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海老怪談  作者: 海老
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脳腐れ

創作です

 カナコにまつわる話の詳細を調べているのだが、確認の必要な人物が多岐に渡るため、難航中である。

 また、数人に至ってはこの件については一切のことを話す気が無いといった有様である。

 今回の更新に関しては、一つカナコ以外の話を掲載する。





 筆者の友人の友人という繋がりの笹野氏より相談された話。

 霊能力者でもなんでもない筆者に相談をされても何ともできないのだが、笹野氏はどうしていいか困り果てているといった様子であった。

 待ち合わせたのは奈良県某所で、牧歌的雰囲気漂う美しく寂れた駅前の喫茶店である。



◆◆◆


 笹野氏は大手物流会社に勤める34歳の男性だ。

 見舞われている怪事は笹野氏の元交際相手が原因であるらしい。

 ミチさんという女性と付き合っていたのだが、彼女は三年前に急逝した。癌だった。

 笹野氏も深い悲しみの中にいたが、今は整理のついたことであり、気にしていないと言えば嘘になるが概ね日常に戻っている。

 笹野氏は、半年ほど前に酔った勢いで口説き一夜を共にした女性がいる。

 名は伏せるが、素性はよろしくない年下の女性だ。

 笹野氏とて男なのでそういうこともある。



「ああー」

 どこか聞き覚えのある艶めいた声が耳に飛び込んだ。

 ぎょっとして振り返れば、そこにはごくごく普通の通行人があふれるキタの風景が広がっている。

 会社帰りの時刻、夜にしても未だ早い時間だった。

 聞き間違いか、若者がスマートホンでいたずらに流したものか、男なら振り向いてしまう声だ。

 馬鹿馬鹿しいと苦笑して歩き出せば、いやに視線を感じる。

 振り向くと、ビルの隙間から顔を出す女と目が合った。

 薄汚れたブルーのワンピースの女。遠目にも、目つきがまともでないと分かる。耳をほじっていて、汚れがつくのか手ではらって、舐める。

 気持ち悪いヤツを見た。

 幸いにしてそれとの距離は十分にある。早足で地下鉄の階段を降りた。



 ははあ、こいつはついてくるとか街中で会うとかいったパターンだな。

 と、筆者は思った。よくあると言えばよくある筋立てである。



 笹野氏はそれからも女を見続けた。

 会社の行き返りでも、出張先でも、艶声と共にそれは現れる。

 薄気味悪いが、今のところ実害は出ていないし、距離も遠い。誰かに相談するにはいささか常軌を逸している。

 ある日の会社帰り、見知った顔を見つけた。

 駅のホームで座り込んでいるのは、一夜を共にした女性だった。

 名前もおぼつかない女は、笹野氏に気づくと近寄ってきた。

「やっと会えた」

 目の焦点があっていない。

「あのさあ、あんたと寝てから。耳が痛くて頭腐ってきたんやけど」

 大声でまくしたてられる。

 周囲の目が痛かった。

「し、知らん。誰やお前」

「脳みそが腐って耳から出てんねんでっ」

 女は耳をほじり、その指を笹野氏の鼻先に押し付けた。

 異常な悪臭がした。下水などとはまた違った嫌な臭いだ。

「耳が、耳が痛いねんよっ、なんでなんっ、なあっ」

 駅員が駆け付けた。

 常軌を逸した女は駅員にとりおさえられ、事務所につれていかれた。笹野氏は事情を聴かれたが、知らない人に絡まれたと答えた。



「あの女、死んでると思います」

 気にしすぎではなかろうか。

 素性のよろしくない女が流行りのハーブでもやりすぎただけのように感じた。

 笹野氏は青褪めた顔で語るが、なんというかつまらない話だ。



 それからしばらくして、艶声は二つになり、見つめる目も四つになった。

 笹野氏は無視した。



「……、あの、本当のことなんです」

「いや、それは分かってますんで。気にせんと話して下さい」



 笹野氏はミチさんの命日には墓参りに行く。

 墓参りを済ませて、寺を出た所でお馴染みの声と視線があった。

 腹が立った。

 ミチさんを穢された気がしたのだ。

 少し離れた民家と民家の隙間にいる彼女たちに猛然と怒りが湧き、こちらから向かっていく。

「お前らっ」

 近づいて怒鳴った所で、不思議なことにその時になって、そいつらの顔を認識した。

 口は耳まで裂けていて、一つ目小僧のように目は一つ。

 ひどい悪臭がして、そいつらは今までに出会った誰とも風体は似ていない。

「お前のせいやで」

「お前のせいやで」

 その声も、初めて聴く声だった。

 笹野氏は悲鳴を上げて逃げた。

 翌日から、耳が痛んだ。医者に行くと中耳炎で、耳の中にカビが生えたのだという。

 十日ほどで、治った。



◆◆◆


「ミチが亡くなったのも、あの女がおかしくなったのも、僕のせいじゃないかって思うんです」

 笹野氏は憔悴しきった顔で言った。

「バケモノの言うことですよ。そんなん信じる必要ないんちゃいますか」

「……でも、アレは僕に関係あるものなんだと思うんです」

 それ以上のことを笹野氏は語らなかった。

 印象的だったのは、待ち合わせの喫茶店に先に着いて待っていた笹野氏がスマートホンでエロ動画を鑑賞していたことだ。

 イヤホンから漏れる艶声は、牧歌的な町には到底そぐわないでいた。

 何がしかの場所で話にすることは先に了承を得ている。

 連絡先を交換してたのだが、今では音信不通である。


創作です

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