭に挑んだ筈だ。
「この試合、あの少年がどれだけ戦えるかがカギとなるかと思います」
前評判でクリーニを。
自分の目ではセリンサを評価し、実力は把握している。
だが、あの少年だけは無名だ。どれだけ戦える人間なのかもわからない。
「彼がクリーニやセリンサを倒すと思うのか?」
「まだはっきりとはわかりません。ですが、残っているのは彼だけです。それ以外はクリーニが倒してしまった手前、彼とセリンサはそのクリーニを倒さないと兵士として推薦できないでしょう」
武闘祭が始まる前に交わした会話だ。今回の肝は、彼らがクリーニを相手にどこまで戦えるかが注目ポイントである。
「私は公平に判断を下すつもりです。彼らがクリーニの前に倒れたらクリーニを。セリンサと彼がクリーニを倒すことができたのなら、あのふたりを推薦したいと考えています。もちろん、どちらかだけが勝てたらそのひとりを推薦するつもりですが」
「……ふむ」
言われ、ディマボルトは渋々納得したように頷く。
「確かに。クリーニは性格上問題があるが、こうなってしまった手前、評価しないわけにはいかないだろう」
言いつつも、王は特等席で難しい顔をしていた。
よほどクリーニが苦手なようで、顔色も悪い。
「……でもなぁ。クリーニはなぁ」
頭を抱えて悩み始めた。
もし、これで本当にクリーニが兵士になってしまったら、毎日が頭痛と一緒である。それを避けるにはなんとしてでもセリンサと少年に勝ってもらわなければならない。
想像してみた。
兵士となったクリーニ。いまだに国王として君臨する自分。
毎日親の借金をちくちく言ってくる新米兵士。頭を抱える国王。
無駄にエラそうな上に、自分よりもカリスマ性のありそうな新米兵士。そしていつのまにか立場がなくなっている新米王。そしてついには滅び去る王の血筋。
嫌な未来予想図を見た後、王は真顔となった。
彼はいまだに動こうとしない少年を睨みつけると、吼える。
「こらぁ! なにをしとるか! ボケッとしないでお前も戦えぃ!」
「ええっ!?」
いきなり特等席から野次を飛ばされ、アルフレッドは困惑。
しかも相手は王様だった。戸惑いつつも、アルフレッドはクリーニとセリンサ、そして王を何度か見る。
「止まってたら兵士になんかなれんぞ! 勝て! 戦って勝つしかお前に残された道はないのだ!」
「は、はい!」
背筋を伸ばし、少年は一礼。
そのまま剣を持つと、まっすぐクリーニとセリンサ目掛けて走り出した。
「……ディマボルト様」
「なんだ!」
「いえ、なんでも」
冷めきった表情でサテュロスが視線を向けるが、王はあえて無視。
大臣や衛兵たちもなにか言いたそうな顔をしているが、揃って黙り込んでしまっているので、気にせず席へと戻って行った。誰がなにを言おうと、嫌なもんは嫌なのだ。着席すると、王は再び大声で叫ぶ。
「勝て! 戦え! とにかく勝てえええええええええええええええええええええっ!」
野次にも似た王の激励を背に受け、アルフレッドは困り顔で走っていった。




