オカルト博士
捜索です
自称オカルト博士との出会いは、今ではオワコン呼ばわりされているSNS上のことだった。
かくいう筆者も、若き日の過ちをSNSで晒したこともある。
オカルト博士と実際に会ったのは、コミケを控えた年の瀬の東京は上野であった。
◆◆◆
まさかの女。
女から声をかけられたらキャッチと思え、という名言は誰のものだったろうか。
「キミ、女やったんか」
「女やったんですよ」
戯画化したニセ大阪弁でゴスロリ少女はにっこり笑った。
芝居がかった仕草が、「ああ、練習したのだろうなあ」と感じさせる。
筆者があと7歳くらい若ければラブストーリーを期待したが、そんなことをしたら警察沙汰だ。
夕暮れの上野駅で待ち合わせ、スカジャンのオッサンとゴスロリ少女の二人は連れ立ってモツ鍋屋に入った。
SNS上でオカルト話で盛り上がり、休みを利用して会おうという段取りである。こんな薄暗い趣味のオタクが女であると思っていなかった筆者は、ガッツリ精をつけて風俗行こうぜというメッセージを送ったあげくにモツ鍋屋を予約していた。
「ビール飲むけど、未成年ちゃうやろ?」
「チャイます。女子大生です」
「さよか。熟女風俗行きたいわー」
女扱いしたらいけない。
このころの筆者は、目の前の女よりSNS上での評判を取った。今からすれば愚かなことをしたように思う。
上野のモツ鍋屋は、個室ちっくでいて薄暗かった。
モツ鍋のキャベツをもりもり食べた。
オカルト博士ももりもり食べた。
腹がくちくなり、本題に入ることになったのだ。
オカルト博士と自称する彼女だが、都市伝説の自分なりの解釈や怪異に突撃しつつも身は守りたいチキン気質で筆者とスタンスが合った。
そんな彼女が持て余す案件がある。
そんなことでオフ会を開くという運びになった。
シメのラーメンをぶち込み、ずるずる啜ってする時にオカルト博士は切り出した。
「ん、じゃあこれ食べたら出してえよ」
「場所、変えません?」
「酒イケるとこにしよか」
上野界隈で彼女の勧めるショットバーに入った。
筆者が好む鰻の寝床のような店ではない。ビルの六階にあるそこそこ大きな店だった。
テーブル席を取ると、チャイナブルーを頼む。彼女はチョコレートリキュールのミルク割りだ。
「コレなんですけど、資料もありますから」
オカルト博士がフリルだらけのバッグから取り出したのは、手のひらに乗る大きさの観音様だ。
それに目を奪われる。
観音様のお姿をしているのに、頭の部分が動物のものになっていた。これはイタチか何かだろう。歯を剥きだしにしている。
「なんや、怖い感じのもんやな」
「でしょう? どうしたものかと思って」
オカルト博士の事情とは以下のものだ。
美大に通う博士の友人がコレを作成した。
件の友人にとって、これは何やら思い入れのある因縁深い意匠であるらしい。
現在、その友人は病に伏せっている。大学には出ているということだが、コレを作ってからはどうにも奇怪なことが起こる。
「んー、先に言うてたけど、霊感とか無いからなあ」
「でも、これが怖いのってわたしだけじゃないのが分かってよかったです」
「先に聞いてたからやで。お祓いとか行ってみたらどうなん?」
「……、実はお願いがあって」
「金はあらへんで」
「お祓いの予約入れてるんで、ついてきてほしいんです」
「ええ、いつよ。そんなぽんぽん東京までこられへんで」
「明日です」
「……観光する予定やったけど、そっちに変更かいな」
「すいません」
「別にええよ」
観音様は仕舞ってもらい、遅くまで飲んだ。
東京の店は洗練された感じが苦手だ。
埼玉のKという土地まで出向き、とある団地の一室で除霊は行われた。
祈祷師の格好をしている男からは、胡散臭い臭いが漂ってくる。
件の友人は、美香子さんという長身の凛々しい感じのする女子大生であった。
除霊の詳細は省く。
正直なところ、あまり覚えていない。
肉色の何かが目の端を過る。疲れているせいだろう。
祈祷師は肉色に足をつかまれて、すいと長く苦しめられていた肩こりがとれるのを感じた。
除霊は終わり、美香子さんとオカルト博士はそれなりの金額の入った封筒を渡していた。馬鹿馬鹿しい話だ。
「海老さん、ありがとうございます」
「んー、別に面白かったからええで」
インチキだろう、とは言わない。安心して気が楽になるくらいないと、彼女たちが可哀想だ。
「海老さんのおかげで、あの人に乗せることができました。また、落ち着いたらSNSに載せますけど、名前出していいですか?」
「キミ女の子やん。変な噂たてられたら困るから、名前は伏せといて」
「はい。それじゃあ、また会いましょう」
そのようなことで、携帯の番号を交換して別れた。
美香子さんという人が、どこか困った様子で頭を下げていたのが印象的だった。
一年ほどして、この霊媒師が逮捕されたのを週刊誌の記事で知った。
お祓いと称した暴行で人を死なせたということだ。
所詮は詐欺師である。
ここで書いておくが霊能者の九割以上が詐欺師であると思って良い。
あれは、数万円から数十万円支払うことで、一日かそれ以上の時間をかけて激励してくれるものだ。「あなたの不幸は悪霊のせいだよ。それは退治したから、明日からやり直していいんだよ」と舞台を整えて背中を押してくれるものだ。
決して、教えだ救いだと称して人を金づるにするものではない。
◆◆◆
オカルト博士との縁は続いた。
彼女のおかげで、幾つかの奇妙な出来事に筆者も巻き込まれている。と、いっても霊感は無いので傍観者としてだが。
ゴスロリの女性というのはいい匂いのするものである。
後日、それがエリザベス・アーデンというメーカーの品であると知った。
彼女にまつわる話を書いたのはこれが初めてのことだが、緊張性頭痛が再発してひどく傷むため、良い結びが思いつかない。
オカルト博士という特異な人物は怪異の範疇であるように思うため、ここに記すことにした。
創作です




