9.譲渡(1)
翌日のバイトは辛いものになった。
昨日のメールのおかげで、悪夢にうなされ眠れぬ夜を過ごしたのだ。
「実香ちゃん、目の下にクマができてるよ」
店長にそう言われても、返す言葉が見つからない。
「さては、かなり遅くまで遊んじゃったのかな?」
「遊んだわけでもないですけどね」
静かな店内には、数人の客が思い思いにコーヒーを楽しんでいる。
軽食喫茶とはいえ、コーヒー以外にとりえの無い店だ。
それでも客が来るのが不思議でならない。
「あー、彼氏とデートだったのかな」
遊んだ次はデートとくる。想像力が乏しすぎる。
「それも違いますけど」
さすがに今日は放っておいて欲しいのだが、店長も暇なのだろう。
実香と話したくて仕方が無いようだ。
「店長、お客さんに聞こえますから」
「大丈夫だよ。みんな常連ばかりだから。というか、常連しか来ないけどね」
「新規拡大キャンペーンとかしないと、つぶれますよ」
「夜が流行ってるから、大丈夫なの」
店長が満面の笑みで頷いて見せた。
夜がどの程度流行っているのか、実香は知らないが、それで良いなら働いているほうとしては楽なものだ。
「それにしても、いつも暇ですよね」
眠れなかった分、今になって眠気がさしてくる。
しかし、目を閉じれば悩みの元凶が顔を出すのだ。
(このままだと病んでしまう)
病むことなど、決してありそうに無い実香が、真面目にそう思うのだから、今回ばかりは断崖絶壁というところなのだろう。
(参ったなぁ。あのテンションといい、あの顔といい、あのもの言いといい。
すべてがダメなんだよねぇ。酒の上とはいえ、よく意気投合したよなぁ。
もう、お酒やめようかなぁ)
などと、その場しのぎの思いが浮かんでくる。




