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第12話 ニューマン

 兵士団長が後ろからついてくる。若き兵士団長、サテュロス・セルキュートはアルフレットと比べるとほんの少ししか年が離れていない。何も知らない人間が見たら兄弟かなにかだと思うだろう。だが、サテュロスは相変わらずの鎧姿だった。兵士団長の証である青い鎧に厳しい表情。腰に携える長い剣。近くに居るだけで空気が冷えるかのような錯覚を覚えた。


「あ、あの」

「なんだ?」

「話って、鎧のままやるんですか?」


 あまりに空気が重いので、前を歩くアルフレッドも汗まみれで問いかけた。優勝後、思わずため口を吐いてしまったのだが、今思い返せばこの国で最強の男と言葉を交わしたのだ。また、立場上かなり偉い人間でもある。今更ながら失礼なことをしてしまったと反省した後、アルフレッドは兵士団長の言葉を待つ。


「まだ勤務中だ。鎧を脱ぐわけにはいかない」

「は、はあ……」


 厳しい表情で言われてしまい、思わず腰を折ってしまった。意外と融通が利かないタイプなのかもしれない。セリンサの件も保護者の目線から見た結果なのかと思ったのだが、もしかすると先に倒れたからアウトになったという単純な理由なのだろうか。もしそうだとしたらセリンサがかわいそうだ。


「それで、君の家は?」

「道具屋のお世話になっています。王都の南口にある……」

「ああ、あそこか」

「知っているんですか?」

「以前、顔を出した際、店主に顔を舐められたことがある」


 涼しい顔でとんでもない事実を言ってのけた。恐るべし兵士団長。叔父の舐め回しを体験しておきながら、身震いひとつしないとは。この時、アルフレッドは王都の兵士団長の凄みを感じていた。


「ただ、ノーリアクションなのがつまらなかったらしく、物を売ってもらえなかった」

「すみませんでした」


 叔父はイケメンにめっぽう弱い。時たま、自分が商売人であることを忘れることもあるらしいが、このベクトルで忘れちゃダメだろう。


「店主は君とどういう関係なんだ? 見たところ、君は男性を好いているようには見えないのだが」

「もうちょっと抑えて表現しません?」

「なぜだ。疑問を素直に口にしただけなのだが」


 やはりこの兵士団長は融通が利かない。素直すぎて物事をまっすぐにしか見れないのだ。


「えと。ほら、ウチの店に変な噂が広がると困るじゃないですか」

「既に店主自らが公言していたぞ。自分は新人類だと」

「なんですかその新人類って」

「知らないか。魔物の生態を研究している、シュミット・シュトレンゲルが進化した人類の名称として唱えた種族だ。まだ正確に確認されたわけではないが、彼は――――彼女は自らその名を使っている」


 初耳だった。色々と突っ込みたいところは満載だったが、なんで自分からそんなよくわからない別の生き物のような名称を名乗り始めたのだろう。


「もちろん、評判はあまりよくない。が、彼女のような性障害を持っている人間はサイ・ゲルパでは決して珍しいことではないのだ。差別されることもある。彼らなりに、名称を付けて広くアピールする目的があるのだろう。シュミットは不本意なようだがな」

「はぁ……」

「それで、結局君は新人類なのか?」

「断じて違います!」

「そうか」


 思いっきり否定すると、簡単に引き下がった。予想だにしない方向に話が進んでしまった為、アルフレッドは溜息。そのままとぼとぼと歩いていくと、ようやく道具屋へと戻ってきた。


「ここ、です」

「ふむ。前に来た時と変わらないな」

「前に来た時っていうと、舐められた時でしょうか?」

「ああ。それ以来、あまりこの辺は通らない」

「どうもすみません」

「いや、いい。鎧が唾液で汚れただけだ」


 どんな舐め方をされたのだろう。その辺の凶暴なモンスターよりも凄まじいことをしたのではないかと震えつつ、アルフレッドは張本人が待つ道具屋の扉を開けた。


「た、ただいま……」

「あら、アル! お帰りなさい!」


 灰色の乙女声が道具屋に響く。奥からどすどすと重い足音が響いてくると、店主が顔を出した。そのままカウンターを飛び越え、両手を広げる。避ける間もないまま、アルフレッドは屈強な肉体に捕まえられた。


「優勝おめでとう! これであなたも兵士の仲間入りね。んもう、アルがあんなに強かっただなんて、おばさん知らなかったわぁ!」


 顎髭で頬ずりをかましてきた。なんとか放そうと力を込めるが、叔父はびくともしない。その光景を後ろから見て、サテュロスは静かに思う。


 この少年の力をもってしても、新人類ははぐを解かないのか、と。


「あら?」


 厳格な視線に気づき、店主は顔を上げる。


「……どうも」

「あら! 誰かと思えば兵士長ちゃんじゃなぁい! 随分とお久しぶりねぇ!」


 店主はサテュロスを招き入れると、そのまま入口の鍵をかけた。その行動にアルフレッドは猛烈な寒気を覚えるのだが、口にすることはない。下手なことを口走った瞬間、世にも恐ろしいことが起きてしまうのを知っているからだ。

 村一番のイケメンが犠牲になったことを、アルフレッドは生涯忘れることはないだろう。


「それで、どんな御用件かしら。ウチのアルの優勝祝い? それとも、もしかして私に会いに来てくれたのかしら?」

「どちらかといえば前者です」

「なぁんだ」


 あっさりと言われ、店主は消沈。くねくねと腰を振り始めると、そのままカウンターの奥へと向かっていく。


「飲み物をお出しするわ。なにがお好みかしら」

「いえ、結構です。長居するつもりはありません」

「あら、そう」

「ですが、叶うのなら少しの間席を外していただけないでしょうか」

「私が?」

「ええ。大事な話があるのです」


 表情はそのままで、サテュロスは目で訴える。イケメンが大好きな店主はタイプの男にこういうことをされるとめっぽう弱く、鼻血を垂らしながらも静かに頷いた。


「わかったわ。少しの間、自室にこもっていることにするわね」

「鼻血が出ていますが、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。私の前では性別は些細な問題なんだから」

「性別まったく関係ないじゃん」

「おだまりアル。いいこと。兵士長さんに迷惑だけはかけるんじゃないわよ」


 言うと、店主はそそくさと奥へ引っ込んでいった。去り際に『むはぁー、たまらん!』と不吉な台詞が聞こえたが、あえて気にしない。

 アルフレッドとしては、ここからが本題だ。慣れ親しんだ叔父は、失言をしても後で謝ればどうとでもなる。が、今回の相手は兵士団長だ。しかも視野が恐ろしく狭い。失言ひとつがどう繋がってくるかまったく予想ができないのだ。


「では、さっそく聞かせてほしい。君が使った剣やスコップについてだ」


 アルフレッドが背中に背負ったスコップを指で差し、サテュロスは問う。


「率直に聞こう。それらの武器はどこで買ったのだ?」

「買ったっていうか……」


 正しく言えば引いたになる。が、この辺を説明しようとすると複雑だ。


「購入したのではないのか?」

「一応、銀貨1枚で買ったってことになるかと……」

「なに!?」


 予想以上の安値だったのだろう。初めてサテュロスの鉄の表情が崩れた。


「あ、あれだけの装備を銀貨だけで揃えたのか!?」

「え、ええ。だから私服で参加したわけで……」

「む……確かに。この店の稼ぎでは何枚も金貨を用意できるとは思えん」


 店主が聞いたら怒り狂うかもしれない一言だった。信じられない解答をなんとか受け止めつつ、サテュロスは次の質問に移る。


「では、提示してきたのは誰だ?」

「と、いうと?」

「手に入れた以上、誰かが用意した筈だろう。まさか自作なわけがあるまい」

「うーん……」


 これも答えるのは簡単だ。フードを被った、凄く足の速い婆さんからもらったと言えばいい。だが、SR武器もSSR武器も直接老婆から買った物ではなかった。彼女からはガチャをもらっただけで、購入先はあくまでガチャになる。お金を誰が受け取っているかは、アルフレッドにもわからない。


「どうした。言えないことなのか?」

「言えないっていうより……」

「説明しづらいのが本音じゃろう」


 道具屋の入り口から声が聞こえた。素早く振り返ると、そこにはまさにアルフレッドが頭の中に思い浮かべていた人物がいる。


「お、お婆さん!」

「優勝おめでとさん。いやぁ、ええもん見せてもらったわ。スコップなんか引いた時にはどうなることかと思ったがのぅ。世の中、なにがおこるかわからんもんじゃ」


 アルフレッドに近づき、スコップを撫で始めた。そんな老婆を見て、サテュロスは厳しい顔つきに戻る。


「ソニック婆様……!」

「サテュロス、久しぶりじゃのぅ。まあ、そう怖い顔をしなさるな。ここにきた理由は、この子の優勝祝いと、お前さんがたへの説明も兼ねとるからのぅ。もう逃げもせんよ」

「あれ、まだ見つかりたくないって言ってなかったっけ?」

「一番見たいものは見れたからのぅ。カルマイヤ様の無念が晴らされた今、お前さんがたにきちんと説明する義務がある」


 とはいえ、説明しなければならないことは多い。

 財政難の始まり。ガチャの存在。先代国王、カルマイヤに起きた変化。SSR武器。すべて説明するには、1から話していかなければならない。


「そうじゃの。まず、ワシがカルマイヤ様の変化に気付いた話をするかのぅ」


 椅子に腰を降ろすと、ソニック婆やは静かに語り始めた。忘れもしない、カルマイヤの悪夢の始まりを。

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