カナコにまつわる話1
創作です
過去に、適当なアドバイス(笑)で友人が結婚したことが何度かある。
彼らが幸せでいられなくなったら、その憎悪は筆者へ向かうのではなかろうかと空恐ろしくなる。
今回の話は、そういう危険性の絡む内容だ。
以前に、スケコマシの野崎とその妻カナエ女史に纏わる話を書いた。これはそのサイドストーリーとも言うべきエピソードである。
◆◆◆
野崎のたらしこんだ女の一人に、桃香がいる。
桃香はほんのりと頭の足りないいい匂いのする女だ。所謂所のDQN好きである。
小学生の時には中学生の不良少年とねんごろになっていたという荒れる十代代表のような彼女も、今では一児の母である。
そんな彼女が野崎と別れることになった。
今から八年ほど前の話である。
桃香と差向いで会うというのは気が進まなかった。
野崎と別れたという話は人づてに聞いていたのだが、あの女はやんちゃな男と引き寄せるような所がある。変な誤解をされてそのスジの連中と関わるのはゴメンだった。
なんだかんだと理由をつけて引き延ばしていたが、日にメールが三十件着信した時に諦めた。
会ったのは、難波シティの地下にあるケーキと紅茶で有名な老舗の喫茶店である。
桃香は先にベリーケーキとローズヒップティーで待っていた。
筆者はとりあえず酒で勢いをつけようと、駅前でワンカップを飲み干した直後である。
「海老ちゃん、ひさしぶり」
「桃さんおひさし」
桃香は見た目は華やかで素敵な人だ。中身のトラブルぶりを知れば、触るのすら危険な毒花であると理解できる。
「ケーキ美味しいから食べよーや」
にっこり笑顔で暗に奢れと提示してくる。
「ん、ああ。じゃあ俺は抹茶のヤツで、桃さんはなんにする」
「えー、二つ目だからカロリーとか」
「お詫びやからそんなん言わんと」
「じゃあ、チーズケーキで」
そういうことになった。
ケーキをつつけば、流石に美味い。老舗なだけはある。
「あのね、相談があるんよ」
やはり、その相談は野崎に関わることであった。
野崎に惹かれなくなっていくのが、桃香には分かった。
つい先日まではとんでもなく素敵だった。そこにいるだけで輝いているような、宝石のような人だった。
だけど、今はその輝きに翳りがある。
カナコと付き合いだしてから、野崎は少しずつ輝きを失ってしまった。
「桃香にできることならなんでもしてあげなって思っててん。お金もそやし、それでもっとカッコヨクなってくれるんやったらそれでよかってんけど」
以前はデートだって桃香の奢りが当たり前だった。こちらの財布を的確に見抜いて(理解してくれてる)最適なコースを選んでくれていた。
そんな野崎だが、別れる直前のデートは惨憺たるものになっていた。
今まで悪かったと言って連れていく店は大衆向けの美味い蕎麦屋だし、携帯が鳴れば相手にペコペコしている。
どこにでもいる男にしか見えない。
「んー、なんていうかね、付き合ったら長くないなあって感じるヤツみたいな。そんな感じになってた」
普通に考えれば就職して真面目に生きるようになっただけだ。
とはいえ、当時の筆者にとってもそこまで普通の人になっているというのは驚きだった。以前に相談を受けて疎遠になって二年、人は変わるものである。
「エッチして寝るやん?」
「そらまあ寝るやろ」
「なんかね、寝言でカナちゃんカナちゃん言うてんの。寝言とはいえしんじられんし」
いやに寝苦しい。
寝言は断続的に発するし、暑い。
季節は春先で寒暖の激しい時期ではあったが、こんなにも寝苦しいのは少し考えにくかった。
「でね、なーんかにろにろーってして」
にろにろというのが何かは分からないが勢いは伝わった。
「お腹痛くなって、起きて言うのに起きへんし。そしたら、おへそのとこから赤いヒモみたいなん出てきたんよ」
ヒモは桃香の意思を無視して伸びた。
ふよふよと宙を漂い、野崎の口の中に吸い込まれていく。
「運命の赤い糸いうの? なんか虫みたいでキモかった」
つるりつるりとヒモは、ざるうどんのごとく野崎の口に吸いこまれていく。
「でも赤い糸やって思ったら嬉しいやん。どんな顔して食べてるんか見たってんよ」
野崎は顎が外れるくらいに大口を開けて、白目を剥いていた。
小さく悲鳴を上げた。
「キモかったで、ほんまに……」
大きく開かれた口の中に、青白い女の顔があった。
運命の赤い糸を憤怒の形相で食べている。釣り餌に食いつく魚に似ていた。
「うちんとこ、お母さんがお父さんに捨てられてるやん。あの感じの顔してんねんな。そしたら、もうお母さんみたいでむっちゃ腹たってんよ」
野崎の口に手を突っ込んで、女を引きずり出してやろうと思った。
瞬間、激痛。
「薬指だけ、噛みちぎられたわ」
そこからよく覚えていない。
何か歌のようなものを聞いた気がするが、よく覚えていない。
筆者はそれを聞いて、ひどく目が痛んだ。
桃香はチーズケーキを口に運びながら、青い顔をしているであろう筆者に、どこか意地の悪い笑みをみせた。
「海老ちゃん、なんか知ってるやろ」
「うん、別れたんは正解やと思うで」
桃香は小さくため息をついた。
「カナコいうんやろ、本命の子って」
「らしいよ。っていうか、指大丈夫なん?」
桃香は左手の薬指を立ててこちらに向けて見せた。下品だが、彼女には実に似合っている。
「朝起きたら、爪が青紫色なってたんよ。なんやろ、なんかこの指だけ死んでんちゃうかな」
「そんなアホな」
「なんとか、ならへん?」
「お祓いいきいや」
ひどく目が痛む。ちらちらと、肉色の塊が見えた。
「カナコなんやろね。あのお化け」
「……多分、深入りしたらあかんやろな」
桃香は言うだけ言ってすっきりしたと笑顔を見せた。
お祓いに行ったら負けた気になるから行かないとも言っていた。
「赤い糸切られたんやろね」
少しだけ、桃香は寂しそうだった。その仕草にドキっとした辺りが、桃香が魔性の女である所以だ。
◆◆◆
桃香も数年前に結婚した。
結婚式の二次会にお呼ばれした折に、事故で薬指の第一関節までを失ったと知った。
お祓いに行っても無駄に終わっただろうな、と思う。
二次会参加の面子は懐かしい顔ぶれで、三次会に行く途中でいらない事実を知ることができた。
カナコにまつわる話はもう少し続くが、今は詳細の確認中である。
上記に併せて関係者からの許可を得てから読者諸兄に御報告するつもりである。
創作です




