第0話 飲まれた男
サイ・ゲルパの大地には獄氷平原と呼ばれる地域が存在する。
空から不定期になにかが降り注いでくる、謎の地域の名称だ。預言者によれば、異世界からあらゆるゴミが捨てられ、この地に辿り着くという。
事実、獄氷平原を覆っている無数の氷塊も数年前に突如として空から降り注いできたものだ。その密度は家をまるごと押し潰しかねない。ゆえに、危険地域として民間人の立ち入りを禁止している。定期的に近隣の国が屈強な調査団を派遣し、なにか使えそうなものが飛来していないかを調べているのだ。
この日は派遣した調査団が帰還する日だった。
国王は玉座に構え、眼前で屈む調査団たちを一望する。皆、鎧が凍りついていた。王は話でしか獄氷平原のことを聞いたことがないのだが、彼らの疲弊しきった顔と身に着けた鎧の惨状を目にするだけで環境の厳しさを察する。
「ご苦労だった、調査団の諸君」
だからこそ、精一杯の労いをしなければならない。
獄氷平原と城までの距離は、他国への遠征と比べるとそこまで遠出ではなかった。しかし、彼らの表情は安堵に満ちている。いつ、なにが飛んでくるかもわからない緊張感から解き放たれた瞬間だった。また時期が来れば向かわなければならないことには変わりないが、それでも今だけは労いと休息が必要である。
理解しているからこそ、王は手短に済ませて彼らを解放するつもりだった。
「それで、なにか変わったことは?」
「実は、よくわからないものを発見しました」
言うと、調査団の団長は懐からある物を取り出した。
平べったく、黒い物体だ。盾にしては小さく、手で掴むのに丁度いい大きさである。
「これは?」
「わかりません。一緒に連れてきた魔術師にもみせたのですが、特に魔術の痕跡は見られなかったようで」
「ふむ……」
その言葉で警戒を解き、王は玉座から立ち上がる。団長から平べったい物体を受け取ると、べたべたと触り始めた。覗き込むようにして観察してみる。
「小さな穴があるようだが、ここに生物がいたりは?」
「いいえ。こちらで調べたところ、なにも」
「ふぅむ……これ以外になにか発見は?」
「残念ながら……」
団長が頭を下げる。
どうやら今回の調査による発見はこの黒い物体だけらしい。
「わかった。調査団の皆よ、ご苦労だった。各々疲れているであろう。帰って休むといい。報告書は後で目を通しておこう」
「はっ!」
畏まった後、調査団は一斉に背を向けて玉座から退出する。
王は受け取ったままの黒い物体をかざし、やはりなんの反応もないのを確認すると、隣に控えていた大臣に声をかけた。
「私はしばらくこれを触ってみよう。なにか用があったら声をかけるといい」
「しかし国王様。まだ十分調査がされていない状態で触ると危険では……?」
「先程も報告を受けただろう。これに魔術的な要素はない。いきなり爆発することなどありえんよ」
形状から考えて武器ということもあるまい。
どちらかといえば合成に使うアイテムである可能性が高いが、いかんせん発見した場所が場所だ。
「とりあえず、なにも発見できなければ鑑定士に出そうと思う。それまでは私が調べておくとしよう」
「なにも王自らが調べなくとも、我が国には優秀な鑑定士がいます」
「これが唯一の楽しみなんだ。あまり言ってくれるなソニック婆やにも暫く部屋に入らないよう言っておいてくれ」
「はぁ……」
大臣が薄い頭を抱えて溜息をつくと、王は楽しげに自室へと向かっていった。
獄氷平原に近い国だけあって、王のもとには異世界からの流れ物が多く届いてくる。そういったものを観察するのが彼の楽しみだった。サイ・ゲルパの大地では争いが長いこと起きていない。戦争の兆しもなく、魔物による大きな騒動もない今、退屈を刺激してくれるなにかが必要だったのだ。
そういう意味でいっていまえば、この環境は退屈しのぎにぴったりだった。
「さて」
自室に戻り、王は改めて受け取った物体を眺める。
見れば見る程変わった形だ。異世界人はこんなものをどう使っていたのだろう。外敵から身を守るとは思えないし、かといってアクセサリーには見えない。
いろんな角度から観察してみると、側面に小さな突起物を見つけた。
試しに押してみる。すると、真っ黒だった表面が突然輝き始めた。
「うおおっ!?」
驚きのあまり、物体を放り投げてしまう王。
警戒しながらも近づいてみる。ただ光っているだけで、攻撃しようとしているわけではないらしい。恐る恐る手に取って、光っている部分を確認する。
文字が浮かんでいた。
サイ・ゲルパで共通語として使われている文字だ。異世界から流れてきた筈なのに、どうしてこの土地の言語が使われているのか。疑問はあったが、とりあえず文字を読んでみる。
「初回限定。銀貨10枚のところ、銀貨1枚で引ける……?」
なんだこれは。
とにかくお特だと言いたいのは理解できたが、銀貨を投入したらどうなるというのだろう。続きを見つけ、読み進める。
「SR武器、確定」
どうやら武器が貰えるらしい。
だが、エスレアとはなんだ。他の武器と比べて、なにが違うのか。興味は尽きない。幸いにも、自分は王だ。お小遣いには困っていない。試しに銀貨を1枚取り出し、光に向かって押し当ててみた。
直後、正面側の輝きが増していく。
あまりの眩しさに目を眩ませ、王は手で光を遮った。
「むお!」
光の勢いが止むまで、手で覆い続ける。
眩さを感じなくなった後、王は手を退けた。
「こ、これは!?」
王の眼前に変化が生じる。
さっきまでなにもなかった筈の床に、10本の剣が突き刺さっていたのだ。




