第31話 少年よ、ドラゴンに捕まり世界を救え
「浅いか!」
夜光竜が受けたダメージを確認し、クリーニが悔しげに歯噛みする。彼に残されたすべてを解き放って繰り出された技は、ドラゴンの方翼を抉る程度でしかなかった。ドラゴンの進撃を緩めるには効果があるが、完全に動きを止めるには至らない。
「ええい、金持ちたる俺の必殺奥儀をもってしても倒れんとは!」
「でも、これで奴の機動力は大幅に落ちたはずッス!」
残る問題は口から放たれる闇の炎だ。あれさえ無力化できれば、この少ない人数でも夜光竜に勝てるかもしれない。
「一気にかかるッスよ!」
レオが勇み足で突撃する。
が、そんな彼の肌を一陣の風が襲った。翼をもがれたドラゴンが足で跳躍し、猛スピードでレオを飛び越えたのだ。
「え!?」
「はやっ――――!」
夜光竜は振り返らず、痛みに悶絶することもないまま兵士たちの中心で吼える。あまりの轟音に思わず耳を塞いでしまい、怯む。
彼らが身動きを封じられている隙に、ドラゴンは口から僅かに炎を吐き出した。
「やべっ!」
「止めろ! なんとかして奴を止めるのだ名誉国民たち!」
三人の兵士たちが一斉に動いた。振り返るレオ。魔力も武器も無くなっても尚、戦いの意思を棄てないクリーニ。そんな中、真っ先にドラゴンに挑んだ兵士がいた。
「ちょっと待てこの野郎!」
アルフレッドだ。彼は懐から黒真珠八十八式を取り出すと、迷う事なく宙に振るう。
「ビンボーニン、どうする気だ!?」
気でも狂ったか、とクリーニは言いかけたが、その言葉は途中で飲み込まれた。アルフレッドの手から黒い糸のような物が飛び出したからだ。いや、正確に言えば手に握られたペンのようなアイテムからだ。クリーニは金持ちであるがゆえに様々なアイテムを見てきた自負があるが、あんな形状のペンは始めてだった。
見慣れぬペンの筆先から黒い糸状の物が伸びていく。鞭のようにしなり、夜光竜の口へと飛んで行ったかと思えば、次の瞬間にはぐるぐる巻きになってドラゴンの口を閉ざしてしまう。
「おおっ!」
不思議な技だったが、見事に封じ込めてみせた。クリーニは感心する様にアルフレッドを見て、心から敬意の言葉を送る。
「いいぞ、ビンボーニン! やはり貴様は俺が認めた貧乏人の中の貧乏人であったな!」
「乏してないかそれ!?」
「なにを言う。金持ちたる俺が称賛の言葉を送っているのだ。素直に受け取っておけ」
「それはそうと!」
既に問題解決とでも言わんばかりに頷いているクリーニと呆然としたまま動こうとしないレオに向けて、アルフレッドは怒鳴るように懇願する。
「口を封じたから、この間になんとかしろ!」
「なにをいうビンボーニン。そのまま朝まで貴様が抑え込んでおけばそれで解決するではないか」
「そ、そッスね。なんか夜光竜も抵抗してるみたいッスけど、動けないようッスし」
「力の限りふんばってるんですよ!」
叫ぶと同時、アルフレッドの身体が宙に浮く。夜光竜は口を塞がれたまま走り出すと、アルフレッドを引っ張ったまま疾走を開始した。
「わ、わ――――!」
「いかんビンボーニン! いいか、この世界の命運は貴様にかかっているぞ!」
「絶対に奴の口を開けたらダメッスからね! そんなことしたら末代まで呪うッス!」
「アルフレッド君、早く手を離したまえ! 私に世界滅亡を見せるんだよ!」
この野郎、揃いも揃って好き勝手にほざきやがって。最後に至ってはもう目が血走っている。夜光竜に引っ張られながらどんどん遠ざかっていくシュミットの表情が妙にはっきりと見えた。
「なんでにやけながら必死に頼もうとするかな!?」
しかも願いの方向が冗談にならない。あんな懇願を聞いて堪るか。
だが、どうする。口を閉じたのはいいが、自慢の腕力も馬力負けしているじゃないか。ふんばったところでどうしようもない。黒真珠八十八式から放たれたインクが切れた時が、サイ・ゲルパが闇に包まれる時である。それまでの間に夜光竜をなんとかしないと、
「俺に、命運がかかってるって?」
自虐的に笑ってみる。なんの冗談だ。未知の世界や国を守ることは覚悟していたが、ここまで壮大な使命はまったく想定していない。アルフレッド・エルカは貧しい村の長男だ。クリーニのような身分のいい人間ではない。また、彼のように高すぎる志を持っているわけでもない。だが、ここでドラゴンを止めれる人間はひとりだけだった。
「くそったれ!」
黒真珠八十八式を握りしめ、懸命に歯を食いしばる。片手でインクの縄を掴みとると、そのまま手繰り寄せるようにしてドラゴンに近づいていく。
夜光竜は黒い縄を振りほどこうと暴走し、周囲の木々を薙ぎ倒しながら突進していった。
「どわ!」
途中、枝と頭がぶつかった。緑が次々と視界に入り乱れ、何度も木に身体がぶつかる。
「あいたっ! おうふっ」
支給されたばかりの鎧が何度も打ちこまれてへこんでいく。アルフレッド自身もぼろぼろだったが、それでもインクの綱を手放すことは無かった。
「この、止まれっての!」
少年の懇願もドラゴンの耳には届かない。冷静に考えたら言葉が伝わる相手でもなかった。アルフレッドは再び腕を動かし、少しずつドラゴンの背後へと回る。
「も――――ちょっと」
腕を伸ばして残された方翼にしがみつく。黒真珠八十八式を口に咥えつつ翼から背中へと降りていき、アルフレッドはとうとうドラゴンの無防備な部位へと到達した。
「いい加減に、しろ!」
スコップを振るいあげ、勢いよく背中に叩きつける。
強烈なインパクトが竜の脊髄に走った。夜光竜は苦悶の叫びをあげると、肘をついて倒れ込む。
「もういっちょ!」
スコップを再度叩きつける。背中を起点にして、ドラゴンの身体が僅かに折れ曲がるようにして飛び上がった。白目を向いて倒れ込んだドラゴンを見て、アルフレッドは額を拭う。
「……お、終わったぁ」
そのままドラゴンの背中の上でへなへなと膝をつき、呼吸を安定させる。初任務で異世界人と交流、自分以外のガチャの使い手との遭遇、世界破滅の脅威と様々なハプニングに遭遇してしまったわけだが、ようやくすべてのトラブルが解決したのだ。新人云々を抜いてハードすぎる仕事である。
だが、これですべてが終わったわけではなかった。
様々な課題は残っているのだが、目下の任務としては自分の膝の下で気絶している夜光竜をこのまま大人しくさせておくことだ。太陽が昇ってくるまでまだ時間はかかるが、ドラゴンは飛び立てない状態にある。背中も自分が抑えている以上、もうドラゴンの命運は決したも同然だった。そう思うと、このドラゴンが不憫に思えてくる。
「なんか、ごめんな」
アルフレッドは途中から割り込む形で戦闘に乗じた身だ。具体的にどのような経緯で戦闘に至ったのかは詳しく知らない。
だがおとぎ話において、夜光竜はただの被害者だった。英雄、ジョークフリードの影に隠れてしまいがちだが、彼らは自分たちから攻め込んできたわけではない。あの物語が事実だったとして、このドラゴンはどんな思いで生きてきたのだろうか。アルフレッドは自分の観点で想像し、同情する。彼は同情なんて求めていないかもしれない。だが、可哀想だと思ってしまった。闇の炎なんて物騒な炎を吐くがために倒されてしまうのは、あまりに自分たちに都合がよすぎる話だ。
冷静になった今なら、シュミットが言っていたことがほんの少しだけわかる気がする。一国を守らなければならない兵士として、この感情を覚えるのは失格なのだろう。ただ、それでも自覚せずにはいられない。
もしも、この気持ちを『どうでもいい』と言い切るようになってしまったら、自分もシュミットと同じようになるのだろうか。だとしたら、最終的に辿り着く結末は――――
想像し、アルフレッドは首を横に振る。
一瞬、頭によぎった嫌な光景を振り払った後、彼は朝が来るまでじっと待機した。




