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海老怪談  作者: 海老
3/45

ぐうる

創作です

 数年前にキタのニューハーフバーで聞いた話である。

 ゲイや女装趣味者向けの店舗というのは少なからず世にあるが、一時期のブームが去ってからは極一部の区画に集まるようになった。

 大阪で筆者がたまに行くのはキタ、梅田の泉の広場近くにある堂山町という一画である。

 たまたま隣り合った方に伺った話なので、今回記す内容以上の詳細は分からない。

 興味深い内容ではあるため、ここに記す。


 ニューハーフであるOさんがママを務めるボックス席一つとカウンターだけの小さな店だ。

 その界隈では素人でも入れるということで、客層は雑多である。

 女装子と呼ばれる女装趣味者からごく一般の人まで、特に垣根無しで来店できる。

 早い時間に飲みに行ったためか、カウンターにノーマルなカップルと一人客がいるだけで、なんとはなしに隣り合った荻野氏と話すことになった。

 荻野氏は日に焼けた肌を持つ男性で、逞しい胸板と丸太とはいかないまでも屈強な体躯を持つ三十才くらいのいかにも男らしい印象を受ける方であった。

 聞けば、総合格闘技を嗜んでいるという。

「怖い話、お化けとか幽霊とか、ストーカーとかも好きなんですよ」

「そらまた、変なもん好きなんですな」

 荻野氏は面食らった様子ではあったが、にっこりと微笑んだ。人懐っこい笑みだ。実にモテそうである。

「私ね、お店やってたんです。ここやないですけど、神戸の辺りで」

 荻野氏が語ってくれたのが以下の内容である。


◆◆◆


 荻野氏が経営する居酒屋はガード下と呼ばれる区画にあった。

 そう大きな店ではないが、そこそこ繁盛していたという。

 居酒屋というのは揚げ物が人気メニューであることが多い。荻野氏の店もその例に漏れず、肉じゃがコロッケや揚げ出し豆腐は定番の人気メニューだった。

 揚げ物というのは油を使う。

 一人で経営する小さな店ならフライパンで作ってもいいが、荻野氏の場合はそれで回せる規模ではないため、フライヤーを投入していた。

 フライヤーというのは高機能な揚げ物専用機だ。ハンバーガーショップでポテトを揚げる機械だと思ってもらえればいい。

 このフライヤーだが、便利だが油の入れ替えや掃除が大変な代物である。

 筆者も学生時代に居酒屋でバイトをしたが、フライヤーの掃除は特に大変であったことを覚えている。

 週に一度油を抜いて掃除をし、抜いた油は廃棄する。

 この廃油であるが、この店ではテナントを運営する鉄道会社の指定したゴミの集積所に一斗缶を置いていくことになっていた。

 共益費の支払いでその処理を請け負ってくれることになっていて、店としては気軽に処理ができて助かっていたという。

 ただ、このゴミ集積所が出るのである。

 料理人もバイトも廃油を一人で持っていくのを嫌がった。

 大の男が二人して怖がる姿は男らしいキャラクターで売っている荻野氏には到底許せないものだったという。

「キミら、そんなん怖がってどないするよ」

「でも、あそこなんや変なヤツおることあって嫌なんですわ」

「なんやお化けなんかおる訳ないやろ」

「そんなんやないんです」

 普段から、荻野氏に負けず劣らずだという男らしさを持つ料理人が沈痛な面持ちでそう言った。

「やったらなんやねんな」

「いや、なんか、ホームレスっちゅうか、モンスターっちゅうか」

 歯切れは悪かったものの、料理人とバイトはその内容を語ってくれた。

「ゴミ出しにいくやないですか。たまに生ゴミとか袋破られたりしてて動物の仕業や思ってたんですけど、たまに白っぽいヤツがおるんです。だいたいこっち気づいたらばって逃げてくんですけど、なんや見たらごっつ怖いんです。それに、あの白っぽいのがこっち来たらと思ったら怖くて一人やったら無理です」

「アホなこと言いな。キ×××なんかに大の男がビビってどないするんよ。そんなん不審者やないか。管理会社にも文句言うたらなあかん」

 怒鳴りつけてやろうかとも思ったが、不審者がいるとなるとお化けどころの話ではない。実際、夜の街で酒を扱っていると不審者の類というのは珍しいものではない。

 不審者と言えば軽く聞こえるが、その大半は薬物中毒者だ。何かあってからでは遅い。

「とりあえず、明日管理会社に連絡しとくわ。二人で行くのんはええけど、今度見かけたら警察に通報するんやで」

 二人は納得してない様子だったが、はいと返事をした。

 荻野氏にとっても不審者の話は初耳である。

 お化けならそんなもんおらんと言えたが、不審者ともなれば話は別だ。

 後日、管理会社には連絡したが『警備巡回を強化します』という気の無い返事しかもらえなかった。

 その後もゴミ出しは複数という暗黙の了解は続いた。



 休みの日であった。

 経営者である荻野氏はストレス解消のために月に一度の休みは趣味に没頭することにしている。小さいながらも成功を治めたのもそういうメリハリによるところが大きいと自負していた。

 夜半、さんざん酔っぱらってタクシーに乗ったまでは覚えていたが、気が付いたら店の近くで降ろされていた。

 飲みすぎたため気分が悪く、とにかく水が飲みたい。が、遊びに行く時の姿のままで店の近所で醜態を晒すのはいかにも外聞が悪い。

 べろべろに酔っていてもそのくらいの分別はついた。

 室外機やビールケースの積まれた裏口までの道を身を隠すように進み、とりあえずは店に入って休もうと考えた。

 ふらふらした足取りで進めば、件のゴミ集積所の前に通りかかった。

 集積所はいや明るい照明が灯っていて、ダンボールやゴミの饐えた匂いの満ちる寂寥とした光景を照らしていた。

「馬鹿みたい」

 ぽつりと口に出して荻野氏は言った。

 これだけ照明がついていれば、不審者をモンスターに見間違えるなんてありえない話だ。恐怖心というのが何事をも見誤らせるのだろう。

 と、そんなことを思っているとこの饐えた臭いを嗅いだためか気分が悪くなった。せり上がるものを抑えられない。

 吐く場所を探せば、マンホールが半開きになっていた。悪いとは思うが、その辺りにぶちまけるのよりはマシだと思えた。


 ああー、あかんわー。店の近所で吐いてしもた。情けないわぁ。衣装汚れてしもたらどないしよ。


 なんとか全部吐きだしたと思ったその時、背後から何かが覆いかぶさってきた。

 荻野氏は最初強盗かとも思ったが、そうではない。こちらの持つ鞄を狙う動きではなかった。

 床に引き倒され、背後から生臭い匂いのする吐息がかかる。

「どおりゃあああぁ」

 荻野氏の闘争心に火が点き、咆哮した。

 ひるんだ相手が力をゆるめた瞬間に向き直り、その顎にさざえの如き鉄拳を叩き込む。

 格闘技に費やした血の滲むような努力が実った瞬間だった。マウントを取られていながらも、正確に相手の顎を打ち抜いた感触があったという。

「なんや、お前」

 相手に向き直って、茫然と荻野氏はつぶやいた。

 襲いかかってきた相手は、白というよりは汚い灰色の肌をした人間のような形をした生き物だった。灰色の肌は皮膚病で毛の抜けた犬そっくりだったという。

 耳まで裂けた口にも犬じみた牙があった。

 全裸の怪物の股間にあるペニスはそそり立っていた。しかし、荻野氏と見つめあう形になって見る見るうちにそれは萎んでいく。

「びゃっしなん」

 怪物は意味不明の叫びをあげて逃げ出した。

 凄まじい速さで飛びあがると、マンホールの中へ吸い込まれるように消えた。

 なんだか、スーパーマリオが土管の中に消えていく時のようだった。

 



◆◆◆



「そういうことで、モンスターはいるんですよ。失礼なヤツですけど」

 荻野氏は語り終えて、鞄から一冊のアルバムを取り出した。

 アルバムを開くと、荻野氏は照れ臭そうに笑いながら一枚の写真を指差す。

「これ、その時の衣装です。後ろ姿は自信あるんですわ」

 そこには、ミニスカートを履いてスーパーモデル風にキメた荻野氏がポーズを取る姿があった。

「今日はこの後用事あってこんな格好ですけど、海老さんとも前にこっちの姿でお会いしてますよ」

 なんとも驚いた。

 が、その怪物とやらはもっと驚いたに違いない。

 怪物を魅了した後姿に荻野氏はいたく自信を持っている様子であった。



 件のゴミ集積所は今でもある。

 荻野氏がバイトの女の子がホームレスに襲われそうになったと通報してから、マンホールの上に巨大なコンクリートブロックが何の説明もなく設置された。

 その後、怪物の噂は立ち消えたという。


創作です

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