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海老怪談  作者: 海老
8/45

勉強

創作です

 フォークリフト技能講習の際に知己を得た春日氏の話。

 長く解体業に従事していた春日氏は、日に焼けた肌と現場で鍛えられた細見ながらワイヤーを束ねたような強靭な肉体の持ち主だ。

 転職後はユンボに乗ることもなく、フォークリフトが主になったため技能講習を受講するに至ったそうだ。

 解体業を辞める経緯になった話である。



◆◆◆



 解体業は建物を安全に解体することを請け負う。

 古い家屋や曰くのあるマンションなどを幾度も手掛けてきたが、一度として怪奇なことには出会ったことがない。

 取り残された仏壇、梁に釘付された市松人形、壁に囲まれた隠し部屋、意味の分からないモノにも長く続けていると出会うことはあった。だが、それらにまつわる怪奇で妖気漂う事態にはお目にかかったことがない。

 怖いというなら、解体を依頼しておいて金も払わずに行方をくらます施工主や、騒音で口うるさくクレームをつける近隣住人の方がよほど怖い。

 お化けの存在などはなから信じない。

 そんな春日氏が今では怪奇に囚われ続けている。




 それは、個人経営の学習塾を解体した際の話だ。

 Y川の近くの、閑静な住宅街での出来事である。

 潰れて講師が首を吊った学習塾なら曰く付きだが、その学習塾は生徒数の増加から別にテナントを借りたことによる移転である。

 長く土地を貸していた地主は、必要なくなった塾の建屋を更地にして駐車場にするという話だ。

 いつものようにユンボを操作する春日氏の解体作業は進み、後は土台である基礎部分を撤去するだけになった。

 瓦礫の撤去をしていた若手たちが何やらざわついている。

 基礎部分に小さな割り箸製の神社があったとか、犬の頭があったなんていうのは、無い話ではない。

 何事かとユンボを降りた春日氏が近寄ると、あったのはビニールで梱包された朽ちかけたダンボール箱だった。

「なんか変なもんあったんか」

 若手の作業員がこういうもので騒ぐというのはよくあることだ。

「春日さん、なんや出てきたんですけど、捨ててしもてええんですかね」

 困惑顔の作業員が指差したのは、ダンボール箱の中に入っていた紙切れだ。

「なんやいな」

 通知簿と、テストの回答用紙。

 紙の質感からしてかなり古い。誰かのテスト用紙だった。春日氏からすれば二十年以上もご無沙汰の、帰ってきたテスト、のそれである。

 全てに採点がほどこされていた。

 あまり成績はよろしくない生徒のものらしい。

「こんなん個人情報とかなるんちゃいますの?」

「せやかて、ごっつ古そうやし、この子ももう大人なってるやろ。処分でええんちゃうか」

 ダンボール箱に詰め込まれた回答用紙はどれも低得点だ。

 子供特有の未成熟さを感じる文字でX=8なんて書かれている。

 ふと懐かしくなって通知簿を手に取った。これは学校のものなのか、開くと点数の横に先生からの通信欄があった。よくよく嫌なことを書かれて母親に怒られたもんだと苦笑して目を移す。

『あなたは卒業です。成績は芳しくありませんが努力は認めます。それだけ努力したのですから、もう勉強は休んでもいいでしょう。十二年間も努力しました。普通の人の何倍も努力しています。先生は卒業を認めます。今までありがとう。さようなら』

 神経質そうな、いかにも教師らしい文字だった。

 その下に、鉛筆で子供の文字が書き足されている。

『もっとべんきょう』

 意味は分からないが、背筋に寒気が走った。

 ダンボール箱いっぱいのテストの回答用紙。通知簿らしきものもたくさん詰め込まれていた。他の通知簿にも、似たようなことが書き込まれていた。

「あ、やっぱり個人情報みたいやから燃やそか。そこの河原んとこで燃すわ」

 現場で火を使うのは問題があったのだが、残しておくべきではないと感じた。

 他の作業員たちは常ならぬ春日氏の様子に、訝しみながらも止めることはなかった。

 Y川までダンボール箱を運び、そこで燃した。

 古くなった紙は、脂っぽい嫌な臭いのする煙を吐きだして、閉口した。

 灰は全て川に流した。

 火の始末の後、河原から踵を返そうとして川からこちらに向けられる視線に気づいた。

 いやに古い、春日氏が子供の時に見かけたようなスタイルの女の子だ。朱色のランドセルを背負っている。

 子供のころ、親に幻滅した時に自分がしていたような、大人びた視線だった。川の流れの上に立つ少女から逃げ出す。

 現場に帰ってからは、口を噤んで急ピッチで作業を進めた。

 それから、特に何事もない。

 ごく稀に、街中のいたるところでテストの回答用紙を見つけるようになったことだけだ。名前で、それと分かる。




◆◆◆



 解体業を辞した春日氏は、現在は再生紙を扱う製紙工場に勤めている。

 紙は重いので、フォークリフトは必須技能だ。

「いつでもな、放り込めるようにしとるんや」

 言って、春日氏は力なく笑った。


創作です

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