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海老怪談  作者: 海老
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干物

つい最近の話。



 筆者は色々な仕事をしていたが、吐き気を催す仕事というものをしていた時期がある。

 たくさん恨みを買ったという思いがあるため、まともな死に方ができるとは思っていない。

 数万円という金額で人は人を殺してもおかしくない。



 沖野氏とは、そんな仕事の中で出会った。

 その昔、そこそこの規模の物流会社を経営していたが、沖野氏は経営に失敗して全てを失った。

 沖野氏を使う仕事をしたのだが、最終的にはやや汚い仕事もできない状態になり、筆者も手を引かざるを得ない状況になった。

 今から八年前が、一度目の再会である。


 地元に帰った折のことだ。

 昔懐かしい駅はすっかり寂れていたが、それなりに酒を飲む場所は残っていた。

 友人と会い、酒を飲む。

 すっかり酔って、夜道を歩いていると地べたに座り込んで酒を飲んでいる初老のカップルと行き当たった。

 二人は汚らしい身なりで、女の方は異常な厚化粧とギラギラした服装でまともな者ではないとすぐに見て取れた。男はホームレスだろうか。すぐにそれと分かる。

 無視して通り過ぎようとした時、女がこちらを指差した。

 女は、近くで見れば老人だと分かった。

 入れ歯もしていないすぼまった口。白粉を塗り過ぎた貌は不自然に白く、真っ赤に塗られた唇は蛭のようで、不快だ。

「なあ、海老やんやないか」

「あ、なんやお前」

 とりあえず蹴ろうかと思ったが、名前を知られていたのでその足を止めた。

 このように書くと乱暴者か無法者のように聞こえるが、この手の人間に甘い顔をしてはいけない。触れようとしてきて逃げたりすると、彼らは突然凶暴な獣に変わる。

「お、おれ、沖野やで、おきの」

 男は慌てて名乗った。怯えの混じる猫撫で声だ。

 何か話したいことがありそうだったが、関わり合いになるのはゴメンだった。

 とりあえず、ポケットに入っていた小銭を押し付けて、「煙草でも買えや」と言って立ち去ることにした。

「おおきにな。俺な、アレと結婚すんねんな」

「話しかけてくんなや。勝手に結婚でも葬式でもしとけやアホンダラ」

 言い捨てて、そのまま筆者は振り返らずに歩いた。

 女が何か甲高い声で叫びだした。

 通りの少し先で、警察官がこちらをじっと見つめている。

 後ろの騒ぎを無視して、タクシーに乗り込んだ。

 タクシーが発車して、窓の外を見ていると警察官と目があった。厳めしい顔でこちらを見ていたのが記憶に残っている。




それから、筆者と沖野氏の縁は八年間切れていた。

 もう会うこともないだろうと思っていた。



 再会したのは、会社の同僚と酒を飲みにいった折のことだ。

 地元駅前の居酒屋からスナックへ梯子をして、深夜の三時である。


 自販機の前で座り込んでいるホームレスらしき男である。

 同僚と共に、通り過ぎた。

「ああいうん警察がなんとかせえやなあ」

 と、同僚が言う。

「ん、そやな」

 筆者は異様なものを見ていたために、反応が遅れた。

 あれは紛れもなく沖野氏で、胸に位牌を抱きしめて、寒空の下で眠っていた。垢じみた服と顔。金が一つも入らないタイプのホームレスになってしまっているようだった。

 あの位牌と、妖怪じみた老婆の関連を連想して、少し酔いが醒めた。

「きったないシワシワのババアとあんなとこで乳繰り合うなや。ゲロ吐くかと思ったわ。コッワいしキモいわ。警察に電話したろかな」

 いやに饒舌な同僚の言葉に、筆者はまず振り返った。

 自販機の前でうずくまる男は、位牌を抱いてこちらを見ていた。

「次の店行こうや。朝までな、朝まで。おごるわ」

 明るくなるまで、一人ではいたくなかった。

 同僚にはあれが老婆に見えていたか。

 筆者がおかしなものを見たのか、それとも同僚がおかしなものを見たのか。

 今も、その真偽を確かめる勇気は出ないでいる。


そうさくです

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