第38話 魔導師
「失礼する」
道具屋の扉が開かれ、鎧を纏った男が入店する。店主が振り返ると、そこには見知った男がいた。
「あら、サテュロス団長じゃなぁい」
「む」
「今日はどんな用事かしら。もしかして私に会いに来てくれたのかしら!?」
ずい、っと近寄ってくる店主。
迫る胸板。丸太のような太い腕。いつでもかかって来いとでも言わんばかりに突き出された唇。
サテュロスは鉄の表情にびっしりと脂汗を貯めつつも、あくまで冷静に対応する。
「いや、アルフレッドとクリーニの両名に用事があって来たのだ」
「あら、そうなの! いやだわ、私ったら!」
舞い上がっていた自覚があったのか、顔を抑えて赤面した。
サテュロスの後ろからふたりの人影が店の中を覗き込み、その様子を見る。
「……アルフレッド君は親戚の家に泊まっていると聞いていたが、まさかこの道具屋の店主と親戚とはな」
「あら、シュミットさん。ご存知なの?」
「何度か利用したことがある。ここの薬草はよく効果があるんだ」
「あら! あらあら!」
ふたりの話し声が聞こえ、店主はようやくその存在に気付く。
「シュミット先生にシェルミさんじゃないの。珍しいわね、この三人が並んでいるなんて。ちょっと待ってくださいね。呼んできますから」
王都の若き兵士団長、サテュロス・セルキュート。
偏屈魔物研究家、シュミット・シュトレンゲル。
最も多くの魔法を極めたとされる魔導師、シェルミ・アザー。
恐らくサイ・ゲルパでも特に有名な三人だ。彼らが城以外で集まるというのも珍しい。発言力も高く、彼らを師事する為に修行をする者すらいるそうだ。もっとも、シュミットの場合は門前払いを受けて終わりなのだが。
そんな三人が、新米兵士二人を呼び出す為にわざわざ足を運んでいる。普通に考えると、非常事態なのだと考えることができた。店主はいそいそと階段を上ると、昨日から同じ部屋で寝ている新米コンビを呼びにく。
「アル、兵士団長さんがお呼びよ」
「サテュロスさんが?」
「ええ、シュミット先生とシェルミさんも一緒よ」
「シュミットさんはわかるけど、シェルミさんって誰?」
二階から聞こえる会話を聞いて、高名な魔導師がずっこけた。
サテュロスとシュミットは『信じられない』とでも言いたげな表情で天井を睨む魔導師に声をかけることもなく、腕を組んで沈黙を保っている。
「なんだ、ビンボーニン。知らんのか。シェルミ・アザーだ。王都でもっとも多くの魔法を扱えることで名の知れた女なのだ」
「へぇ」
無知な田舎者に金持ちの解説が入った。これで新米田舎兵士にも自分のことが正しく伝わったことだろう。シェルミは立ち上がると、どんな威厳のある挨拶で自分の存在感を確立させようかと考え始める。
「とはいえ、金持ちたる俺の目から見れば雑魚も同然よ。魔法は数があれば良いというものではない。そこもわからないまま知恵だけ増幅させた、なんとも哀れな女なのだ」
「お前に哀れって言われるってことは、よっぽど残念な奴なんだな」
「おいコラ!」
好き勝手に繰り広げられている新米兵士の会話を聞いて、とうとう高名な魔導師様は怒りを爆発させた。彼女は杖の柄尻を床に叩きつけると、無詠唱で魔法を発動させる。光がシェルミを包み込んだ。光は瞬時に消えたかと思うと、天井の向こうに移動していく。
「……サテュロス団長。我々も2階に上がった方が賢明かもしれないぞ」
「そうですね。折角ですし、そこで城の決定を伝えましょうか」
特に顔を色を変えることもないまま兵士団長と偏屈研究家が階段を上がっていく。
上がってすぐの扉が開いているのを確認すると、ふたりはゆっくりと覗き込んだ。
「誰が残念なのよ! 言っておくけど、私は多忙なの! 本当なら幾つも手続きを取ってからじゃないと会えないくらい偉いの!」
「そうなの?」
「金持ちたる俺からすれば雑魚も同然だ」
「ふーん」
「納得するなガキども!」
床で座っているアルフレッドとクリーニが呑気な顔でシェルミの怒声を受け流していた。どうやら夜光竜との一件が彼らの度胸を無駄に太くさせたらしい。クリーニは元々太かったが、アルフレッドまでここまで図々しくなるとは。サテュロスにとっても予想外だった。
「シェルミ。悪いが君の認識は後回しだ」
「なんでよ!? 大体、サテュロスの教育が悪いから私が甘く見られてるんでしょう!?」
「アルフレッドはともかく、クリーニにそれを期待するのは無駄というものだ」
「ほう、流石は我がクリーニ国の名誉兵士だ。よくわかっているではないか」
勝手に国を作ったかと思えば名誉国民に招き入れるような図々しさである。元々、ディマボルトにも怯まないのだ。高名な魔導師が現われた程度では驚きはしないだろう。ましてや、彼らは伝説とまで言われた魔物に遭遇している。
「店主、悪いが席を外してもらえるか。仕事について話をさせてほしい」
「ここで? 団長さん、狭くないかしら」
「たまにはこういう空間で会話するのもいい」
「わかったわ。それじゃあ後でデートのお誘いでも待っているわね」
言うと、店主はスキップをしながら階段を下りていった。
「ビンボーニン。貴様の親戚はあんなのしかいないのか?」
「言っておくけど、俺の家族は全員まともだよ。あの人が特殊なんだ」
「……話を始めてもいいだろうか」
「あ、どうぞ!」
個人の部屋に5人。かなり狭い空間なのだが、話をするだけならあまり問題はない。
サテュロスはなるべくスペースを取らないように部屋の端っこに移動すると、立ったまま話しを始めた。
「まず、昨日のそちらの事情は聞いた。クリーニは災難だったな。それと、セリンサが迷惑をかけた」
「ふん、気にすることはない。それより、城の方はどうなったのだ」
一応、立場で言えばクリーニは新米兵士である。にも拘らず、かなり上から目線で会話をしていた。
シェルミはそれが不思議で仕方がない顔をしていたのだが、他の男たちは慣れた様子で会話を続けている。
尚、セリンサは昨夜遅くまで粘っていたのだが、流石に日が変わる時間になると眠気に負けてしまい、そのまま城に叩き込んできた。お陰でアルフレッドの目の下には隈ができている。
「結論からいえば、呪いが解決するまではクリーニの立ち入りは禁止になる。ただ姿が変化するだけの呪いなのかは不明なのでな」
「ふん、正しい判断だな」
「それで、サーチの方はどうなりました?」
「そっちは無事に手続きが済んで牢屋に入っている。今はレオが尋問をしている筈だ。いかんせん、夜光竜と遭遇したとだけあって城は大騒ぎでね。レオも事情を話すだけで一日かかってしまった」
道理で一日中レオからの連絡が来ない訳だ。
納得するも、アルフレッドは新たな疑問をサテュロスにぶつける。
「でも、どうして皆さんが来たんですか? それだけの連絡なら他の兵士でも……」
「アルフレッド。それを話す前にひとつ、いいか?」
サテュロスがアルフレッドの横に移動すると、こっそり耳打ちする。
「クリーニには例の件がばれた、と考えていいのか?」
「……はい。申し訳ございません」
「気にするな。レオやシュミットから聞いている。非常事態が相次いだんだろう。仕方があるまい」
がっくりと項垂れる新米兵士の肩を優しく叩く。
「クリーニはどこまで知っている?」
「ガチャについて、俺が知っていることは全部話しました」
「なるほど。で、あれば都合がいい」
サテュロスは部屋を見渡すと、そこにいる人間を視界に納める。
「ここにいる5名と、ソニック婆様がガチャについて知っていることになるな」
「この人もですか?」
「指差すな」
シェルミが軽くアルフレッドの指を下させると、自信ありげに腕を組んだ。
「私はあらゆる魔法を知る魔導師よ。君が武闘祭で見せたスコップの出現も、魔法でないことを見抜いていたわ」
どうやらこのシェルミと名乗る高名らしい魔導師はコロシアムの場にいたらしい。
彼女は頼まれてもいないのに、自分のその後の行動を口にし始めた。
「ただ、召喚術じゃないとしたら新しい魔法の可能性もあったからね。君の上司であるサテュロスを問い詰めてみたの」
「すまない。君を強く攻めないのはこういうわけがあるのだ」
「そうだったんですね」
部下にジト目で見られ、流石のサテュロスも弁解できなかった。
が、彼女が秘密を知ったことで得をすることもある。
「だが、シェルミは自分で言うだけあって腕は確かだ。それに、我々にはわからない観点で調べることができる」
「なるほど。確かに魔導師としてはこれ以上の人材はおるまい」
相変わらずの上から目線の態度だが、クリーニは兵士団長の言いたいことを理解していた。
「なにせ魔力の流れを見ることができる人間だ。ガチャを使う際、何か手がかりが見つかるかもしれん」
「でも、俺がスコップを手に取った時は見えなかったんだよな?」
「それは魔力をまったく使っていない……要するに純粋な破壊力に特化した武器だったからだと思うの」
シェルミが顎に手を当て、自分の考えを言う。
「実際、スコップの前に使ってた剣は魔力を帯びていたわ。そういう類の武器が召喚される時は、もしかすると辿れるかもしれない」
「だったら、早速回してみましょうか」
「いや、その前に君には頼みたい仕事がある」
ガチャを取り出そうとしたアルフレッドを制したのは、ここまで沈黙を保っていたシュミットだった。
「昨日の話は覚えているか? 魔石悪魔についてだ」
アルフレッドはぼんやりと昨日の帰り道の会話を思い出す。夜光竜以外に実在しているかもしれない魔物のことを話しているときに出てきた存在だ。
「夜光竜が実在していたことで、近年の砂漠化について調査がされることになった。私が提言したんだがな」
「それが魔石悪魔の仕業だって話ですか?」
「そうだ」
とはいっても、シュミットの想像の範疇である。実際に魔石悪魔がいるのか、調査しないことには始まらない。
「ただ、サーチは夜光竜のところにいた。彼らに仲間がいるなら、同じようにおとぎ話の魔物を狙う可能性が高い」
「そこで魔石悪魔ですか」
おとぎ話によれば、魔石悪魔は鋼鉄の肉体を持つという。物理的な攻撃は一切受け付けず、ダメージを与える手段は魔法のみ。
「でも、本当に魔石悪魔がいたら俺なんて役立たずじゃないですか?」
「君は私の護衛」
シェルミがアルフレッドとクリーニの眼前に移動してくる。彼女はしゃがみこみ、ふたりの目の前に顔を向けるといたずらっぽく笑って見せた。
「もしも魔石悪魔がいたら私が処理する。君の仕事は私の護衛なの。後は実際にガチャを引く場面でも見れたら、丁度いいかなって感じかな」
「は、はぁ」
「言っておくけど、これって結構名誉なことなんだよ。私に近づきたくて王都に来る兵士だっているんだから」
自慢げに言われるが、魔力が全くないアルフレッドとしては反応に難しい。
逆に、魔力の素質があるクリーニを見てみる。
「ふん。金持ちたる俺が元に戻れば、こんな若作りのババアなど」
なんだか凄いことを口走っていた。シェルミの形相が瞬時に変わり、クリーニの皮膚を掴みあげる。
「言いたいことはそれだけかクソガキ!」
「ふっ、ババア! 金持ちたる俺を力でねじ伏せれると思うなよ!」
「なんで喧嘩腰なのお前!?」
今にも喧嘩が始まりそうなこの状況。アルフレッドは慌てて止めようとするが、兵士団長と偏屈研究家は動く気配がない。
「サテュロス。本当にシェルミを巻き込んでよかったのか。自尊心が高い彼女にクリーニ君を組ませるのは危険だと思うのだが」
「アルフレッドがいる」
「逆に彼の負担が激しくならないか?」
「大丈夫だ。クリーニは彼に心を許しているようだし、むしろリザードマンになった彼と一緒に行動できるのはアルフレッドしかいない」
「つまり、どっちにしろアルフレッドが上手くまとめないとチームワークは最悪なわけか」
「まあ、それだけではないのだが」
正直に言えば、クリーニはついでのようなものだ。
本命はシェルミとアルフレッドを組ませることにある。魔法の力を絶対だと信じる彼女の目にガチャ武器がどう映るのか、興味があった。
「もし、シェルミがガチャを脅威だと認識したら、その場で破壊すべきだと考えている」
「そうだな。その判断は君としては間違っていない」
しかも、それを持っている人間がサイ・ゲルパで怪しい動きをしていると来た。
バルムンクの力は既に見ている。彼らが同じような武器を持っていて、王都に敵対意思がある場合、考えただけで悲惨な状態になってしまうだろう。しかも現状、彼らの目的はそっち寄りである可能性が高いのだ。
「後は彼らから上手く情報を引き出せるか、だな。サーチは手ごわそうだから、もう少し口が軽そうなのが現われてペラペラと喋ってくれることを祈ろう」
「その結果が世界の終末だったとしたら?」
「支持するとも」
もしかすると、最終的には自分が出なきゃいけないかもしれない。
サテュロスは言いようのない不安を覚えつつも、静かに俯いた。




