ひいいいいいいいいいいいいいい 1
趣旨から外れています
『ひいいいいいいいいい』
そんな悲鳴を夜半に聞くのが常だと、橋本氏は語った。
橋本氏がかつて住んでいた町は、なんだか奇妙なところだ。
見た目は普通なのだけれど、怪奇現象に類する噂が多い。
関西でも非常に有名なランドマークのある場所であるため、詳細は伏す。だが、その近辺の方なら、あそこか、と分かる方もいらっしゃるかもしれない。
橋本氏が悲鳴を聞くようになったのは、物心が着く前だ。
その町の、建売住宅が8つばかり並んだ区画に彼の生家はあった。
どこにでもある、同じような住宅の並んだ小路は、駅から少し離れた一画にあった。
都市の整備計画から漏れて長年放置されていた半端な空地を住宅地としたものだ。
件の悲鳴は、毎日のために夜になるとそういうことがあるものだと、特に不思議にも感じていなかったそうだ。
レコーダーで録音した橋本氏の話を記す。
夕暮れの時間帯だと思う。
まだよっつかいつつくらいの時やな。
近所に歳の近い友達おらんかったから、一人でよお遊んでたね。
遊ぶいうても、家の近くに空地っていうか、フェンスで囲いがしてあっていかれへんようになってる空地があるんよ。そこにもぐりこんでね、虫とりしたりしたな。
うん、そこな、フェンス超えたらちっちゃい空地で、その先にもう一つフェンスあるねん。有刺鉄線つきのやつ。子供には越えられへんやつ。
んでまあ虫とっててんやけど、夜に聞いてた悲鳴な、あれのちっちゃいんがその先から聞こえてきて、なんとなく見にいこう思ったんやけど、やっぱりフェンス超えられへんやん。
そんでな、そん時は諦めてたんやけどね。
虫とってたらたまたまな、端の方に隙間みつけてな、トタンみたいなんで隠してあったんやけど、子供でも引っ張ったら取れてよ、誰かがペンチで開けたんか穴があいとって、そっから入ってみてんな。
何があるんかなあ、思ってね。
冒険気分やったな。
レコーダーの録音が途切れていたため、ここからは小説として記す。
お話を伺ったのが少し前になるため、記憶が定かでない部分は小説として補完していることを先に申し上げておく。
フェンスの先には公園があった。
公園とはいっても、錆だらけのブランコと朽ちかけたシーソーがあるだけの、遊具だけが設置されている廃墟のようなものだった。
橋本少年曰く、とても古いものだと思った、そうである。
声はさっきよりもはっきりと聞こえていた。
『ひいいいいいいいいいいいいいいいいい』
声のするところはどこかと捜してみたら、プラスチックのケースのようなものから声がしている。
なんだろうかと行ってみて、それを開けた。
人間の頭だった。
女の子だ。
どうにも古いもののように思えた。
本来首のある部分には、小さすぎる身体があった。頭そのものよりも小さな人形のような身体だ。
ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
お化けだと思って逃げ帰ったそうな。
そのことを両親に話すと一笑に付されたという。
それからしばらくして、両親は引っ越しを決めた。
数年前に両親に会った際にその話になったのだそうだが、父は顔を強張らせて「そんなことはなかった」と言い、母も口を閉ざした。
何かがあったのは分かるが、それ以上は聞けずじまいであった。
厭な話だな、と思う。
橋本氏は、このお話を伺った際に、今も聞こえるのだと言った。
側溝の中であったり、押入の中であったり、オフィスの机の引き出しであったり、コンビニのバックヤードであったり、様々な時に耳に飛び込んでくる。
「そろそろね、なんとかしてやらな不味い気がするんよ」
と、橋本氏はどこか諦念の漂う顔で言った。
どうにも悪いもののような気がした。
筆者の携帯に間違い電話があった折、「いえ、違いますよ」と言っている時に相手の「間違えました」という返答の背後で「ひいいいいいいい」という声を聞いた。
今まで数限りなく厭な話を聞いて回ったが、背筋に嫌な汗をかいてケツまで痛くなったのはこれが初めてである。
今まで人から話を聞くということに対して、縁起かつぎにしてもお祓いなどにいったことは一度も無い。
筆者は初の限界を感じて、カナコ女史に連絡をとった。
趣旨から外れるのは承知の上だが、次回はその顛末を語ろうと思う。
趣旨から外れています




