第20話 遭遇
ゾードリウム村と呼ばれる集落から少し離れた場所にある洞窟。入り口はひとつだけではなく、幾つもの空洞から出入りできる構造になっているそこには、様々な生命の息吹が宿っている。地下に流れる天然水。自然の恵みを受けて育った鉱石。森の中から雨宿りの為にワーウルフが入ることもある。
そんな中でも一際巨大な生命の息吹が洞窟の中にあった。入り口に立った瞬間から僅かに聞こえてきたソイツの呼吸音を感じとり、クリーニ・サーキュリットは疾走する。
「ふはははははははははははははははははははっ」
洞窟に鳴り響く高笑い。激しい足音。目の前に魔物が現われても関係なく突き進むその姿は突進する破壊の塊そのものだった。というか、良い笑顔で疾走しているので近寄り難かった。
「聞こえる! 聞こえるぞ! 金持ちたる俺の耳にはハッキリと巨大生物の呼吸音が聞こえる! 金持ちたる耳を信じろ庶民たち!」
ひとりで会話し続ける金持ち。傍から見たら滑稽なのだが、彼は後ろに誰かが付いて来ていると信じて疑っていない。
「わかるかビンボーニン、レオ兵士、そしてスミトウガラシ! 入口でほんの少し聞こえていた呼吸音が徐々に大きさを増してきた! 金持ちたる俺は確信したぞ! ここには我々が遭遇したことがないなにかがあるに違いない!」
誰もいない後ろに向かって高々と宣言する。この時、クリーニは密かに夜光竜との相対を楽しみにしていた。理由は単純である。彼が唯一敬意を払う英雄、ジョークフリードが命がけで戦った種族だからだ。
「知っているかビンボーニン!? 英雄、夜光竜を倒したジョークフリードこそ、サイ・ゲルパで始めてドラゴン狩りを成し遂げた人物として有名なのだ! すなわち、それまでの間、庶民どもはドラゴンを相手になにもできなかったことを示す!」
強靭な鱗。鋭い牙。巨大な体躯。剣では届かない飛翔能力。
いずれも魔物の中では厄介な部類に入る。ドラゴンは魔物たちの中でも特に強豪として認識されており、この種族を倒せるか否かで強さのステータスを表明できる。相手が夜光竜となれば尚更だ。
「つまり、金持ちたる俺が魔竜を倒せば、俺の存在はその時点で伝説的になる! このクリーニによる輝かしい栄光の道がまた近づくのだ! ビンボーニンよ、王都の繁栄を望むなら金持ちたる俺の邪魔をするんじゃないぞ!」
眩しい笑顔で後ろを振り返った。突入以来、始めて行った行為である。当然ながら誰もついて来ていない。
「ふはっ、はははははははははははは!」
ところが、ここにきてクリーニのご機嫌は最高潮に達していた。
「空気が読めるなビンボーニン、レオ兵士、そしてスミトウガラシ! いいぞ、そういうクリーニ名誉国民は大事だ!」
誰も邪魔が入らない。クリーニ・サーキュリットが伝説の夜光竜を倒すのに、これ以上相応しい場面はなくなった。
大きな呼吸音も近づいてきている。そろそろ遭遇の時だ。
「今、金持ちたる俺の伝説が始まる!」
新たな空洞に飛び出した。跳躍に身を任せ、そのまま着地。暗闇の中で目を凝らすと、ソイツと目が合った。
「夜光竜……!」
クリーニの眼前にる巨大生物が黒い息吹と緑の眼光を光らせた。図鑑で見た通常種のドラゴンと比べると体躯は劣るが、確かにドラゴンの姿をしている。また、身体の色や特徴も伝説と一致している生物が目の前にいる。
「――――」
ドラゴンの瞳が大きく見開かれた。巨大な口を広げ、咆哮をあげる。口の奥から黒いなにかが溢れ出していくのが見えた。
「ふん、どうやら金持ちたる俺を敵として認識したか!」
溢れ出る金持ちとしてのオーラがそうさせたのか。あるいは純粋に人間を敵としてみているのか。襲い掛かる理由はどちらでもいい。どっちにしたって倒すつもりでここにいるのだ。
「ふははははっ、望むところよ! 金持ちたる俺の力を見るがいい!」
右手を前に突き出す。指を大きく広げた後、クリーニは言葉を紡いだ。
「成金閃光弾!」
体内に眠る魔力が言葉によって引き出され、掌の中で膨れ上がる。光として形成されたそれは、まっすぐ夜光竜へとめがけて走り出した。噴水のように噴き出す光がドラゴンの口へと注がれていく。
黒い息吹が吐き出される直前、クリーニの光が夜光竜の口に入り込んだ。
爆発。
激しい爆音と黒煙を撒き散らし、夜光竜がのた打ち回る。
「ほう、流石に倒れんか!」
一撃で葬るつもりで放ったのだが、思っていた以上に効果が薄いらしい。だが、様子を見る限り決してノーダメージではなかった。伝説で恐れられる闇の炎さえ吐き出させなければこちらに勝機がある。昔の人間がどうだったかは知らないが、あれから人類は歴史を重ねて魔法と力を手にしたのだ。戦えない訳がない。
その力の片鱗を今、見せてやろう。
「このようなナマクラで貴様を倒すことになるのは心苦しい。金持ちたる俺が、貴様に相応しい装備で戦ってやろう!」
クリーニの人差し指が天を指す。自身に溢れる笑みを浮かべると、彼は高らかに叫んだ。
「成金生成術!」
指先からピンクの輝きが発せられる。宙に向かって光が凝縮していくと、少しずつある物を形成し始めた。鎧だ。武闘祭の時に着用していたピンクの鎧。重すぎるフルフェイスを外したクリーニ専用の魔力の鎧である。一通り鎧が生成されると、それはクリーニ元へとゆっくり降りてきた。
「ビンボーニンによって破壊されたが、その分金持ちたる俺の魔力を注ぎ込んで力強く修復させている。夜光竜よ、覚悟はできているだろうな?」
鎧が分離し、クリーニ身体を覆っていく。今まで纏っていた鎧を取り込むようにして包んだそれは、まるで今まで着用していた物がなかったかのようにフィットしていった。
「とう!」
腰から剣を抜き、跳躍。のた打ち回るドラゴンの背中目掛け、大きく剣を振るった。肘を伝って魔力が剣へと入り込んでいく。刃先にひびが入った。魔石が使われていない普通の剣では、クリーニの魔力に耐えきれないのである。若干の歯がゆさを感じつつも、クリーニはそれで充分であると納得していた。
「金持ちたる俺は貴様を倒すのに何のためらいもない! 受けろ必殺、金持斬!」
剣が砕けた。だが、剣を媒体としてクリーニの魔力は破壊の光へと変貌。そのままドラゴンの背中目掛けてまっすぐ飛んでいく。
どんどん。どんどん。吸い込まれていく。
「よし!」
命中とダメージを確信する。成金閃光弾と比べると、武器の媒体が必要となるぶん金持斬のほうが威力が上だ。口に入ったとはいえ、あれだけでのた打ち回る竜である。必殺の一撃を受けたら無事では済まない。そうして倒れたところで最後はとっておきの金光爆葬陣で肉片ごと消し飛ばす。金持ちたる自分が完ぺきな流れを汲んだことを理解し、クリーニは笑みを強めた。
だが、その計画の中枢を担う金持斬の光が夜光竜の命中する直前に消滅してしまった。
「む!?」
自分の魔力の塊が消滅するのを見てクリーニの表情が変化する。笑みは消え、疑問を覚えた訝しげな眼差しをドラゴンの背中に送った。
一般的に一度発動した魔法がかき消される理由は3つある。ひとつは同等の威力を持つ物質と衝突した時。ふたつめは発動者であるクリーニが消滅を望んだ時。最後は単純に皮膚が固すぎる可能性だ。すべての可能性を天秤にかける。クリーニは瞬時に1番目だと理解した。夜光竜の向こう側に誰かがいたからだ。
「貴様ら、何者だ」
それもひとりではない。ひとりは夜光竜の顔に近づいて両手をかざしており、もうひとりは奇妙な白いアイテムを持ってこちらを睨んでいる。肩まで髪が伸びた女だった。あまりこの辺りでは見ない顔つきである。
「おい、やべぇぞサーチ。アイツかなり強いんじゃねぇか?」
ドラゴンになにかを施そうとしている男が焦りを含んだ口調で言う。サーチと呼ばれた女は静かに頷いた後、アイテムを掲げた。
「手筈通り、時間を稼ごう。見たところ魔力主体の魔法戦士タイプだ。アンチマジックの装備で固めればなんとか持つだろう。それと、バルムンクを実践するいい機会だ」
「なんか機嫌いいな」
「私の初SSRだからな。少しは気分も高揚する」
白いアイテムが輝きだした。一瞬、視界を奪ったかと思うとサーチと呼ばれた女の出で立ちが変化している。
「なんだと!?」
さっきまでマントで身を覆っていた筈だった。だが、今はどうだ。紫の鎧に盾。羽が付いた兜。そして眩い輝きを放つ剣を所持しているではないか。さっきの一瞬で変身してみせたというのか。どんな魔法なのだ。金持ちとして魔法を嗜んできたが、あんな早変わりは聞いたことがない。自慢の鎧生成術ですら多少のタイムロスがあるというのに、これはどういうことだ。
いや、それ以上に。サーチの右手に掲げられた剣。あの剣の輝き方には見覚えがあった。武闘祭りでライバルと認めた少年が最後に出したスコップと同じ光り方をしている。そういえば、剣の出現時に出てくる光も何となく似ている気がした。
まさか、あのスコップと同じ性質の武器なのか。
珍しくクリーニが思考を走らせる。そんな彼を威圧するかのようにバルムンクで空気を切り裂くと、サーチは小さく笑った。
「夜光竜は任せたぞ。見たところ他の連中もいないようだからな」
「いいぜ。ついでだから倒しちゃってもいいぞ」
「簡単にいけばいいがな」
バルムンクが掲げられる。剣にはめ込まれた宝石が赤い輝きを発し始めた。光がクリーニを照らす。気味の悪い暖かさを感じつつも、彼は防御の姿勢に入った。
「竜属性付与、発動!」
サーチが呪いの言葉をかける。クリーニの皮膚から鱗が出現し始めたのは、それから間もなくしてからのことだった。




