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海老怪談  作者: 海老
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カナコにまつわる話

カナコにまつわる話 二



 邪念の朝、というタイトルの話をずっと温めている。

 カナコさんの話を聞いている時に着想を得た話だ。ホラーである。

 カナコにまつわる話として、これは野崎経由でカナコ女史にも掲載の許可を頂いた。しかし、どうにも書いていいものか迷う内容ではある。

 野崎の結婚を阻止しようとした者は、だいたいがよくないことになっている。それについても、何やらオカルトめいたことはたくさんあったのだが、その話はだいたいにおいてパターンの出来上がったものなので割愛する。

 簡単に言えば、女の怪物が不幸を運んでくるというものだ。



 カナコという人は過去が不明な人だ。

 野崎がたまたま訪れた居酒屋でナンパした女なのだから、それ以前のことを知る者が仲間内でいないのは仕方ない。

 友人たちの重い口を開かせるのには苦労した。

 友達の友達から、さらに友達という人物にまで遡ることで、カナコという人の人物像がようやく分かった。

 彼女の母親は、由緒正しい血筋の係累だ。

 カナコ女史は父親がいない。

 小さいころは神様だった。と、カナコ女史の親友である雪枝さん(仮名)は教えてくれた。




 カナコ女史の育った田舎町には小さな宗教があった。

 土着の信仰で、大した規模ではないが、何代かに一人は神様がつく。

 よくある予言をする巫女というものらしい。

 カナコという人は巫女だった。

 カナコ女史の母親は妊娠した当時、これは神様の子供と言って、父親を誤魔化した。様々な憶測はあったものの、巫女が言うならそうでないと不味い。表だって非難はできない。

 母親のことを「おねえちゃん」とカナコ女史は呼んでいたそうだ。

 様々なことを言い当てるのだが、中学生の時にカナコさんは「色んなことを教えてくれるけど、神様じゃないよ」と言った。

 カナコさんは田舎町で畏れられる人物だった。

  雪枝さんが覚えていることで一番特徴的なのは、怪物のいる川、である。


 その田舎町に、雪枝さんが小学校低学年のころに新しい橋が出来た。

 用水路に橋をかけたものだそうだ。

 コンクリート製の短い橋を渡れば、川面で何かがはねる。

 それは、虹色のミミズのようなものだ。大きさでいうと、大人の胴ほどもある。

 捕まえようとした人が高熱を出したとか、釣りをしていて釣り上げてしまいそうになった人が死んだとか、障りのあるものであるらしい。

 UMAのモンゴリアンデスワームのような話だ。

 何の謂れも無い場所だったが、橋をかけた後にそういったものが出現した。

 カナコさんと雪枝さんは毎日その橋を渡っていたそうだが、ある時、それが水面から頭を出していたのだそうだ。

 雪枝さんは異様な悪臭、「工場の近くで嗅いだすっぱいような鼻の痛くなる匂い」を嗅いで気を失った。

 カナコさんはじっ、と人形のような顔でそれを見ていたとか。

 目覚めたのは三日後で、母親が「カナコちゃんがとってくれた」と涙ながらに語ってくれたそうだ。

 カナコちゃんに深く感謝した雪枝さんだが、カナコさんはいつもと変わらず「別にいいよ」というだけであったそうだ。

 その後、カナコさんの母親は病没。

 橋の怪物は、その後も見かけられている。しかし、今もそうだが、実家に帰る時に橋を渡っても、怪物が雪枝さんに悪さをすることはないそうだ。

「カナコちゃんは、本物の神様なんですよ。知ってますか、お寺さんにある神様って鬼を踏んでいたりするでしょう? アレと同じで、カナコちゃんは、怪物を踏んでいるんです」

 三日眠っている間、そんな夢を見たのだそうだ。

 鳥肌が立った。



 野崎と筆者の共通の友人で、アルコール中毒の藤田がいる。

 藤田はアル中の治療のため数年入院して、今では酒を断っている男だ。

 藤田は酒のやりすぎで脳がおかしくなったのか、一度昏睡状態に陥った後に霊視能力を得た狂人である。

 シャブや酒で霊視に目覚めるヤツは信用していない。

 藤田もまた野崎の結婚に反対する男だった。

 喫茶店で話をした。筆者はいちごパフェを、藤田はモンブランを頼んでいる。

「海老やんな、アレの話はやめときな」

「なんで?」

「俺、カナコさん見てるで。あの人な、半分くらい人間やないで。あんなん初めて見た」

「どんな風に見えるん?」

 要領を得ない藤田の言葉を意訳する。

 カナコ女史は「喉に目がもう一つある」「腰にミミズが巻き付いている」「小さな妖精みたいなのが周りにいる」のだそうだ。

 藤田の言葉は信用していない。

「じゃあ、藤田くんからしたら俺はなんに見えるんよ」

「海老やん、女の人といてはったやろ。今はもう見えんけど、髪の長~い人やったね。ちゃうなあ、人やないよなあ。もう鬼やなあ」

「お前、なんのつもりや」

 筆者に霊感は無い。

「見えたままやで。怖いもんずっとつけてたやん」

 藤田はモンブランを美味そうに喰いながら、ヘラヘラと笑った。

「カナコちゃんのとこにいたもんに夜中噛まれてなあ。小さいなんか羽つき生首みたいなもんやけど、ごっつ痛かったし、でも酒のまんでスンだから助かってるねん」

「さよか」

 酒を飲まないで済むというのはどういうことか。

「いやあ、台所におったから買ってきたワンカップ投げつけたんよ」

 アル中が酒を再び飲んでしまうことを「スリップ」と呼ぶ。あの化物がいなかったら、一本だけといってワンカップを呑んでしまうとこだったそうだ。



 小さなもの、特に妖精のようなものは悪いものだ。

 色々と話を聞いていると、「小さいオッサン」のようなユーモラスなものではない。

 故人の姿をしているものが出ると特に危ない。

 別で話にしようと思ったが、あまりに忌まわしい話なのでしたくないものがあるのだが、それも「小さいオッサン」にまつわる話だ。

 カナコ女史にはそれがついているのか。



 先日、カナコ女史とラインでやり取りをした。

 電話機の不調が重なったりと不運が続いたせいだ。

「巫女の家系の方を茶化すつもりはないのですが、悪役っぽく書いてしまいます」

『別にいいですよ』

「すいません。ホラーっぽくする演出ですので」

『いいんです。むしろ、書いて下さい』

「ありがとうございます」

 顔を合わせてはいないが、おおらかな態度で助かった。

 カナコ女史は占いと称して教えてくれた。

『海老さん、また呼ばれてますよ。いかんとツキが逃げますよ』

「どないしたらいいんですか」

『また、別れた場所に行くだけでいいんです』

「考えておきます」



 カナコにまつわる話は以上である。

 この方についてどこまで書くか、悩んでいる・

 雪枝さんからもっと話を伺いたいが、彼女の話だとカナコさんを主役にした「スーパーヒロイン系伝奇小説」になりそうな気がするし、仲間内での不思議な話をするとカナコさんが怪物になってしまうだけだ。

 なので、カナコさんに直接会って話を伺うことにした。

 次回は「カナコさんの語る話」である。


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