第48話 アクエリアスの壺
シェルミとクラッシュマンの距離が詰まっていく。魔法で出現させた底なし沼から難なく脱出すると、クラッシュマンはゆっくりと魔法使いに近づいて行った。
「……」
一方のシェルミは、彼の出方を伺っていた。クラッシュマンの攻撃方法は自身の『力』に依存している。発動時の発光現象はいいヒントだった。だが、それを防ぐ手段がない。
やはり攻撃する他ないのか。爆発魔法すら打ち消す『力』を相手にして。
魔法使いの額から汗が流れる。
「……ん?」
クラッシュマンが立ち止った。突然やってきたチャンスを目にした途端、シェルミは反射的に詠唱を開始する。
「ジャジメントフ――――」
その言葉が最後まで紡がれることは無かった。
彼女も見てしまったのだ。クラッシュマンの後方。彼が振り返ったその先から噴き出す黒い噴煙に。
「なに、あれ?」
魔力をかき集め、目に集中させる。煙からは高い魔力を感知することができた。今まで感じたことがないタイプだ。サイ・ゲルパに伝わる魔力の四台元素。そのいずれとも色が違う。こんな魔力の流れは見たことが無かった。
「でも、あそこには」
「そうだな。彼しかいない筈だ」
あの方向にいるのはひとりしかいない。シェルミもクラッシュマンも知っている。魔法が使えない凡人、アルフレッド・エルカのみ。
「どうやら新しいなにかを引いたようだな」
クラッシュマンがシェルミに背を向ける。その行為は完全に隙だらけだった。が、シェルミは行動に移せなかった。黒い噴煙の中から、信じられない物が出てきたのである。その姿から目を離すことができなかった。
「凡人?」
返答はない。が、その姿はアルフレッド・エルカその人なのは間違いなかった。間違いないのだが、しかし。どうして平然と立っていられるのだ。クラッシュマンの一撃を受けたらクリーニやセリンサのようにノックダウンされてしまう筈だろう。
それに、さっきから溢れている不気味な魔力はなんだ。
「ね、ねえ凡人。あなたって魔法が使えないのよね?」
返答はない。返ってくるのは獣のような唸り声と、深紅に輝く双眸のみ。
明らかに様子がおかしかった。あれではまるで凶暴な魔物ではないか。
「バグウェポンを引いたな」
対してクラッシュマンは冷静な態度を崩さない。彼はアルフレッドが握っている剣を見て、ある程度の事態を察していた。
「俺もその武器のことは少し聞いてる。触ったらやばい状態異常になるらしいが」
「ぐるるるる……」
「どうやら本当にやばいようだな」
ならば優先順位は変更だ。クラッシュマンなすぐさま拳を振るうと、力を具現化させる。青白い光が拳の先からまっすぐ突き出された。
「がうっ!」
アルフレッドが破壊剣を横薙ぎに一閃。黒の一陣に触れた途端、クラッシュマンの光は一瞬でかき消されてしまった。
「なに?」
思わず目を見張る。今まで色んな奴に力を浴びせてきたが、正面からかき消してくるのは始めてだった。ましてや相手はSSR武器。同じレア度のミヤナギ・レプリカは破壊できて、あの剣は破壊できないというのか。
「いいぞ。面白い。やっと面白くなってきた」
状況は不利になったにも関わらず、クラッシュマンは現状に歓喜する。
よろしく宿敵。ありがとうヤマダ先生。僕、ようやく出会えたよ。
「いくぞ!」
戦闘意思を示し、俺が相手だとアピールする。うまく伝わってくれるだろうか。いかんせん、始めて熱意を込めてアプローチしたのだ。これで見向きもされなかったらショックで死んでしまう。
「うう……おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
が、いらない心配のようだ。彼は魔法使いに襲い掛かる事もなければ、その辺に転がっている仲間に構うこともなかった。あるのはただ殺意だけ。魔物同様、本能を剥き出しにしてぶつけられたそれを浴び、クラッシュマンは笑った。
「あははははははははっ、繋がったぞ! 俺と君は今、わかりあえた!」
「なにいってんのアンタ」
後ろで魔法使いが心の底から不思議そうな声で言ってくるが、無視。クラッシュマンは全神経をアルフレッドに集中させると、力強く大地を踏んだ。
「あはっ、ははっ!」
笑いが止まらない。マスクで覆い隠された口元が、自分でも気持ち悪いくらい活き活きしているのが手にとるように理解できる。でも仕方がない。ずっとこの瞬間を待ち望んでいたのだから。
「俺がどれだけこの瞬間を待ち侘びたかって話はする余裕がないな!」
思い返しただけで気が遠くなる。ようやく目の前に現れた敵になりえる男を前にして、クラッシュマンは興奮を治めることができない。できればこの瞬間、胸の奥から燃え上がる情熱を伝えたい。ポエムでもいい。手紙でもいい。
大丈夫だ。俺はもっといい方法を知っている。
クラッシュマンの力は破壊だ。生まれてからずっと、戦いはダメな事なのだと教えてられてきた。自分を閉じこめた。目の前にいるのは人生と同じだけの年月をかけて作られた殻の中で育った感情を、そのまま力に乗せてぶつけても問題ない奴だ。だからぶつけよう。クラッシュマンのすべてを。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
アルフレッドが猛突進してくる。掌底で受けた破壊の痛みを物ともせず、獣のように吼えながら。彼の放つ丸出しの敵意を感じて、クラッシュマンは喜びを感じられずにはいられない。
ああ、君も俺を求めてくれている。
ぞくそくする。嬉しくて、嬉しくて、嬉しすぎて、肉体を構成するなにかがクラッシュしてしまうのではないかと思う程に心臓が高鳴っていた。
「き、気持ち悪……」
素直な感想をシェルミが言う。
だがクラッシュマンは気にしない。愚直な感情は、だいたいこんなものだって知っているつもりだから。
心の赴くままに光を射出する。
アルフレッドは先程と変わらず破壊剣で打ち払うも、即座に異変に気付く。
「これは捌ける?」
クラッシュマンの掌に無数の光の球体が浮かぶ。それらは各々『ばちばち』と音を立てつつ強力な破壊の力を孕んでいた。
小さな破壊の光をばらまく。今度はどんなリアクションをしてくれるのかとワクワクしつつ、クラッシュマンは次の動向を待った。
「……」
が、アルフレッドがとった行動はクラッシュマンの予想の斜め上をいくものだった。彼は破壊剣の柄を口に咥えると、懐からスマホを取り出したのだ。
「なに?」
ここでバグウェポンではなくスマホを使う選択。まさか、まだ対抗できる武器があるというのか。
困惑するクラッシュマンを余所に、アルフレッドは手をスマホに向ける。指が画面に触れた。直後、指がそのまま画面の中に溶けていく。
「!?」
指が入ったかと思うと、そのまま腕が侵入。まるで中の物を漁るかのようにして蠢いたのち、腕は引き抜かれた。ひとつの壺を手に取って、だ。
「あれは、まさか」
以前、コレクターが引き当てたのを見たことがある。SSR武器、アクエリアスの壺だ。ガチャ画面から出てきたのだから、恐らく本物に違いないのだろう。だが、彼はどうやってあれをとりだしたのだ。
銀貨を投入したわけではない。
ガチャチケットを使ったわけでもない。
あれではまるで、ガチャの中から直接武器を取り出しているようじゃないか。
そんなことがあるのか。できるというのか。あのバグウェポンがあれば、どんなSSR武器も自由自在に取り出せるとでもいうのか。
混乱と歓喜が入り乱れるクラッシュマンにむけて、アルフレッドが壺を構える。
壺の中から怒涛の勢いで水が噴出し始めた。水は一瞬で光とクラッシュマンを飲み込み、荒野一面を覆い尽くしてしまう。
押し寄せる水圧に揉まれつつも、クラッシュマンは思う。
ああ、こいつはもしかすると本当に死ぬかも知れない、と。




