そして、初戦
『ようこそ、学園戦艦”シュレディンガー”へ』
学園戦艦。やっぱりここは学校の中だったわけだ。しっかし、うちの高校が学園搭載艦-ガレージ-だったとはね。生徒会長権限でチェックできた校史には魔女の記録なんてなかった筈だけど。
「学園、戦艦……。は、はは、」
「うわ、マジだったんだ……」
「ベヒーモス級……、言い訳できない大きさですね」
三人娘も驚いてらっしゃる。直ぐに戦争になるもんじゃないとはいえ、戦艦だもんな。
「……ちょっと待て」
ってことは、だよ? ガレージが起動して、それから警報が鳴って、レーダーに“でかい何か”が映って? だったらそれは―――。
「ちょ、ちょっと待って! 落ち着こう、一端落ち着きましょう」
態とらしい大声を上げた赤石が注目を集める。周りに向けられた筈のセリフは自身に言い聞かせている印象だ。
「確かにね。ここは学校のどことか思えないし、あの本にも昔の学校で戦艦がどうとか書いてあったし、その通りの魔法陣でここに跳ばされたけど」
役満じゃねーか。
「だからって、全部が事実とは限らないわけよ」
「……ふむ。確かに、戦艦という本体を見たわけではないな」
「あの本とこの部屋がそういう風に組まれてるだけ、ってこと?」
「そ、そうよ。今時、映像やセットでリアリティ出すなんて余裕でしょ?」
無理のある話じゃないな。実際、深夜のバラエティとかで似たような企画は見たことあるし。どこが金出してんだ、ってぐらいの本格セットだとマジで見分けつかないからな。
「大体ね、戦争もとっくに終わってるこのご時世に、なんで戦艦なんか出てくんのよ」
そうだね、タウリンだね。
「そういうわけで、先ずは事実確認が最優先よ。えっと、シュレ……さん、でいいかしら?」
『私はAIであって戦艦-シュレディンガー-ではありません』
「あーはいはい。それじゃ、AIさん。ここが何処だかわかる?」
『Yes. ここは旧・市立加倉間上級学校、現・私立コーデリアス学園の地下に当たります』
「ん。じゃあ、ここからデリ学に出るにはどうすればいいの?」
『艦長席後方にあるドアから通路に出て頂き、直進することで旧校舎直通のエレベーターに到達できます。現在、当艦は航行機能停止状態にありますので、エレベーターは自由待機を設定しております』
「なによ、じゃあそれで解決じゃない」
三人娘は安堵の溜息を吐いて後ろのドアへと歩いて行った。何の躊躇いもなく、素っ気なくも見える彼女らの足取りは、無視できない不安を抱えていた証左とも見れる。
さておき。俺は赤石たちの後ろ姿を横目で見送りつつ、艦長席へと戻る。
「ん? ちょっとちょっと、生徒会長。なにしてんのよ?」
目敏くも赤石が俺に声を掛けてきた。いや、何、って言われても困るんだけど。
「え、っと、その、取り敢えず、レーダーの奴が到着するまではここにいようかな、とか」
「はぁ? なにバカ言ってんのよ。そんなの大昔の土建屋が仕込んだ悪戯かなにかだってば」
どんだけ暇人だよ、土建屋。
「ほら、真面目やってないで一緒に来なさいよ」
うわ、優しい、赤石さん。顔が熱い。
「い、いや、ダイジョブっす。皆さんは上に上がって帰っちゃって下さい」
「アンタねぇ、こんなんで意地張ってどう―――」
「それに」
赤石さんたちと一緒に帰りたいのは山々なんだが、正直、今の状態の俺に限ってこの場を離れるのはかなり拙くなること請け合いだ。なにせ、学籍情報どころか個体情報まで掴まれてるからな。
「それに、もしも万が一にこの施設が本物だったら、誰かがここに残ってた方がいいと思いますし」
一応「在り得ないけど」風を装っておく。そうでもしないと説得できなそうだし。
「……はぁ。アニー、ユーリ。二人は先に上がってて。ここのことは私が顧問に念話で報告しておくから。ってか、そもそも旧校舎の件は風紀委員の仕事だったわけだし、二人には関係無いしね」
溜息を吐いた赤石さんは紀伊と城沢に言い置きすると、踵を返してブリッジの一席に腰を下ろした。やや乱暴な振る舞いなのは、照れ隠しだと可愛いです。
「やれやれ。結局はそうなるのか」
「マーちゃんですから、ね」
互いに顔を見合わせた紀伊と城沢も向き直り、赤石さんの近くの席へと移動する。本当にいい子たちだな、この三人は。
「別に、付き合えって言ってるわけじゃないんだけどー」
「私たち抜きでテレパスなんて使えるのか?」
「できるわよ、それぐらい。……たぶん」
「とりあえず、いつものようにパス開いときますね」
たかが念話一つでリンクするとか、どんだけ仲いいんだよこいつら。俺なんて生まれてから一度も人とリンクしたことないぜ。え? さっきパスがどうとかやってただろ? 『リンク』と『パスを繋げる』ことは同じようで全然違うのだよ。あと生物同士とそれ以外では全く意味が異なる、ということも言っておこう。
まぁ、いいや。こっちはこっちでやることあるし、見られながら何かするのは嫌いだし、好きなだけ三人でイチャついててくれ。
「で、生徒会長。アンタは何をするつもりなの? まさか、本当にただ待つだけじゃないんでしょ?」
だから放っておいてくれと。ってか風紀委員顧問への報告はどうした? 現代人常習技術のマルチタスクですか? 念話は使えないのにマルチタスクはできるんですか、捌組さん? ただのダブルだったら笑ってやるぜ、「俺と同レベwww」って。
「いや、まぁ、情報を集めるだけですよ。その、この施設が本物って想定、っすけど」
「いちいち言い訳つけなくていいわよ。アンタ、これが本物の戦艦だって考えてるんでしょ」
やりづらいな、赤石さんは。見放すなりいい子ぶるなりしてくれりゃ気が楽なのに。
「おい見ろ、マー。攻撃魔砲なんてあるぞ」
「え、マジで? どれどれ?」
赤石さんの横の席でコンソールをいじっていた紀伊が、武装情報を見つけたらしい。赤石さんは興味津々に、逆隣の城沢も連れて画面を覗き込んでいた。
いや別にせっかくの会話のチャンスがとか思ってないし。
「くくっ。さすが戦艦サマだな。こんなもの、試し撃ちでもしようものなら即刻国際指名手配だ」
「酷いですね」
「まぁ、こんなの二つだけじゃ、壱組も制圧できないけどね」
壱組すげーな。
「……そろそろ超ロングレンジ内か」
レーダーの数値を確認しながら、艦体情報を洗っていく。念話でAIにアクセスし、疑似コンソールとして操作を進める。いくつかのホログラムウィンドウが俺の周りに展開され、だんだんいつもの気分が戻ってきた。御一人さま最高。
「シールドもねーのかよ」
しかし、攻撃や防御こそいい加減なものだが、それ以外はそうでもないらしい。加えて、魔力タンクも意外に充填されてる。これだけあればこの重量、50km圏内なら質量突撃が可能だ。防御魔法がないから相討ち確定だけど。
「その前に飛べるかが疑問だな」
鼻が苦く鳴る。動力周りの情報更新日が果てしない。暴走してたらどうするつもりだったんだ?
「まーた独り言?」
「ぅおああっビックリした!?」
正面に展開してるホログラムを突き抜けて、唐突に赤石さんの顔が迫ってきた。
「~~っ! ビックリはこっちよ! うるさいわね」
「あ、ぅ、すいません……」
っていうか近い! めっちゃ近い! ってか肘掛、掴んでる! それ俺のっ! 身体が当たっちゃうから! ってか俺の口臭が、いやそれより、ってか、アーオゥ!
「ぁ、あの、」
「アンタさ、その独り言の癖、止めた方がいいよ。今までがどうだったか知らないけどさ」
「……す、すいません」
すごい面倒くさそうな嫌々顔されてるのに赤石さん可愛いとか、両耳を抑えてたさっきの仕草萌えキュンとか、このパニック脳は本当にどうかしてる。今はそれどころじゃないんだが。
「定例会の時とかさ、すごく気になるんだよね、アンタのそれ」
「……ごめんなさい」
でも、女の子って本当に綺麗だよね。肌とかスベスベで、唇もプルッてしてて。男と同じタンパク質でできてるとは思えないんだけど。
そしてそれどころじゃないんだけどなー、今は。
「あと、それ。こっち向かない目線。ちょっとでいいからさ、いや、チラ見もどうかとは思うけどさ。でも、少しはこっち向く努力しなさいよ」
外視野って知ってますか、赤石さん。瞳は向いてなくても、きちんと貴女を捉えてるんですよ、今も。あ、やばい。落ち着かなくなってきた。脚組んで誤魔化したい。でも無理ー。だって俺の脚の間に赤石さんがいるんだもーん。
だから割とマジでそれどころじゃないー。
「眼を合わせるのが緊張するならさ、相手の首下とか見るといい、って誰かが言ってたわよ。以外と気づかれないって」
それ面接のじゃね? ネクタイの結び目とかってやつ。女性に対してやったらダメじゃね?
だって今の赤石さんとか、開襟してるし姿勢が姿勢だし、ってかガン見しちゃうよ? 山とか谷とか関係ないんだよ?
しかも今はそれどころじゃないんだよ? 切に。
『レーダー被検知体が長距離射程内に入りました。警戒態勢のステージアップを推奨します。レーダー被検知体が長距―――』
「ひゃっ!?」
「っ! と」
唐突にAIの声が響いた。サイレンは無かったが、それでも今までよりも音量が大きく、やや切迫した空気を推している。
「今度はなによ、いったい……?」
「ちょっと失礼」
アナウンスにビックリした赤石さんが正面に捻る為に身体を立ててくれたので、開いたスペースを利用して両足を抱え込む。そのまま艦長席から横に跳び下りて、着地。足にビリビリきた。
「可視光で捉えているならメインサイトに表示、無理なら火、風、魔力、固有波長、他可能な限りのレーダー情報を統合したグリッドマップをフロアに展開して下さい」
『Yes. 可視光映像をモニターで表示します。加えて、目標の概算魔力、固有波長を表示します』
ブリッジの前方に移動しながらAIに指示を出す。直後に空と思われる映像が大画面で表示され、その脇に幾つかの数字が並んだ。
ロングレンジカメラとか、魔眼持ちでも在籍してたのか? 笑いてーわ。
「ちょっとちょっと、生徒会長、なに一人で始めてんのよ?」
とっくに始まってんのよ。
「というか、ここから外が見れたのか」
「みたいですね。これって、学校の様子とかも見れるんでしょうか?」
赤石さんの後に続いて紀伊と城沢もこっちに歩いて来ている。しかも、城沢の声を律儀にも拾ったらしい、メインモニターの横に旧校舎や新校舎、部活の生徒で賑わっているグラウンドなど複数のサブモニターが展開された。
「で、空なんか映してどうすんの?」
「……空じゃないっす」
ステルス系の魔法を使ってるのか、或いは元々見えないようになっているのか。如何せん俺も実物は初めて見るからな、こいつ。どうやって対応したものか。
「まだ、遠戦術区域、にいる」
「……はぁ。また独り言」
こいつは超長距離の外からあっという間に飛来した、にも拘らず奴は今も遠距離にいる。飛来速度を落としているということだ。ってことは、時間稼ぎも可能かもしれない。なら、意外とまともにやり抜けるんじゃないのか?
「外はあまり変化ないみたいですね。この艦って、外には影響してないんでしょうか?」
「そうだな。もしかしたら、旧校舎が今も現役だったら別だったのかもしれないが」
「むしろ、騒いでもらってた方が楽だったわよ」
そうなると、この三人娘には上にいてもらった方がメリットになるな。事情を知っていればそれだけ正常な思考を期待できる。被害もぐっと抑えられるしな。うん、それでいこう。
『目標、近距離射程内に侵入、滞空に移りました』
はいやっぱ中止。
「ねぇ、アニー。近距離射程、ってどれくらいなの? 普通にショートレンジ?」
「いや、これを艦体とするなら、それはもう衝突事故だろ」
「ミドルとかロングレンジじゃないですかね」
「ふーん」
さっきまで遠距離にいただろ。なんでいきなり近距離まで来てんだよ。中距離はどうした?
「で、生徒会長? いつまでここに残るつもりなわけ?」
「……そうですね」
まぁ、いいさ。近距離に近づいたっていうなら、ここらでハッキリさせるのも手だ。相手もこっちの様子を探ってるみたいだしな。できればこのまま知らんぷり決め込みたいんだが……。あいつらって人間のことはどう認識してんだろうか?
「AIさん、スピーカーを目標に聞こえるように展開して下さい。音声にはサイレンスのフィルター処理をお願いします」
『……了解しました』
「スピーカーで、消音魔法? なにがしたいわけ?」
「んー? アニーさん、その心は?」
「知るか」
言ってろクソッタレ。その間にも優秀なAI様は疑問も口にせず準備を終えてくれたぜ。メインモニターも4アングルに分割されるという親切仕様。あとは目の前に表示された入力魔法陣に声を吹きこめば全てが完了だ。
っつーわけで、深呼吸してー、すー、はー。いざ、発声!
「……、ゼッテーブッコロス」
「「「え゛?」」」
俺の声は魔法陣の中で拡大され、校舎の前方に生まれた出力魔法陣が斜め上空へとそれを放つ。サイレンスによって音を消された拡声は誰の耳に届くこともない。けれど、声という事実を持つ、『波』という実体のない刺激は確かに目標へと到達したのだ。四つのカメラが交差に捉えているそのポイントを、この艦の魔力に包まれた波動が呑み込む。そして、風景が僅かに歪んだ。
「え?」
三人娘の誰かが声を漏らした。残念ながら、それを気にする余裕はもう持つべきではない。絶対に俺の所為ではないと言い切れるこの現状、それでも生徒会長の俺には少なくない責任が掛かるという状況、だったら俺だって最善は尽くすさ。初めて臨む相手、論説通りなら俺にできることなんて殆ど無い、だから本気でやる。
「なによ、あれ? 特撮ってやつ?」
「ゴメラシリーズに出てきそうな魔獣ですね」
「ゴメラ?」
「知らないの、アニー? ジパン伝統のモンスター映画よ。まぁ、アタシも名前しか知らないけど」
「え、あ、そう、ですよね……」
あぁ、本気でやってやるさ! 俺一人空回りしてるように見えたってな!
「情報更新」
さて、切り替えていこう。四つのカメラが結ぶ一点、今までは町や学園や空を映していたそこに、今は別のものが映っている。概観としてはオタマジャクシを連想できれば幸せだろう。そいつを飛空艇レベルの大きさにして、凶暴にして、ゴッツゴツの甲殻で覆って、目と思われる場所を怪しく光らせて、ゆっくりと開かれた口に牙を生やして気味の悪い涎を糸引かせれば、俺たちが見ているモノに早変わりだ。
要するに、黒い巨大な化け物がこの学園を攻撃できる位置に浮いている、という状況である。
『目標をα1と呼称します。α1の暫定魔力量情報を更新、尚も局所的に魔力反応増大中。魔砲タイプの攻撃を試みていると推定します』
そこらの戦術ゴーレム級だった魔力値が一気に一等戦艦級にランクアップした。加えて、この距離で魔砲を撃つときている。殺したい盛りですか、ってな。
「攻撃とか言ってるけど、シールドとか張るものよね、こういうのって」
「……そうだな」
「ねぇ、マーちゃん。これ、本当に作り物なんでしょうか?」
念話を通してAIから学園敷地内の現在人口密度を確認する。放課から時間が経っていることが幸いしたのか、誰もいない区画がいくつか見られた。お誂え向きなのは、生徒玄関が併設されている北校舎への東側渡り廊下。西側と違って校舎の一環として建築されている為に内外の移動が玄関からしかできず、時間さえ外せば最も人の出入りが少ない。職員室に近い北寄りなら尚良し、だ。教師連中の危機感が増す。
「いや、これが現実って方がありえないでしょ。見なさいよ、あのサイズ。しかも威嚇飛ばして攻撃態勢だし。ここまで素通しした国が悪い、って訴えても勝っちゃうレベルよ」
「うん、そうなんですけど。あのね、モニターに映ってる生徒、みんな空を見て呆然としてないかな?」
「……そ、それは、ほら、そういう細かい所まで拘ってる、的な?」
「だけど、たぶんなんですけど、体育館から様子見に出て来てる子たちの中に、私のクラスメイトが―――」
「生徒会長! 一つ、確認したいことがある」
赤石さんと城沢の会話を遮るように声を上げた紀伊が、やや怖い表情で俺の方に歩いてきた。一つと言わず幾つでも答えてあげよう、と言いたいところだが、残念ながらその段階はもうとっくに過ぎてしまっているわけで。俺は紀伊に向けて口を開いた。
「その前に、衝撃に備えて下さい」
「は?」
『攻撃、来ます』
画面の化け物に怪しい光が集まり、瞬間的に魔法陣を形成する。正面に突き付けるように現れた魔法陣は魔力を中央に収束させ、一条のレーザーを放った。
「リリック1」
『リリック1、確認』
俺の合図を受け、AIがこの艦体に予め備わっていた一つの魔法を発動させた。スピーカー魔法と同じ魔力で編まれた大きな魔法陣が化け物に立ち塞がるように出現し、レーザーを受け入れる。
そう、受け止めるのではない。化け物が撃った魔砲がこちらの魔法陣に到達した瞬間、別の場所に同じ角度で魔法陣が形成された。そして、そこからそっくり同じ魔砲が吐き出される。転移魔法の一種だ。照準は、校舎北東。直撃。
「「きゃぁああっ!?」」
「くっ!?」
ドンッ、と大型トラックが事故ったような衝撃と轟音が連続的に俺たちのいるブリッジを襲う。校舎を軽々粉砕した魔導レーザーは案の定、地面を貫通してこの艦体を掘削しているらしい。
彼女らの体感的にはもっと長かったかもしれない1秒が終わると、化け物はあっさりと攻撃を止めた。移動はせず、再びこちらを静観している。てっきり、後2,3発は追加してくると思ったが、存外にお利口なのか―――。
「おい貴様!」
「ぉぐ、っ……!?」
次への対処を、と手元に形成したバーチャルコンソールを弄ろうとした矢先、唐突に胸倉を掴まれ踵が浮いた。見下ろすように突き刺さる視線の主は、紀伊だ。
「あ、ちょっとアニー!?」
「貴様、今何をした!? あれは何だ!? 何を知っている!?」
鬼気迫る、というか脅してるような表情を、俺は当たり前のように直視できずに顔を逸らす。流石の俺でも、この状況で女の子がどうとかは言ってられないよって。単純に怖い。
ただ、やるべきことはやらなければならない。地上の音声は拾ってないが、映像からして生徒たちは大混乱だ。教師たちが避難に動き出すのもまだ時間がかかるだろう。この想定内の事態を想定通りに進ませる為に、俺はコンソールを操作する。
「っ! 貴様は、ふざけてるのか!?」
不安定に釣り上げられていた俺の身体は、まくら投げで遊ぶように簡単に投げ飛ばされた。ちょー痛い。
「何やってんのよ、アニー!? 流石にやり過ぎだって!」
「構うものか! この男、一連の魔法といい、態度といい……! 知ってることを全部吐かせてやる」
「知ってる、って、そりゃ生徒会長なんだから何かは知ってるでしょうけど、」
「生徒会長、だから? マー、まだお前はそんなことを言っているのか!?」
現実を正しく認識するのはいいことだ。何ができるかはさておき。映像の化け物のプレッシャーがどうとか地上の生徒たちの悲鳴がどうとか紀伊が説得してくれてる間に、こちらは中断しちゃった作業を再開する。
先ずは学園敷地内の人口密度を再確認する。混乱でさっきより明らかにぐちゃぐちゃになっているが、それでも穴は十分にある。それに、あと一発入るなり時間が経つなりすれば教師陣も動き出してくれるだろう。それらの動きを考慮して、敵の攻撃に晒していい場所をピックアップしていく。
「そういうわけで、だ」
投げ飛ばされたままの姿勢でVコンソールの操作をしている俺の視界に影が差す。反射的に動きを止めてちらりと見上げれば、仁王立ちの紀伊と目が合った。うむ、印象通りに大人っぽい物だ。
「さぁ。続きといこうか、変態野郎」
再び襟首を掴まれた俺は、軽々と吊し上げられた。
『α1、重心の移動を確認』
「リリック1、はるな、ひと」
『リリック1、確認。ポイント、は‐1』
「だから! 貴様はさっきから何、ぅわっ!?」
「「きゃあああ!?」」
再び、強大な衝撃が俺たちを襲った。全員が堪らず床に転ぶ、振動はさっきの比ではない。その理由の一つは敵の攻撃がその巨体を活かした体当たりだったこと。もう一つは、誘導した攻撃着弾ポイントが地上ではなくこの艦体内だということだ。地上で攻撃に晒していい場所は最後だ。完全に避難の動きを把握できるわけはないし、二次被害もある、回避するにこしたことはない。
加えて、この戦艦は今まで誰にも使われてなかったらしく設備がまるで備わってないし、記録にも残っていない。つまり、俺が心配するものは物質的にも地位的にも存在せず、壊したい放題だということだ。
「もう、なんなのよ!? ほんとに何が起きてるっていうの!?」
やけっぱちに叫ぶ赤石さんには同情も湧く。単なる偶然の所為で、こんな災厄の真ん中に立たされてるんだから。そして、尚も俺を疑って睨む紀伊には感心を覚える。ちなみに、城沢はそんな二人を心配そうに見つめてるよ。本当、胆が据わってる子だよね。
「……、リリック1、はるな、はち。続けて、さん、ろく、ふた」
魔法の指示を出しつつ、紀伊に掌を向けて制する。正直、こんなこと話しても意味ないと思うが、話さないのはそれでまた面倒そうだ。紀伊は完全に俺が当事者だと思い込んでるし。
「信じなくていいですけど、僕も貴女たちと同じです。この施設のことなんて知らなかったし、ここに来たのも突然です」
そうしてる間にも敵は二度目の体当たりを敢行し、ブリッジが衝撃に揺れる。悲鳴こそ上がらなかったけど、赤石さんも徐々に現実を認識し始めているらしい。黙って俺を睨んでいる紀伊に言葉を続ける。
「僕が使っている魔法は、この艦に登録されているものです。紀伊さんも、この艦の攻撃魔法の情報を見ましたよね?」
「……あぁ」
「僕もそうやって他の魔法を見つけたんです。使い方も一緒にですね。なにせ戦艦ですから、誰にでも使えるようになってなきゃ話にならない」
三度目の衝撃。そこで敵の動きがまたも止まる。最初の魔砲は狙いがずれ、二度目以降の攻撃は手応えこそあれど、攻撃する度に破壊の跡が消えているのだ。そこに疑問を挿んだに違いない。少なくともこの化け物には動物的な知性があるらしい。
「後は、α1、映像に映ってるあの敵についてですが。俺の知っていることは世間に流れてる情報だけです。特に何かを知ってるわけじゃないし、最初に赤石さんに言った通り、本当に可能性に対しての対策を用意しただけですから」
「特別何かを知っていなくとも、あの魔獣が襲来することを予想できる程度には知っている、ということでいいんだな?」
俺への猜疑は消えてない、と。いいけどさ、別に。
「なら一つ訊くが、あの化け物は何だ?」
「ゼトルガン」
「……本気で言っているのか?」
俺への猜疑は消えてない、+可哀想なものを見る目だ。やめて、そういうの。
『艦長の発言は私が保障します。α1の魔力波長は、当艦に記録されているライブラリの特定波長と98%一致。従って、α1は対魔女専横的攻性原生生物、通称ゼトルガンと推定できます』
「っ、俄かには、信じられないが……」
ゼトルガン、魔法発祥の国と言われるガイリスの古い言葉で、咬みつく者、という意味らしい。奴らは5,6年に一回しかその姿を確認されないような生き物で、出現する場所は世界中にばらけてるし、この国には未だ一度も現れたことがない。俺たちジパン人にとっては図鑑の中の生き物という認識だ。
「ちょ、ちょっと待って! え、なに、なんか二人とも普通に言ってるけど、ゼントなんとかって、ダメじゃないの? ヤバイんじゃない? だってあれ、軍隊とかのあれでしょ?」
「ゼトルガンですよ、マーちゃん」
赤石さんの言う通り、ゼトルガンは国や軍隊が対応するべき害獣だ。更に言えば、奴らへの有効攻撃は魔女かガレージにしか撃つことができない。このガレージではあれほどの巨体を相手にする装備が一つもないし、だから俺は時間を稼いで生徒を避難させることだけを考えればいい。
「軍隊の仕事だろうと企業の仕事だろうと、今対応できるのは私たちだけだ。そこは考えても仕方がないぞ、マー」
「だ、だったら……! そうよ、避難とかさ!」
「それは先生たちがやってくれてるみたいですよ。ほら、あそこの小さいモニーター」
『拡大します。音声も拾いますか?』
「……声はいい。不安を煽るだけだ」
画面の中では教師の何人かが混乱する生徒たちを誘導している。校内放送のアナウンスも微かにここまで聞こえている。血気盛んな一部の生徒が魔法攻撃で敵に対抗し始めてるけど、まぁ、反撃をされることはないだろ。効いてないんだし。概ね、事態は収束に向かってる。
《α1、魔力反応増大。魔砲が来ます、威力は初撃の5倍以上と予測》
あっちも本腰を入れてきたらしい。ゲート魔法も残り数回だし、そろそろ潮時だ。
《リリック1、いぶき、むろらん、なな》
念話での指示を出すと、ここブリッジの床に魔法陣が形成された。2、3人が乗っかれる程の大きさのそれは、さっきから敵の攻撃に向けている転移魔法と同じものだ。
「生徒会長、この魔法陣は何だ?」
「限定領域内における空間の切除及び接合、所謂ショートワープの魔法です」
恐らく、この艦内への資材運搬用に備えられていたんだろう。攻撃魔法は対人の二つだけだし、防御魔法はバリアの増強だけ。高速航行術式もなかった。残された魔法は軒並み、事務作業や裏方作業に分類されるようなものだけ。本当に、ただ造っただけの戦艦だったわけだ。
「この魔法陣を潜れば学校の裏山にジャンプします。生徒の避難は北側を通っていってる筈ですから、これを使えば直ぐに合流できると思います」
が、その前に。
『α1、攻撃、来ます』
「「「っ!?」」」
「リリック1、ろっこう、なな」
敵から放たれたレーザーは明らかに太く禍々しい光を帯びて、こちらのゲート魔法の誘導通りに艦体を、地層を貫いていく。そして、大爆発。艦体が一際大きく震えた。
これほどの攻撃にさらされてもゲートが砕けないってのは、魔女の魔力の恩恵なのかね?
「ぅ、……ぅぅ、っ」
長く続く衝撃に耐える中、赤石さんから咽ぶような吐息が零れていた。色々と限界だ。紀伊や城沢が気付いてないわけないと思うが、ここは強引に全員で行動した方が避難に応じてくれやすいかもしれない。
本当はもっとギリギリまで粘るつもりだったが、どうせここは壊されるだろうから、抵抗の手が残されていた証拠は残らない。つまり、俺が追及されることはない。ハッピーエンド。
「さっさと脱出しましょう。敵の攻撃が予想以上です。これ以上はここも保ちません」
「くっ……! そうだな、ここで口論を重ねても意味は無い。信じるぞ、生徒会長」
「お願いします」
「マーちゃん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だから。ちょっとバランス崩しちゃっただけだし」
城沢の手を借りて赤石が立ち上がり、ゲートがある俺たちの方に歩いて来る。その間に、城沢がちらりとモニターを見遣って、眉を顰めた。そこに映るのは避難に遅れている生徒と並走する教師だったり、攻撃をしていた生徒をぶん殴って無理矢理避難させている教師だったり、取り残された生徒がいないか確認に奔走している教師だったり。そして、俺が利用していた人口密度の分布レーダー。
「どうしたの、ユーリ?」
「いえ、なんでもないです。早く私たちも避難しましょう」
目敏いというか、頭が冷えているというか。そんなことを城沢が気に病む必要なんてないのに。
「……ぁ」
ふ、と赤石さんの歩みが止まった。
「さ、マーちゃん、早く行きましょう。敵のチャージが終わらない内に早く……!」
彼女が何を見ているのか察しがついている城沢が赤石さんを急かすが、彼女は確固として動こうとしない。紀伊もそれに気づいて動こうとするが、それよりも早く赤石さんが口を開いた。
「会長、あの分布図は何?」
「マー! 今はそんなことより―――」
「人間のいる場所を示してます」
「「生徒会長!?」」
空気読めよ、みたいな視線で刺してこないでほしい。わかってるから。
「ってことは、まだ避難できてない生徒がいるってことよね?」
「教師たちが対応してます」
「先生たちが対応し切れてない生徒もいるのよね、これ?」
「教師たちが対応します」
「っ、みんなを避難させるにはまだ時間が必要ってことよね?」
「教師たちの責任です」
「~~~っ!」
ヤル気と憤慨にゆらめく瞳が、モニターから俺に標的を切り替える。さっきまで一番びびってた癖に、本当、鑑のような風紀委員だ。
「教師教師って、なんなのよ!? さっきみたいにあの化け物の攻撃を避けてあげればいいだけでしょ!?」
「避けてません。地上への被害を抑えて的を地下のここにすり替えてるだけです」
「一緒よ!」
「一緒じゃありません。この艦が破壊し尽くされたら終わりですし、魔力だって有限です」
「なら、その残りの魔力を言いなさいよ! それとこの施設の無事な部分を出したマップ! AIさん、できるよね!?」
どうあっても引かないつもりか、彼女は。
《如何がしますか、艦長?》
《必要ないです。こっちで黙らせますから》
あまり口喧嘩とかできない方なんだけど、まぁ、赤石さんが正しく捌組生徒なら一言で済むだろ。
「赤石さん、落ち着いて下さい」
「なによ!? まだやれることはあるんでしょ! なのに避難なんて、他の生徒を見捨てるみたいなことできないわ!」
「魔法を使うのは俺です」
「だから!?」
「あの敵の攻撃を捌くのに使った魔法は、僕が指示していたことです。その俺が無理と判断したんですよ」
「だったらやり方を教えなさいよ! ここの魔法は誰にでも使えるようになってるんでしょ!? あんたは避難すればいいわ、代わりにアタシが―――!」
「それでも魔法です」
「っ! だ、だから、それが、……なんなのよ?」
感情のままに反論していた赤石さんは、途端にその勢いを失った。変わらずに鋭く向けられる彼女の両目は、既に意地だけしか映していない。
「確かに、この艦の魔法は一般的大多数の人間に使えるようになっています。しかし、差別するつもりはありませんが、赤石さんは捌組の生徒ですよね? その大多数の中に、貴女はちゃんと入れてますか?」
「おい、貴様! いくらなんでもそれ以、っ!?」
紀伊の怒鳴り声が不自然に途絶えた。たぶん、城沢が念話かアイコンタクトで制したんだろう。今は避難することが最優先なんだから、無意味に時間を喰うのは避けたいわけだ。
そう、うちの学園において捌組というのは色々な意味で特別なのだ。入試や中学の内申による成績順で壱から捌に振り分けられるが、実質、成績の底辺は俺のいる漆組となる。捌組は、合格ラインを割っていながらも、理事会の経営方針によって拾われた生徒の集まりなのだ。彼らの中には、特異的な魔法特性の所為で世間でいう普通の魔法を上手く扱えない生徒も少なくない。そんな事情もあって、校内では捌組生徒を侮蔑する風潮が割と普通になっている。おこぼれクラスとか。〇〇バカとか。
当の赤石さんは、下を俯いて黙り込んでしまった。彼女の小さな拳は握り込まれ、震えている。悔しいのだろう。その感情の向く先は悪態を吐く俺なのか、図星を差された自分なのか、どうにもできない今なのか。俺にはわからない。わかりたいとも思わないし。
「手はあるんですね?」
ただ、どういうわけか、何が起こったのか、次の声を作ったのは赤石さんの傍にいる城沢だった。
「……城沢さん、何を言っているのかわかってますか?」
「誰かができるなら、会長が無理と判断した手を打つことができるんですよね?」
おいおい、待ってくれって。さっきまで赤石さんを言いくるめてさっさと避難するって感じに意思疎通できてたじゃん? それをまるで、打つ手があるなら私は生徒を守る方に回ります、みたいに言い出してさ。その瞳はなんですか? 私の意志は鋼鉄ですとでも言いたいんですか?
「断っておきますが、並大抵の魔力じゃあの敵の攻撃には耐え切れませんよ? この艦は腐っても戦艦です。ガレージなんです。だから、あんな曲芸みたいな方法でも凌げた」
「問題ありません。私も、並大抵の魔力じゃありませんから」
「……ユーリ?」
不敵に微笑んだ城沢は目を閉じる。時が止まったように音が消え、空気の揺れが風を錯覚させる。そして、言霊が紡がれた。
「デル・シグ・ゼフュロゥ」
瞬間、魔力が溢れ出す。風を巻き起こすかのような城沢の魔力はたちまちにブリッジ内を充たしていった。
「……すごい」
赤石さんから驚愕の声が零れた。彼女でも知らなかったらしい。
城沢が唱えたのは魔法じゃない。解放呪文、俗にいう始動キーだ。俺がやった、魔力を活性化させるだけの暗示とは訳が違う。あれがパソコンの電源をつける行為だとすれば、始動キーはバイオスからOSを立ち上げる行為に当たる。ようするに、やってることも、そこからできることもまるで違うということだ。さすが陸組。
「んなわけあるか。なんだよ、この量。ほぼ壱組レベルじゃねーか」
実力を隠してたって言葉じゃ済まない。就職とか将来が決まってる生徒は無駄に注目されないように実力を隠すことはままある話だけど、城沢のは本当に封印を解放したかのような変化だ。
「どうでしょうか、生徒会長さん?」
少し悪戯っぽく微笑む彼女は、大人びた妖しさが滲んでいて、魅力的だ。チャームの魔法に掛かったように無条件で頷きたいね。
「……はぁ。わかりました。取り敢えず、リリック1、ろっこう、ひと」
『リリック1、確認。ポイント、ろ‐1』
一先ず、敵の本気ビーム二発目を艦内に通す。さっきと同じ轟音が鼓膜に激突していく。だが、違った。さっきまでとは違う。音以外の振動が全く無かった。同時にさっきまでと違うのは、ブリッジを包み込む城沢の優しい魔力。バリアの要領でブリッジを守ってくれたらしい。
「合格、ですよね」
城沢を見遣れば、自信満々に返してくる。お淑やかな雰囲気出してるくせに積極的だな、この子。
「……勿論です」
俺はポケットから魔力晶片‐スフィア‐を取り出して彼女に投げ渡した。危うげなく受け取った城沢は瞬時に解析を済ませ、その上で首を傾げる。
「これは?」
「入力端子です。貴女に構成してもらう防御魔法をこの艦のシステムに通して、ガレージの魔法として発動させるんです」
「それ、なんか意味あるの?」
「あるかはわかりません。けど、多少はマシかと思いまして」
「ゼトルガンだから、か?」
「そうです」
ゼトルガンは魔女とガレージでしか有効打を与えられない。だが、その理由、理論は未だに解明されていない。奴らの攻撃は普通の魔法でも防御できることは証明されているが、こちらの攻撃と魔女との因果関係が明確でない以上、相手の攻撃も無暗に正面から迎えるのは避けた方がいいに決まっている。
「このまま呪文を唱えていい、んですよね?」
「はい。一応、魔力はロー・ハイでお願いします。何分、ただのスフィアなんで、一気にやると壊れますから」
「はい、わかりました」
城沢は、指先程しかない小さなスフィアを掌に乗せ、重ねた両手で包み込んで目を閉じ、集中する。彼女の身体の中を巡る魔力が手に収束していき、やがてスフィアが活性の光を灯した。
《外部からのアクセスを確認。コード解析……、完了。交信を許諾。データロード、魔法術式構築を開始》
仮想画面で城沢の取っている行程を追う。スフィアに魔力を注いでパスを繋ぎ、リンクすることでスフィアの中に魔法を創り上げることができるわけだが。説明を一切してないのに、呪刻したスフィアの中身を解析するだけで完璧にやってくれるとは、城沢は頭の方も優秀らしい。
「……」
視界の端で赤石さんがゆっくりと紀伊の方に退がっていった。単純に城沢の邪魔をしないように距離を取った、と捉えるのはある意味で贔屓になるのかもしれない。わかっているんだ、自分では何もできないことぐらい。だから引き下がる。引き下がるしか、できないから。
「会長さん?」
「え? あ、はい、なにかおかしな所でもありましたか?」
「いえ、後は発動させるだけなので、私の方こそ不備はないかな、って」
「そうですか、すいません。直ぐに確認しますね」
城沢の探るような疑念から逃げるように仮想画面に視線を移す。実際、問題はなさそうだ。リンクの斑も少ないみたいだし、これなら俺がサポートしなくても劣化やラグ無しで魔法を発動できる。
『α1、魔導砲撃チャージ75%完了と推測。尚、魔力の揺らぎパターンが変化しています』
さっきよりも速い、威力は必要ないと看破されたか。しかも、攻撃パターンが変わる可能性が高い、と。城沢が名乗り出なくても次の一発で俺の策はお払い箱になってたかのかもね。
「城沢さん、魔法は問題ありません。タイミングの方は同期しますか?」
「いいえ、大丈夫です。あの怪物の魔力はある程度掴めてますし、映像もありますから」
頼もしい限りだ。
『チャージ、90%完了と推測。備えて下さい』
AIのアナウンスに赤石さんと紀伊が息を呑む。城沢はブリッジの中央、メインモニターを正面にして佇む。見た所、気負った様子は窺えない。本当に学生なのか疑いたくなるね。
城沢が一つ呼吸を挿むと、彼女の身体がボゥと淡く光を帯び始める。励起状態の魔力が表面化して臨戦態勢というわけだ。どうでもいいが、スポーツ選手は競技中、大体こうなってる。
スフィアを握った右手をゆっくりと突き出し、城沢はその時機を待つ。そして―――。
『来ます!』
彼女から、一気に魔力が溢れ弾けた。
「防御魔法、オル・シェルド!」
省略詠唱で発動したのは中級の無属性盾魔法だ。しかし、膨大な魔力に裏打ちされたその規模は、教科書通りには収まらない。
メインモニターの中に、校舎を悠々とカバーしてしまえる程の巨大な魔法陣盾が出現した。敵の前に堂々と立ちはだかるその盾は、放たれた敵の砲撃を受け止める。過激な魔力干渉が火花のような光と衝撃、激音を散らせる。
間もなく、二つの衝突は終わった。敵の砲撃は絶え、シールドは耐え切った。依然と存在するその魔力は、未だにこちらを安心させてくれる。
だが、短過ぎだ。
「城沢さん、また来ます!」
敵の眼前、魔砲を吐き出した魔法陣が変化した。複雑怪奇な文字が飾る単一円が、二つの魔円へと。
「大丈夫、いけます!」
直後に放たれる、二条の魔光。総じた威力は変わらない。城沢の盾なら耐えきれるだろうし、事実、耐え切った。しかし、だ。
「そんな、また!?」
魔砲が切れると、またもその魔法陣は変化した。今度は三枚。三本の魔力砲撃が城沢の盾に喰らいつく。
「くっ、……でも、この程度ならっ!」
負荷に震えた城沢は、その気迫と更なる魔力によって立て直す。盾は力を増し、再三の脅威を退けた。
「まだ来る気か……!?」
敵の魔法陣は四枚に増え、放出寸前にギラリと光る。だが、このまま続くならむしろ問題は無い。魔砲が何本増やされても、その合計威力が変わらないなら、シールドを維持できる限り防げるのだ。そして、城沢の魔力はまだまだ余裕だ。切れる前に生徒たちの避難が終了する。だから問題はない、筈なんだ。
城沢は左手を抱えるように胸前に持ち上げ、気合を入れ直すように魔力を唸らせた。そして、敵の砲撃に合わせて彼女のシールドが煌めく。
「っ、ぅ、……!」
違和感だ。敵の攻撃を防ぐタイミングで、何故か城沢はピクリと震える。まるで、顔面に飛んできたボールに目を瞑ってしまうように。あんなに落ち着いていた彼女がこの程度の攻撃にビビるとは思えないんだが。
「……城沢」
そう、城沢だ。今俺が考えるべきは敵のことでもなく、地上の生徒や教師でもなく、ましてやこのどうでもいい艦体のことでもない。目の前の女の子の変化を考えるのだ。
思考を絞る、情報を限定する。そうしたら、答えはあっさりと導き出せた。
「城沢、スフィアを捨てろ!」
咄嗟の言葉を口に出し、俺は彼女に駆け寄った。俺の言葉をしっかりと聞いときながら、城沢は握る右手を緩めはしない。まぁ、彼女ならそうするだろうとは思ったけどさ。
「リリック1、ろっこうろくよん!」
城沢のシールドの後ろに転移魔法を二つ準備させ、俺は城沢の前に回る。彼女の表情は驚いていたが、やっぱりその瞳は揺らぎもしていない。俺は何も言わずに城沢の左腕を掴んだ。
「ぃつっ!?」
小さな悲鳴に彼女の顔が歪んだ。右腕への意識が薄れたその隙に、その右手を打ち払う。城沢の手から俺が渡したスフィアが飛び出し、一際に光を放って砕け散った。
「なにやってんのよ、アンタは!?」
「待て、マー!」
怒り心頭に俺に詰め寄ろうとする赤石さんを避けるように後ろに飛び退くと、続いて城沢に駆け寄っていた紀伊に止められた。
敵の魔砲が艦内に転移させられて破壊を続けている中、紀伊は城沢の左袖を切って腕の様子を確認する。
「え、ユーリ!? それ、血、どうして……!?」
「大丈夫ですよ、マーちゃん。これぐらいなら自分で治癒を―――」
「使うな!」
城沢を怒鳴って治癒魔法をやめさせる。赤石さんに睨まれるが、こればっかりは仕方がない。視線を逸らす、その途中で紀伊の鋭い視線に引き留められた。彼女もまた、学生らしからない冷静さだ。
頷いて見せると、紀伊が治癒魔法を城沢の傷口にかける。残念ながら捌組、応急処置ぐらいにしかなりそうにないが、取り敢えずにはなる。
「原因は、わかっているんだろうな?」
静かな、責め立てる口調で、視線を寄越さずに紀伊が尋ねる。原因はわかっている。理屈はわからないし、確証もないが、恐らく確定だ。
「ゼトルガンの魔力です」
そもそもの疑問だ。奴の放った魔力砲撃は、魔法陣の精霊語だとか関係なく、俺たち人間が一般的に使ってる魔法体系だと確信できた。なのに、奴らを倒すには魔女やガレージ、つまり魔女の魔力が必要不可欠になる。何故?
答えは簡単だ。魔法発動に伴う魔力の干渉、ゼトルガンのそれに対抗できるのが魔女の魔力だけだってことに決まってる。
だから、魔女の魔力を持たない城沢は敵の魔力干渉をもろに受けてしまい、負傷した。この艦のシステムに通したとはいえ、出力の源は当の城沢頼りだったからな。魔砲が1本から4本にまで増やされたのも痛い。干渉力はダンチだ。やはりこの策は無茶だったらしい。
「ちょっと待ってよ! たかが魔力でしょ? そんなんで、なんで腕が切れちゃうのよ!?」
おい、誰か赤石さんを中学校にぶち込め。
「ただ、どういう影響でどれくらい続くのかがわかりません。だから、城沢さんはこれ以降、極力、魔力を使わないで下さい」
「そんな!? でもそれじゃあ―――!」
「城沢有理!」
食い下がろうとする城沢を、紀伊が一喝して黙らせた。
「今は、生徒会長の判断が正しい」
「でも! ……、っ」
今日、ここで呼ばなかったフルネームは、それだけの説得力を持ってたらしい。城沢は悲しそうに目を伏せた。
さてさてしかし、と。
《α1の様子はどうですか?》
《次射は変わらず四枚です。チャージ、60%完了と推測。魔力の揺らぎを新たに確認》
攻撃が通った為にこれ以上の水増しは必要ない。しかし破壊の手応えもまた足りない。だから次は攻撃射程を広げる。オタマジャクシが考えてるのはこんなところだろ。
2本の時に切り上げてれば、と思うが、たらればに構ってる余裕もない。
《リフレクションを組みます。全魔力を回して下さい》
《了解。基本システム運用分も利用しますか?》
《お願いします》
本当にこの戦艦は便利だな。術式記述さえちゃんと入力すれば魔法を構築してくれるんだから。普通、魔法陣を描こうが詠唱をしようが、知識だけでは魔法を完成させることはできない。だから魔法は才能第一主義なのだ。世知辛い。
さて、俺が入力したという記録が消えて無くなることを信じて、魔法を作ろうか。
《α1、チャージ、90%完了と推測。当艦、術式、パス整理完了》
《リリック3、うつぎ 繋げて くろがね、ししを待機》
メインモニターに向き直り、タイミングに備える。赤石さんたちは城沢を庇うように三人くっつき、モニターを見つめている。まだ避難用の転移魔法を解除してないんだから、さっさと逃げればよかったのに。もう遅いけど。
《α1、攻撃、来ます》
「上級防御魔法、魔導反射塞壁‐リフレクト・フォート‐、発動」
《リリック3、確認》
名前を口に出すのは大事だ。例え俺自身が魔法を使うのではなくても、言霊はそれだけで効果を齎す。
敵を扇状に取り囲むように、校舎をカバーする魔法陣が生まれた。攻撃を受け止めるだけでなく、そのエネルギーを任意の角度に弾く鏡の盾だ。対する敵の攻撃は最後の攻撃と同じ四本の魔力砲撃。光槍の束が俺たちの盾に突き刺さる、そして、それらは計算通りに地面へと反射され、残り少ない艦体を破壊していく。だが、本番はこれからだ。
「あ!? 魔獣の魔法が、動いた!?」
四枚纏まっていた呪文の円が、魔法を発動させたままその位置を、角度を変えていく。反射盾の上を魔砲が滑り、その軌道が変わる。或いは地面を削りながら進み、或いは盾の範囲外へと抜けて。
『地上建築物、被害増大』
だが、直接の人的被害は皆無だ。退路も完全にカバーしている。後は教師がヘマしないことを祈るだけ。避難が終わるまで持ち堪えるだけ。
『残存魔力、10%を切りました。8、7、6―――』
俺にできることは完全に終わった。後は念じるだけだ。なぁ、敵さんよ、お前は賢いんだろ? ほら、早く無意味だって気づけ。攻撃をやめろ。な、おい。
『4、3、―――』
大丈夫、俺は知ってるよ。お前はやればできる子だって。な、だからもう止めよ。せっかくここまで頑張ったんだから最後まで全うさせてくれよ。頼むよ、マジで。弱い者イジメいくない。
『2、1、―――』
止まれ止まれトマレトマレとまれ! とまってぇえエエエエ!?
『機能停止します』
アナウンスの直後、ブツン、と室内灯とモニター他諸々の画面が落ちた。直後に非常灯のぼんやりとしたオレンジ色がブリッジ内に滲む。戦艦の魔力が切れたんだ。勿論、シールドも解除されている。
「……どう、なったの?」
突然の停電と、それ以降の変化の無さからか、赤石さんがおずおずと言葉を覗かせた。そう、変化はない、敵の攻撃による衝撃は来なかった。間に合ったのだ。
「……ふぅ。終わり、です」
意外にも神経使ってたのか、気づくと俺は床に座り込んでいた。
「終わり、って……。あの、地上の生徒たちは……?」
不安半分、疑問半分のちょっと抜けた声で城沢が尋ねる。
「大丈夫です。見届けられませんでしたが、間違いなく避難は完了しましたよ」
「そう、ですか。良かった」
こんな状況でも自分より他人か。盗み見る範囲でも、他二人も同じような表情をしている。善い人たちだな、ほんと。まぁ、自分のことを考えても仕方ないだろうけどね。戦艦は動かないし、魔法の上級者と見られる城沢は何を試みても危険が付きまといそうだし、他二人は論外だし。
「さて、生徒会長。落ち着いた所で、これからの私たちはどう行動するんだ?」
「何もしませんよ。僕たちの避難も含めて」
「まぁ、やはり、そうなるか」
改まった姿勢の紀伊に対してなんでもない態度で返答してみたが、思いの外、手応えがなかった。割とそういう覚悟もできちゃう人なのか。捌組の人間はわからん。それが捌組らしさなのかもしれないけど。
「ん? ねぇ、アニー。やっぱり、ってどういうこと?」
「私たちは、外から救出が来るまでここに閉じ込められたまま、ってことですよ、マーちゃん」
なにせ魔力が底をついちゃったわけだからな。さっき作っておいたワープゲートも今は消えている。扉なら頑張れば自力でなんとかなるかもしれないけど、その奥にあるだろう地上行きのエレベーターは止まってるし、エレベーターが必要であるなら、地上まではそれなりに距離があるわけだ。城沢が無理して転移魔法を唱えても、正確に位置を把握できていない状態で転移魔法を使うのはリスクが過ぎる。AIが動いてたら、そこら辺の情報も取り出せたんだろうけど。俺が利用してた転移魔法は全部AI任せだったから具体的な位置情報を把握できていない。めんご。
「閉じ込められた、って……? え、待ってよ。エレベーターは? 助け、って来るの?」
「艦の魔力が切れたんだよ、マー。だから外を映していたモニターが消えて、電気が落ちた。だからエレベーターだって動かない。シールドもワープも使えないし、勿論、助けも来ない。外にはあの化け物がまだいて、その攻撃は止んではいるが終わったわけではないからな。そうだろ?」
紀伊の視線に頷きで応える。現状説明、御苦労さまである。そう、こっちは完全に沈黙した。逃げることも防ぐこともできない。
ところが、化け物はまだヤル気満々だ。今はまた、あるのかどうか証明されてない知性で学習している最中の筈で。答えを見つければまた攻撃を再開するだろうし、目的を達成するまでは帰ることもないだろう。そして、それを邪魔しようものなら反撃もするさ。だから教師たちも迂闊にはここまで救助に来れない。
「大丈夫ですよ、マーちゃん。敵の攻撃は私のシールドで防げることは証明できてますし」
「でも怪我したじゃない!」
励まそうと掛けられた城沢の優しい声を、赤石さんはヒステリックに払い除けた。不安な表情を見られて心配をかけていることがわかったのか、赤石さんは顔を伏せる。そして、誰の言うことも聞かないと主張するかのように、ズカズカとドアへと歩いて行った。
「何をする気だ、マー?」
「決まってるでしょ、避難するのよ!」
赤石さんはピッタリと閉じた扉の隙間に指を掛け、ん~っ、と開こうと命一杯の力を込めている。強化魔法を使えば一人でもなんとか開けられるだろう、とは俺も思ってるけど、まさか素の力でやろうとするとは恐れ入る。普通にロックで引っ掛かるとか考えないのか? せめて壊す方向で行こうぜ。
「なんでアンタたちはそうなのよ!? 敵はまた攻撃してくるかもしれないんでしょ!? しかも、今度は防げない! ならこんな所、安全でもなんでもないじゃない! だからさっさとみんなで脱出するのよ! そりゃ、魔力切れちゃってエレベーターも動かないかもしれないけど、だからって出口がないわけじゃないでしょ! 走って逃げるの!」
どうかな。現代戦艦じゃ、白兵戦対策でハッチをなくして、出入りは転移系の簡易魔法、なんて作りもあるから。この艦がそれに当たるなら、俺たちは装甲をぶち抜いて地面を掘り進まなきゃならない。禄に魔法も使えない状況で、だ。敵が作った穴を通れば地上まで直通だけど、流石にそれは敵に丸見え、狙い撃ち大歓迎のお陀仏尊々。
紀伊と城沢はそこんところまで頭が回ってたんだろうから、何をしようともせず、受け入れるつもりだったんだろう。あらゆる行動について回るリスクより、ここで攻撃をやり過ごせる幸運の方が分がいいのだから。
「それに! アタシと生徒会長が閉じ込められるなら自業自得で済むけど! あんたたち二人はそうじゃないじゃない! 避難しようとしてたのに、アタシの我儘に付き合ってくれたからこうなっちゃったんじゃない! だったらダメよ! アタシがアニーもユーリも逃がさなきゃ! あんたたちは逃げなきゃダメなのよ!」
だけど、頭の回らない赤石さんはそうじゃない。自分が死ぬかもしれない、からじゃない。自分が巻き込んでしまった友達のために、ベターなんかで落ち着いてはいられないんだ。紀伊と城沢を確実に助けられるベストの為に、動かないわけにはいかないらしい。
「……はぁ。やれやれ、だな」
そんな赤石さんの知らない所で、小さな溜息が吐き出された。ほんと、仲がいいよね、この子たち。紀伊は面倒くさそうに、本当にそれだけしか思ってないかのような軽い足取りで赤石さんの加勢に歩いた。
「あ、私も―――!」
「お前は座ってろ、ユーリ。その腕、出血は止めたが、それだけだ。歩くだけでも痛むんじゃないか?」
「……だけど、」
「いいからいいから。というか、こんな時ぐらい私に仕事をさせろ。今のところ、私が一番役立たずなんだぞ」
「……ふふ。じゃあ、私は休ませていただきます」
うん、何度でも言うよ。この子たちは本当に仲が良いし、善い人だ。
「ごめんね、アニー。それと、ありがと」
「どういたしまして」
振り向かずに手を振る紀伊の背中は、正しくイケメン。そんな彼女たちを床に座ったまま見てるだけの俺。わははは、石を投げないで。
「さてさて」
場が和んだ所で、改めて敵さんの動向に気を向けますかね。映像がないと言っても、ある程度は近い距離で、これだけ魔砲をぶっ放したんだ。それなりに魔力も掴めるし、攻撃の気配もぼんやりとわかる。俺をピンポイントで狙ってくれれば、色々とはっきり知覚できる自信はあるんだけどな。
何が言いたいのかというと、今俺にわかるのは敵がそろそろ攻撃を再開するだろう、ということだ。
「っ!? マーちゃん、アニー!」
「マー! 伏せろ!」
「へ?」
何かに気付いた城沢が注意を叫ぶ、その瞬間から紀伊は駆け出し、何事かと呆けている赤石さんの襟首を捕まえて俺たちのいる側に飛び込んだ。
直後、天井から斜めに貫く細い魔光が、ドアを焼き刺し、爆発させた。ビクともしなかった鉄扉はひしゃげて吹き飛び、煙と埃を舞い上げる。
「え、は、なに? なにがあったの、今?」
如何いう事象によって今の状態に至ったのか、恐らくそれは疑問を口にした赤石さんだって知覚できている。ただ、理解が進まないだけだ。恐怖という感情が、あらゆる思考プロセスを阻害している。
俺たちはさっきまでゼトルガンという、校舎を軽々と破壊できる脅威に立ち向かっていた。その為に、一般学生とは無縁な覚悟を要していた筈だ。けれど、それは飽くまで映像越しに、艦体の装甲や地面という隔壁を挟んでの話で。敵の攻撃から察するに物質的障害なんてまるで意味はないけど、だとしても、直接相見えず、直接被害に遭わないという事実は精神を守る大きな要素となる。
つまり、赤石さんは、恐らくは魔法を講じた城沢でさえ、今に至ってようやく、敵から受けるべき正当な恐怖を認識できたのだろう。
「それにしても、意味がわからん」
今までにはなかった、段階的に大きく激しくなっていく破砕音と衝撃がブリッジを襲っている。地震を思わせる怒涛の震源が近付いてきているのだ。ばくばくむしゃむしゃごっくんちょ、と。遂にブリッジの正面凹壁が噛み砕かれ、そいつが顔を突き出した。
「な……、ど、して…?」
「……ぁ、…ひ……、」
「……っ、……っ」
悲鳴も出ない。ブリッジのフロアを破壊してまで入り切っていないそいつは、モニターに映っていたそいつと同じ奴だ。けれど、その威容も、異様も、桁が違う。何故ならそいつは、今、明確に彼女らを敵視しているから。そいつは明確に、彼女らを攻撃したから。
恐怖という信号は、あらゆる神経反応に優先される。種の存続という、聖人君子も抗えない一点の為に。だから、彼女たちが今、何の行動もできないのは仕方のないことだ。
どうでもいいけど、それぞれの反応が意外だった。
「何がしたいんだろうな、ほんと」
ここまでの化け物の行動をアルゴリズムとして捉えるなら、こいつが取るべき次の行動は二つ。一本に束ねた面撃的魔力砲を放つか、射撃位置を変えて低威力の魔力砲を乱発するか、の筈だ。なのにこいつは、最初に切り捨てた肉体による攻撃を選択し、地上で散々無視していた生徒や教師と同じ人間の赤石さんたちを狙い始めた。たとえこいつに低知性動物以上の思考能力があったとしても、何故今更なのかがわからない。
「考えたってしょうがないけどさ」
しょうがないけど、考える以外にやることがない。俺がやるべきことは既に決まっている、殺されるその直前まで観察を続け、それから常備してる一人用の定点転移魔導具で逃げる。しかしながら、それを行う機会はまだちょっと先だ。だから暇なのだ。ほんと暇だ。コンマ一秒さえ暇過ぎる。
そんな俺を見かねてか、或いは、踏みとどまっていた精神がようやく立ち直ったのか、彼女が立ち上がった。
「ぁ、マー、ちゃん……」
「……マー、止せ」
赤石さんがゆっくりと俺たちの前に、敵の前に歩いていく。そして、立ち塞がるように足を止めると、魔力を奮い興した。カタカタと恐怖に怯える彼女の肢体を淡い光が覆ていく。城沢のとは違う。赤石さんは、ただ魔力を活性化させ、燃やし、回転させ、身体中に溢れさせているだけだ。全身の魔力が完全活性化して多少の肉体強化には繋がってるが、子供が唱える強化呪文の方が優秀なレベルって程でしかない。
それから、彼女はぼそりと小さく言葉を紡いだ。ともすれば自分の耳でも拾えてないかもしれない小さな声、それを、偶然にも機能強化されていた俺の聴覚が拾った。
「アタシは、大丈夫」
なんとも健気な強がりだ。初めてステージに立つ新人アイドルだってもう少しましに運べるだろうよ。
赤石さんは右掌をしっかりと前に突き出し、魔力をそこに集中させていった。これから攻撃するぞ、どうなってもしらないからな、って子猫が必死に叫んでる感じだ。けれどそんなお粗末な威嚇でも、効果はあったらしい。
「っ!? ……ふ、ぅ」
びくり、と片足が後ろに退がり、無理矢理に息を吐き出してそれ以上を抑え込んだ。敵の焦点が赤石さん一人に定まったのだ。だから、猛獣が獲物を狙う殺気をリアルに感じ取ったんだろう。よくも崩れなかったものだ。涙目ぐらいにはなってるかもしれない。
右手を下ろさず、視線を敵に合わせたまま、赤石さんはゆっくりと横に歩いていく。俺の前を通り、更に横へ、ブリッジの壁際まで進む。わずかな距離だけど、運がよければ城沢や紀伊に被害が及ばないかもしれない。敵の意識は完全に赤石さんに向いていた。
「アニー、ユーリ!」
息を吸って、大きく叫んだ。
「今の内に逃げて! 今なら通路に出れる、こいつが散々開け散らかした穴から外に出れるから! だから、こいつが私を向いてるうちに早く!」
「なっ…!? ば、バカ言うな! お前を置いて行けるわけないだろ!」
「そうですよ、マーちゃん! それに、今がチャンスなら一緒に逃げよ! 大丈夫ですよ、きっと攻撃してこないから!」
なんとか膝まで立てた紀伊と身を乗り出すしかできない城沢が、必死に赤石さんに縋る。死にたくないし、失いたくもない。人間として当たり前の反応だ。
そして、彼女たちに反応するように眼前の敵が動きを見せた。攻撃や移動といった積極的な変化じゃない。口をゆらりと開いて、そのまま息を吸い込むように大きく開き、吐き出した。
「―――――ッ!!」
叫んだのか、咆えたのか、はたまた大容量が空気を押し飛ばしただけなのか。取り敢えず、そういう認識がどうでもよくなる程に鼓膜を突き破るような音が、半壊したブリッジを叩き荒らした。
紀伊と城沢はたまらずに両耳を押さえ、硬直に逆戻りで。逆に、赤石さんはそれを反動に踏み切ることができたようだ。
「なめてんじゃないわよ。アタシはね、風紀委員なの。生徒も、学校も、アタシには守る義務があるんのよ」
魔力が唸りだす。彼女の身体に留まっていた力の流動が、世界へ干渉し始める。
「アタシは、赤石真萌! アンタみたいな化け物に、アタシの親友はあげてやらないんだから!」
握りしめた左拳で逃げたがる身体を縫い付けて、友達を守る意思を推進力に前を向く。
「まよいを はいに」
ラテン式の丁寧な詠唱だ。示すのは、世界中の教科書で一番最初に出てくる攻撃魔法。紡がれる言霊を伝って魔導が力を書き結ぶ。掲げられている彼女の右手に魔法陣が描き出された。精霊の囁きを、俺たちはこう呼ぶ。
「ファイア・ボール!」
魔法陣が煌めき、力を現象に変換する。揺らめく火が灯り、やがてそれは渦を巻いて炎と育ち、球を成す。原初の破壊、文明の誕生、恐怖と希望を両立する『火』。最も効率がいいとされる攻撃魔法、下級の中でも初歩と位置づけられる初級魔法。
威力なんて高が知れてる。それでも、魔力を活性化するだけよりは効果があるし、運が良ければ傷を負わせられるかもしれないし、一時撤退という奇跡も無くは無い。
そういった可能性を背負い、魔導の火球が放たれる。その筈だった。
「……ぁ」
ガラスが割れる幻聴を聞くような光景だった。空中に浮かび上がった魔法陣は、罅割れ、砕け、霧のように空気に溶けてしまった。
失敗だ。
「……は、はは、そうよね。だって、アタシなんだもん」
赤石さんは張りつめていた糸を切られたように、ふらふらと崩れ落ちてしまう。自己嫌悪に俯く姿に、さっきまでの勇壮さは欠片も残っていない。ちらり、と反対方向を盗み見れば、自分が失態を侵したかのような痛ましい表情をしている紀伊と城沢がいる。
「結局、アタシに魔法なんて使えないのよ。息巻いて、騒ぎ立てて、無様晒してさ」
それにしても、魔法陣が壊れるのか。なかなか面白い現象だ。魔力はちゃんと乗ってたし、詠唱にも外魔力‐マナ‐は反応していた。なのに魔法が成立しないってのは、魔法のド下手な捌組現象っていうよりは、古代文明は全部宇宙人が作ったんだとかいう都市伝説の方が近い気がする。
そして幸運にも、俺のポケットにはそんな都市伝説由来の不思議魔導具が入っている。ネットオークションで落としたはいいけど使用も解析もできなくて、いつか発動すんだろといつも持ち歩いている代物だ。
「ほんと、バカみたい。なんにもできないくせに、風紀委員なんか入っちゃってさ。友達も、守れないくせに……!」
幸いにも赤石さんは後悔塗れで、敵さんは魔法陣をこっちに向けて攻撃する気満々で、紀伊や城沢が逃げてって叫ぶ声も彼女に届いてない。正しく、お膳立ては完璧じゃないか。
俺は赤石さんの背後にダッシュし、ブレーキを掛けながら彼女の襟首を掴む。ありったけの魔力、の半分を力任せに彼女の制服に流し込み、斜め上へと物体制御の魔法を掛けてやった。
「失礼します」
「ぅぐっ!? ちょ? はぁ!?」
強引に制動処理をキャンセルして物体制御を解除してやれば、後は慣性が赤石さんを緩い放物線軌道に乗せて運んでくれる。投げ飛ばしたわけじゃないぞ、送ってあげたんだ。
「きゃぁぁああああ!?」
「っ、マー!」
「マーちゃん!?」
とっさに動いた紀伊と城沢が悲鳴を上げて宙を飛ぶ赤石さんを見事にキャッチしてくれた。よかったよかった、と一息つく暇なんてない。
視点を合わせるまでもなく、敵の魔法は既に発動している。ブリッジの床を破壊しながら迫っているそれは、シールドを張ればなんとか命は守れるような威力も範囲も小さい、やっぱり何考えて撃ってんのかわからない魔法だ。尤も、俺にはシールドを張る技術がないので回避するしかないんだけど。
方法は赤石さんと同じ、物体制御で安全圏に身体を飛ばす。彼女の時と違うのは、より緊急を要する為に出力を初速に全て費やす破目になった、ってことぐらいだ。どういうことかというと、俺は自動車に跳ね飛ばされた交通安全人形のようにブリッジを転がっていったのである。回避成功。
「ぅ、ぐぉっ」
超痛ー。
「アンタね! こんな時になにしてくれんのよ!?」
身体を起き上がらせると、同時に赤石さんに掴み掛られた。悪いけど、今は構ってやる余裕はない。せっかくのチャンスを逃すようなヘマは笑い話にもならないからな。
俺はすかさずポケットに手を突っ込み、件の魔導具を取り出して赤石さんの顔前に割り込ませた。
「っ! ……なによ、これ?」
「アーティファクトです。これで、貴女があの化け物を倒すんです」
それは、片手に収まる大きさの、装飾性の薄い杖のようなものだ。都市伝説の魔導具らしく妖しげな魔力を纏っているのがわかる。赤石さんの目はイライラから疑問、猜疑と巡って、諦観に落ち着いた。
「無理よ。アンタだってさっき見たでしょ? アタシは魔法が使えないの。詠唱がいらない物体制御だってできないのよ。それがアーティファクトとか、無理に決まってるじゃない」
バカにしたように鼻で笑う。勿論、矛先は自分自身だ。羨ましい限りだね、そんなアホらしい無意味なことに一生懸命になれて。
「赤石さんの実力がなんなのか知りませんけど、僕はさっさと終わらせて帰りたいんです。だから早くやってくれませんか?」
態との無関心を強調してみる。抱えてる苦悩も被る迷惑も関係ない、当然のように俺の為に働け、と。
「あ、あー、そーですか。さようで御座いますか」
眉をぴくぴくと跳ねさせた赤石さんは、語気の強い丁寧口調で応えた。それから、俺の手にある魔導具を乱暴に奪い取ると、ずんずんと化け物の前に歩いていく。単純な人だ。
相変わらず紀伊の視線は怖くて、城沢はおろおろと心配性だ。ビビってんのか余裕があんのかわかんない人たちだよ。
「じゃあやってやるわよ。えーやってやりますよ。やりゃーいいんでしょ? やって、失敗して、好きなだけ笑えばいいわよ!」
やけっぱちにアーティファクトを掲げる赤石さんは、敵を前にして仁王立ちで対する。さっきと同じように殺気を放つ、魔法発動まで秒読み段階の化け物。それを前に、けれど赤石さんはさっきとは違う。恐怖も気負いも感じられない。冷静さも感じられないけど、今は彼女の背中を安心して見てられる。
「どいつもこいつも調子にのっちゃってさ! はんっ! 上等じゃない、目ん玉ひん剥いてよく見てなさい! 赤石真萌ってバカな女をね!」
感情に引っ張られるように、彼女の魔力が爆発的に溢れる。力強く荒々しい光が彼女を包み上げ、散らかった瓦礫を吹き飛ばして風が唸る。
「誉火よ! 先見の御子 我らは災厄も慈悲と抱かん!」
そういう呪文が書いてあったのか、あれの魔法術式には。
「アニステル・ロア!」
二つの魔法陣が生まれ、同時に力を放った。化け物からはさっきと同じ魔法だ。しかし、威力も範囲もランクアップしてる、禍々しさのオマケ付きで。
対する赤石さんの魔法は、炎の矢だった。槍とか杭とか言った方がイメージしやすい程にでかく、風を掻き乱すまでの熱を撒き散らす矢弾。
そして、二者の攻撃が同一直線上で衝突する―――! その刹那、炎の矢は何も無かったかのように敵へと直走った。直撃した敵の魔法を貫き、引き裂いて、一方的に。炎の矢は、敵の眼に突き刺さった。
「――――ッ!?」
それはそれは大きな悲鳴がブリッジを震撼させた。身体をこれでもかと暴れさせ、悶え、ブリッジの壁や天井や床を破壊しながら、確かな悲鳴を上げたのだ。咆哮なのか轟音なのかわからない衝撃音じゃない。痛みを、恐怖を代弁する、悲鳴だ。目を貫かれ、炎で焼かれ、叫んでいる。誰だよ、ゼトルガンは魔女にしか倒せないとか言った奴は?
「赤石さん」
声を掛けるが、彼女は反応しない。呆然と前を見ている。たぶん、何も見てないんだろう。敵の反応にビックリしてるんじゃない。発動した魔法の威力に驚いてるんでもない。自分が魔法を使えたことに、理解が追い付いていないんだ。察するに。
「赤石真萌さん」
「……え、はい、なに?」
肩をゆすって振り向かせる。まだどこか上の空だ。でも、このまま終わりにはならない、残念ながら。だから、彼女の右手を取って、掴んでる魔導具の代わりにスフィアを一つ握らせる。
「あ、……これ、は?」
「最後までお仕事頼みますよ、風紀委員長殿」
説明はしない。っていうかできないし。スフィアの中に入ってるのは呪文と思われる、古代語の数々だ。ネットのそういうサイトを巡って集めた物で、たぶん、一個ぐらいは本物があるだろ。それも、彼女が自然に読み取っちゃうような攻撃呪文が。
一歩引いて反応を待つと、赤石さんは自分の右手と俺の顔を交互にゆっくりと見遣る。握らされた右手を一度開いて、握り直す。そうして持ち上がった彼女の顔は、いつも俺に見せることはない、風紀委員としての凛々しい顔だ。
「ふんっ。任せなさい、生徒会長」
直後、敵が雄叫びを上げた。よくもそんなに建物を破壊する程叫べるもんだ。ここが外だったら騒音問題で訴えられてるぜ。
「アンタもいい加減うるさいのよ、化け物だからってね」
振り向いた赤石さんは、腰に手を当てて堂々と立ちはだかる。敵が、校舎を破壊してきた魔砲の術式を構えていても、彼女は動じない。
「風紀委員ってのはね、学園の風紀を守るのが仕事なの。だから、学園をメチャクチャにしてくれたアンタは、委員長たるこの赤石真萌が、直々にぶっ飛ばしてやるわ!」
煌めく魔力が迸り、彼女の前に3つの陣円を創る。
「其は黒金の針 愚かしくは地の宴」
呪文が進むたびに3つの円が魔法陣へと書き換えられていく。
「彷徨い倒れたるに 傅き伏すを黄金」
完成した魔法陣は三角形を結び、円をなぞり、精霊の詠を刻み付けていく。
「断罪の火魔法、」
古代の魔法が、未知の獣に矛を向ける。
「“強かなる炎翼‐アウル・ジ・ヴォルカ‐”!!」
大魔法陣から黄金の魔力砲が解き放たれた。
「――――ッ!」
化け物も負けじと魔力砲を放つ。禍々しい、恐怖を纏った魔法。しかし、輝く光の前にそれは意味をなさなかった。黄金の魔砲は敵の攻撃を意にも介さず、それごと敵へと突撃した。衝撃と、破壊と、悲鳴が綯交ぜに轟き渡る。
やがて、それらは風船が割れて散るように、一際の光を放って爆散した。暴風は少なく、ただ光の粒を振り撒いて。なんとも呆気のない幕切れだ。
「……、終わった、の?」
化け物の気配はない。勿論、影も、形も。撃退成功、である。
「はい、終わったようですね。全員無事に」
赤石さんが振り向く。その視界に映る俺も、後ろの紀伊や城沢も、勿論赤石さん本人も、無事にここにいる。
「そ、か。は、あはは、なんか、すごかったね」
他人事のように力なく笑った赤石さんは、ふらぁ、と膝を折って地面に落ちる。それを慌てて駆け寄り、支える。
「マーちゃん!」
「マー!」
つもりだったんだけど、一足も二足も速く後ろの二人が先駆けて赤石さんを支えた。
「……まぁ、そうだよね」
彼女たちは友達なんだ。バカすんな、とか、無茶して、とか文句いって、でも互いに涙を流して、抱き合って、ぐしゃぐしゃに頭を撫でて。命と、想いを確かめ合って。
「取り敢えず、ハッピーエンド、ってことで」
あーあ、早く帰って休みてー。




