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海老怪談  作者: 海老
6/45

カナコ

歌詞の著作権は切れています。

 この話に関しては、怪異とは呼べない。

 怪談と銘打っているからには、人間が一番怖いというオチはつけたくない。しかし、この話における偶然は奇妙であるので紹介しようと思う。


◆◆◆


 野崎はスケコマシである。

 野崎との出会いは十数年前なのだが、この当時からコマシの野崎と言えば仲間内では有名だった。

 野崎という人物がどれほどのスケコマシだったか、例を挙げていこう。

 最高十七股を達成。

 女たちからスーパーカー(平べったい外車)を共同でプレゼントされる。

 母親より年上の女と付き合う。

 勝手に婚姻届を出されるも、既に過去の女性が婚姻届を野崎に無断で提出済。戸籍上の妻の素性が分からない事態に。

これは憚りなく書けるレベルの逸話であって、リアルな所では相当に酷い人物であった。

 ただ、不思議なことに人間的魅力はあって、男女問わず周りに常に人がいる。筆者もその取り巻きの一人であった。



 野崎がカナコと出会ったのは男だけの飲み会で訪れた居酒屋の席である。

 ミナミの海鮮居酒屋で男だけで宴会をしたのだが、他の参加者が酔い潰れる中で野崎はアルバイトのお運びさんであったカナコと連絡先を交換していたのだ。

 カナコという女は、所謂ところの男好きのする女だ。

 顔は十人並だが、愛嬌があって肉付きが良い。女性からすると太っている範疇だが、男からすると丁度良いというアレである。

 残念なことに筆者はカナコの顔を覚えていない。

 野崎がこのようにしていつの間にか女とねんごろになっているのは当時の仲間たちからしてもよくあることだったので、皆「またか」という思いしかなかった。

 それからしばらくは、皆カナコという女に対してそこまでの注意を払っていなかった。



 野崎が変わったのはカナコと付き合いだして三月も経ったころだ。

 女の影に埋もれているような有様だったのが、一人減り二人減りという具合に、超人的ですらあったコマシぶりがなりを潜めるようになった。

 野崎にも変化があり、女性上司とねんごろになって雇ってもらっていた飲食店のバイトを辞めて、広告屋に転身した。

 広告屋と言っても、スポーツ新聞などに掲載する風俗店の広告専門である。高額な歩合に比例してノルマも客付き合いも非常に厳しいものだった。

 ミナミの喫茶店で久しぶりに会った野崎は、憎めない独特の魅力が薄れていた。

「海老やん、呼び出してゴメンな」

 珍しく野崎から呼び出されていた。プライベートの九割は女のために使っていた彼が、差向いで会おうというのは珍しいことだった。

「ええけど、それより就職おめでとうな。なんや真面目になったんやろ」

「いや、それやねんけどな。ちょォ聞いて欲しいねん」

 野崎は言い辛そうに口を開く。

「あのな、カナコと海老やん会ったことあったよなあ」

「いや、ないで」

「え、嘘や。前にみんなに紹介したやん」

「その日ィ、行かれへんようなって欠席や」

 カナコ女史と会える機会は何度かあったのだが、筆者は折が悪く会えずじまいでいた。

「せやったっけ。あのな、海老やん怖いんとか得意やろ」

「得意ではないけど好きではある」

「カナコな、俺になんか怖いことするねん」

「なんやエロい話なんちゃうのんそれ」

「ちゃうわ、アホ。せやなくてな、今カナコと住んでるんやけど……」

 以下、三か月の間に野崎の身に起きていた話である。



 野崎の部屋にカナコが居ついたのは付き合いだして三週間目のことだった。

 自宅に女がいるというのはスケコマシなら当たり前と思うかもしれないが、野崎の場合は女の部屋を渡り歩くような生活をしていた。自宅には月に十日も戻らないといった有様なので、掃除やらをしてくれるカナコの存在は有難かったという。

 カナコと初めて寝たのも、自室だった。

 生来寝つきの良い野崎は女より先に眠ることが多い。そして、朝までぐっすりが常だ。

 カナコと寝ると決まって目を覚ます。

 寝苦しさに目を開ければ、金縛りにあっている。

 助けを呼びたいが、声を出すどころか指一本動かせない。

 暗闇に目が慣れてくると、カナコが正座して野崎の腹を見つめているのが分かった。

「こんなにたくさん」

 カナコのぷっくりとした指先が野崎のへその穴に伸びる。

 ぐいぐいと突き入れられる指の痛みに声を上げたいが、体の自由は戻らない。

「むーすーんでーひーらーいーてー」

カナコは童謡を歌いながら、野崎のへそをいじくる。

 痛みはどんどん強まる。やがて、叫び出したいくらいの痛み、野崎曰く、化膿した吹き出物を一気に絞り出した時の百倍の痛みが走った。

 目の前がホワイトアウトするような痛みの後に、不思議な光景が待っていた。

 野崎のへそから何本もの白いヒモが伸びていて、カナコがそのヒモをいじくっている。

「むーすーんでーひーらーいーてー、てーおーうってー、まーたひらいてー」

 あかん、やめろ、それは結ぶな。

 カナコの手の動きは、恋人にネクタイを締めてあげる姿に似ていた。

 いつのまにか痛みは消えて、童謡が子守歌代わりになって安らかな眠りへと誘われる。だが、どこかで寝てはいけないとも思っている。

 野崎はいつも寝てしまう。




「どない思う? なんやろ、ちょっと変な感じやろ」

 その後、野崎は徐々にスケコマシである自分を厭うようになった。

 不義理な関係は少しずつ清算していき、今では四股に落ち着いている。

「ああ。うん、なんやろね。でもまあ真面目になってるんやったらええんとちゃうんかな」

 筆者は目が疲れてしまって、何度も眉間を抑えていた。

 不気味さに寒気がしていたが、それを野崎に伝えるのは酷に、いや、伝えてはいけない気がした。伝えると塁が及ぶ気がしたのだ。

 目の前がちらちらとして、どうにも目が痛い。

 筆者は斜視であるため、目が疲れるとロンパリの状態になる。そして、眼球が通常は移さない角度をとらえてしまって目に影が過ぎりひどく疲れるのだ。

「せやな。確かに不義理したんは悪いと最近思うようなったし。なんや海老やんの好きな怖い系やろ。教えたろ思ってん」

「ははは、ありがとな。アレやろ、罪悪感みたいなんで変な夢見ただけちゃうか。カナコさんとは本気みたいやし」

 野崎は顔を引き攣らせてからどこか卑屈な笑みを浮かべた。

「ははは、どやろな。ほんまはカナコも連れてこよう思ったんやけど、携帯の調子悪くてつながらんかってん。××の電波ほんま悪いな」

 十数年前は今と違って電話会社によって繋がりにくい地域というものがあったのは確かだ。

「そうか、顔見たかったんやけど」

 会ってはいけない気がしたが、そう言っておいた。それ以上に、ここで会話しているのもひどく良くない気がする。

「ああ、ここは俺が払い持つわ。真面目になった祝いや」

 借りを作ってはいけない気がして、話を切り上げた。

 目が痛む。

 その後、会おうとする度に都合がつかず、野崎との縁は切れてしまった。


 

 野崎はカナコ女史以外の女性との関係を清算した。

 別れ話のエピソードは壮絶で、包丁で太ももを刺される、ヤクザみたいな連中を呼ばれる、自殺未遂、他にもここでは語れないようなことがあった。

 野崎の件の悪夢は続いた。

 先日、野崎夫妻から結婚を知らせるハガキが届いた。

 きっと、野崎の持つ縁だとかそういうものを『結んで開く』のに十年以上の歳月が必要だったのだろう。

 筆者と野崎の友人としての縁は、彼らが結婚して再び結ばれた。

 届いたハガキには新郎新婦の写真が印刷されていたが、カナコ夫人の顔はインクが溶けたようになって確かめることができなかった。



◆◆◆


 斜視のせいでつかれると変なものを目にすることがある。

 もちろんだが、それは目の錯覚であってオカルト的なことではない。

 例えば、それはひどい火傷でズル向けになった右手であったり、つま先だったりするが、斜視のおかげで拾った色彩が混じり、そのよう勝手に脳が再生しているだけだ。ホラー映画、特にゾンビ映画好きなためにそういうイメージで捉えてしまうのだろう。

 なんにしろ、ここまで会えなかったり顔を見れないというのは、筆者とカナコ夫人との相性が悪いということであろう。


 このように縁が無いというのも珍しい話だと思うため、本来の趣旨から外れるがここに記すことにした。


歌詞の著作権は切れています。

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