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海老怪談  作者: 海老
24/45

未確認飛頭蛮

不条理であり怪談とは言えません。

また、この話は創作ですが、責任は持ちません。

飛ばし推奨です。

 UFOの話が嫌いである。

 訳が分からないし、お化けとも結びつくし、何とも業が深くて優しさの欠片も無いUFOの話は嫌いだ。

 今も耳鳴りがする。

 とにかくUFOにまつわる話は嫌いなのだ。そこはかとなく漂う無敵感も嫌な特徴の一つだ。

 さて、本作海老怪談もそこそこ話数を増した。

 やってない怪談は何かな、と考えて無意識にUFOを避けていたことに気づいた次第である。




 カガミ氏に聞いた話。

 カガミ氏はチャネラーである。

 大型掲示板の常連ではなく、チャンネルを持つ者という意味でチャネラーである。はて、チャンネルとはなんぞやとなるのだが、それは別次元や高次元に対するチャンネルであるということだ。

 カガミ氏とはインターネットで知り合った。

 オカルトホラーの好きな筆者だが、ニッチな世界にも派閥のようなものがある。

 筆者が好きなのは怪談だけであり、正直なことを言えばオカルトに対する知識というのは怪談を愉しむために覚えたものでしかない。

 オカルト好きな方と仲良くなると、その手の話になるのだが、筆者にとってはオカルトの神秘というものは重要ではないのだ。それに、霊的なものは人間の尺度で測れるとは、今までの見聞からも到底思えない。

 カガミ氏は、「○○の理論」のような小難しい話もできるが、筆者のような者にも寛容なチャネラーであった。

 オフ会は二人きり、ミナミで飲むことになった。



 オカルト好きとはいえ、それだけでは話題は尽きてしまう。

 うどん屋で鍋を囲み、日本酒でほろ酔いになった後は、ショットバーで酒を飲む。

 カガミ氏は茶髪の男性で、多分年齢は30歳に届くか届かないか。遊び人風の風体である。

「いやあ、おもろいなあ」

 カガミ氏は話上手で、昨年までホストのナンバーワンだったという。どこまでが本当か分からないが、なんとなくそれも似合うな、と思える人だった。

「海老さんも十分面白いですやん」

 と、人を喜ばせるのも忘れない。

 初めて入る店で異様に盛り上がる男二人組に、バーのマスターは「なんだこいつら」という顔をしていた。

 筆者はマッカランを、カガミ氏は焼酎のロックを頼んだ。

「カガミさんは、なんでチャネラーなりはったんですか」

「ん、まあ、ホストやってる時のお客さんに教えてもらったんですわ」

 ホストというのは不安定な職業である。

 闇の深い話には事欠かないのだが、それは省く。

 多少の脚色があることを先にお断りしておく。




 熱帯夜のある日、カガミ氏は追い込まれる寸前だった。

 売り上げが伸び悩み、後輩に追いつかれそうだ。序列というのは男社会で重要な意味を持つ。

 とにかく一人でも多くの客を見つけねば。

 ふりと入った一見の客についたのも、チャンスを逃さないタメだ。

 中年の女だった。

 異様な匂いの香水、後で知ったが麝香をつけた女である。

 買い物に来た主婦のような、そんな服装だった。

「カガミショウセイです」

「素敵な、あなた」

 中年の女は、言うがままに金を吐いた。ツケのバックレになるとヤバいと思って、早々の所で切上げる。

 女は現金で20数万円を支払って店を出た。

「またくるわね」

 と、にこりともせずに言った。

 今でも不思議なのだが、その時にどんなことを話していたか覚えていない。

 その後、女はSと名乗り、三日に一度は店を訪れるようになった。



 ホスト仲間たちから距離をとられるようになった。

 独立を目論んだホストが店に潰されるというのはよくある話で、そんな時に同僚たちはするりと逃げていくものだ。今まで、そんな者を何人も見た。

 後輩の新人ホストを捕まえて、探らせれば、シャブをやっているという噂があった。

 違うと何度も言ってアピールもしたが、仲間たちは離れていった。きっと、誰かがハメようとしている。

 客までが少しずつ離れていく。

「ちょぉ、話あるから来いや」

 と、代表(店長)に別室に呼ばれた。

「お前、シャブやっとるんか?」

「やってないスよ。誰かがハメようとしてんじゃないっスか」

 実際に薬物なぞやっていない。

「いや、お前、あのSって客と、変な言葉喋ってるやろ。正気や言うんやったら、毎日これでションベンとれや」

 店長の差し出したのは薬物検査キットだった。

 どうやって手に入れたのかは知らないが、海外の警察で使われているものなのだそうだ。

「変な言葉ってなんスか」

「あのな、後輩が携帯で録音してんねん。ちょっと聞けや」



S「パカラピミリポン・キキ・サンドーン・シシ・マ・ワク」

カガミ氏「ポケ・ノノ・クシンタ・キキリノノワラ」


 このような会話と呼べないものを笑いを交えて言い合っている。

「なんスか、これ」

 自分の声、Sの声。

 背筋が寒くなった。

「お前とSの会話や。他の客まで薄気味悪い言うとるし、お前、たまにこの変な言葉で独り言だしてるぞ」

「え、マジですか」

 同僚たちの視線の意味にも気づけた。

 代表の前で小便をして、その場で薬物をやってないことは証明されたが、毎日誰かの前で小便をして潔白を証明することになった。



 次の日、Sが来た。

「あの、Sさん、言葉が」

 と、ホストの顔をやめて素でSに話しかけた。

「外で会いましょう」

 と、一口も飲まないのにボトルを入れて、Sは帰った。

 Sから渡されたのは、液晶が白黒の古い携帯電話だった。

 仕事にも身が入らず、まんじりともせず朝を迎えて、店を出る。

 鳴った。

 珍しくなったピピピという音。

「もしもし」

『キケラ・パリピ・リンクラナン』

「はい、分かりました。そっちいったらいいんですね」

 知らない男の声で、そこから三駅ほど離れた駅を指定される。

 電車で移動して、小さな駅を出て、また電話が鳴る・

「もしもし」

『テーラ・マットス・トト・リーフラタン』

「パン・シャッスナ・キセ」

 電話で言われた通りに振り向けば、黒い軽トラックが泊まっていた。

 運転席にはSがいて、荷台には太った女と右腕に龍の刺青を入れた逞しい肉体の男がいる。

 言われるがままに助手席に乗り込んだ。

 途中、牛丼チェーンで朝定食を食べてから、古いラブホテルへ向かった。



 ラブホテルは和室だった。

 ベッドの上では若いカップルが絡み合っている。

 必要なことだというので、そのままにして話し合った。

 なるほど、と目から鱗のような内容だった。気づかないだけで、誰でもが触れているものなのだ。

『カガミくんは、仲間になれる素質があるよ』

『なります。マジですげえ』

 というような会話があって、聖体をもらった。

 もったいぶった名前だが、その昔はそういう風に呼ぶことでありがたがっていただけで、本当は通信機の一種なのである。

 炊飯器で炊きたての聖体は、我慢すればなんとか食えるというものだった。皆ががんばれと声を合わせてくれたという。

 これからは、新たなカガミとして生きていく。

 決意を新たに仲間たちと別れて、家に帰る。



 何度も呼び鈴を鳴らす音で目が覚めた。

 ドアーを開けると、いかつい目つきの悪い二人の男。

「警察です。この容疑やけど、任意同行してくれる?」

「パピリ・ポラレ・ココッテシ」

「なんや、お前シャブでも食うとるんか。尿検査な。あと、どう、来る、こおへん? どっち?」

 無実を訴えたが、あえなく捕まり、拘置所に移された。


 拘置所では、毎日、真夜中にSたちがやってきて、差し入れをくれた。

 聖体もあったが、おやつもあった。

 病院に移されても、みんなはきてくれた。

 無実なのに、言葉が、意志が伝わらない。かわりになかまたちのこえはよくきこえるようになってきた。



 病院で眩暈を起こして倒れた。

 ずどんという衝撃が体内に走って、空からの情報を受信した。

 世界の一端を受け入れた感覚に、のたうちまわって射精した。


 みんなの差し入れのおかげで、もう少しで完成する。チャンネルが開く。


「あんた、なにしてんの? ちゃんとせんとあかんで」

 年かさの看護婦に、深夜言われた。

 寝たふりをしているのに、バレてしまい、焦る。

「ほんまに、訳のわからんもんに変なことされて。人を騙して平気で汚い生き方しとるからそんなことになるねんで」

 あまりの言葉に、言い返す。

「セックラ・フォンナ・ミシミシト」

「人の言葉で喋られへんようなって、なにしとんのや」

 看護婦は、ポケットから煙草を取り出して、くわえた。ジッポーライターで火を点けて、ふうっと煙を吐きだす。

「あと、あんたらも、面会の時間やないで」

「シッケ・ナーマンソ!」

 仲間たちの来てくれた悦びに、カガミ氏の口から悦びの声が。

「ほらほらー、お薬の時間でちゅよー」

 看護婦は乱暴な手つきで、花瓶の花をゴミ箱に捨てると、ポケットから取り出した瓶に入っている薬を花瓶に流し込んだ。そして、カガミ氏の口を無理やりあけさせて、花瓶の水を流し込む。

「はいはーい、ガマンしてねー」

 と、人を小馬鹿にしたように言いながら、息のできないカガミ氏に花瓶の水を無理やりのませるのだ。

「どないや、人の言葉思い出したか」

「あ、う」

「あかんなあ、ちょっと触るで」

 腹を思いきり殴られる。

 ひどい吐き気がして、吐いた。

 花瓶の生臭い水ではなく、黒い液体が出た。ひどい臭いがした。そして、異様な腹の痛みと共に、金属のピンのようなものが吐きだされる。

「た、たすけて」

「ほれ、汚いもん全部吐きだしてな」

「ああ、うおえええ」

 胃の中を金タワシで擦られるような痛みと共に、大きなものを吐いた。

 それは、ニコニコと笑顔を浮かべる幼い子供の頭部だ。

「こんなもん飼うてたら、お前アホになるで。よかったな、出せて」

 女はその頭をつかむと、スーパーの名前が入ったレジ袋に入れて、口を縛った。中で、それが暴れている。

「な、なんや、これ」

 今までの異様なことが思い出される。

「ほれ、お前の友達や。こんなんと縁を切るか、どないや、これからええ子になるか?」

 看護婦は窓を指差す。

 そこには、三階の高さに浮かぶSたちがいる。

 目は黒目だけになっていて、憤怒の形相でカガミ氏を睨んでいる。

「うわっ、うわっ、た、助けて」

「どないや、ええ子なるか」

「なります、なりますから、助けて」

「約束やぞ」

「します、します」

 看護婦は窓を開けて、すっかり短くなった煙草をSに投げつけた。

 Sたちはすうっと消えていった。

「あ、あ、あれ、え」

 何か言いたいが言葉にならない。

 何かが跳ねる音。

 看護婦が片手に持つレジ袋の中で、あの頭が暴れている。

「イキがええな。シメとこ」

 と、看護婦は壁に勢いをつけてレジ袋を叩きつけた。柔らかいものが砕ける厭な音が鳴る。

「これからは真面目にやるんやで、ええな」

「は、はいぃ」

 と返事をすると、ふんと呆れたように鼻で笑った看護婦は、開けっ放しの窓からレジ袋を投げ捨てた。

 ポーンと飛んだレジ袋は輝いて、そのままジグザグに動いて夜空に消えた。

「それじゃあ、おとなしく寝ときよ」

「あの、ありがとうございます」

「お大事に」

 看護婦は出ていった。



 翌日、目が覚めたら部屋の惨状はそのままで、刑務官と刑事にあったことをそのまま言ったら、精神科の医者がやってきて、しばらく軟禁された。

 医師に正常に戻ったと診断された後、裁判で刑が確定して、二年ほど刑務所で働くことになった。




「なんなんですか、その意味の分からん話」

 と、筆者が言うと、カガミ氏は苦笑した。

「あったことそのまま言うたら、そうなるやろ。俺も分からんねんけど、まだピンが残ってるかしらんけど、チャネラーではあるねんな」

 七杯目の焼酎を飲み干しても、カガミ氏は素面のままだ。

 この意味不明な話に、ひどく筆者は恐怖を覚えている。

 看護婦もSという女も、その奇妙な言語も、全てが不条理だ。

「海老やんな、気ぃつけなあかんで。変わった縁があるけど、それは大事にせなあかん」

「え、なんですかそれ」

「今のままでええけど、まあ友達や知り合いは大切にってことや。ほれ、いいことしたるわ」

 カガミ氏は、筆者の頭を撫で回した。

「いだっ」

 激痛。膿んで腫れ上がった出来物を潰したような激痛だ。

「ほら、Sの仲間や。とったったで」

 つまんだ指にあるのは、小さな虫のようなもの。カガミ氏はぷちっとそれを潰して、おしぼりで手を拭いた。

「なんですのん、それ」

 なんとか言葉を絞り出せた。

「Xファイルのモルダーやないな。あれや、妖怪人間ベムみたいな感じや。まだ聞こえるから、Sの邪魔したってんねんよ。あんまりええ話やないから、それ以上は秘密な」

 口元に人さし指を当てて、秘密のポーズ。

 男前がやると、なんでも絵になる。




 カガミ氏とは今も親交がある。

 彼はヒーローなのかもしれないが、彼にだけは金輪際「怖い話ないですか」とは尋ねない。

 先日のメールで、『読んだで。俺の話も書いてや』とあった。

 かなり迷ったが、ここに記すことにした。


 この話に関しては、何か知っているという方がいても、一切の情報提供は受付けません。メッセージが来ても、ちゃんと読みませんし、ブロックさせてもらいます。


ピカラ・ポミリラ・リリンナシ

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