8.悩みの元(2)
「それにしても困ったよね~」
ベッドに座ると無造作に、近くにあった雑誌を手にする。
そこには、バックや服が女性の購買意欲をかき立てようと、これでもかといわんばかりに掲載されているのだ。
実香は、だらだらとページをめくっていった。
「可愛いよね~。そろそろ、新しいコートが欲しいよね~」
フリーターである実香は、働いたすべてのお金が自分の思うように使える。
親元にいるのだから、アパート代や光熱費に追われることもない。
なんとも優雅なものだ。
「あー、この靴可愛い。この間買った洋服に合いそうだな」
そんなことを考えていたとき、ケイタイが鳴った。
「おお、メールだね~。私に御用がある可哀相な羊さんは誰かな~」
可哀相な羊かどうかは別として、用事があるのは確かかもしれない。
実香はケイタイを取り上げると、メール確認ボタンを押した。
すると、見たくない名前が表示される。
「あぁー、悩みの元凶だよ」
しばし画面を見る。その間実香の脳内では、『見るべきか、見らざるべきか、それが問題だ』とハムレットの心境だ。
しかし、どんなに考えたところで、無視していれば五分後にはまたメールが届くのだから、ここは覚悟を決めて見るしかないのだ。
「しょうがないな……」
そう呟きながら、メールを開く。
『大好きだよ』
「わぁ! いきなりー! 私は好きじゃないよー」
ここに菜都芽や咲枝がいたら、大笑いするところだが、とりあえずいないので、笑われることは無い。
しかし、笑いのネタにならないとなると、逆にこの現実が辛くのしかかってくるのだ。
メールを読み続けると、そこには愛を語る熱いメッセージが続いていた。
「毎度のことだけどねぇ。真面目に困るよ」
それにつけても、あの夜居酒屋で会ったことが悔やまれる。
いや、元を正せば、あの店に行ったことが間違いだった。
こうなると分かっていたら、あの日は別の店にするべきだったのだが、そんな未来は誰にも分からない。
「困った、本当に困った」
実香はベッドに倒れこむと、今まさに夢の世界で買い物三昧だったことが消えてなくなっていた。
「好きだと言われても、二十歳だよ、二十歳。付き合おうって言われても、若すぎるって!」
とりあえず、はっきりと断るのが一番だと、メールを返信する。
「私は好きじゃない」
本当にはっきりしている。
すると、すぐにメールの返信。
『照れ屋さんだな~』
「照れてないって! この人、おもいっきりKYでしょ!」
かつて、大学時代にも同じように思い込みの激しい輩と付き合ったことがあった。
付き合ったというよりは、付きまとわれたという方が正解かも知れない。
あの時も、別れるのが大変だったのだ。
さて、そんな過去の話はどうでも、今をどうするか、なのだ。
実香はため息混じりにメールを送り続けた。
しかし、最後に来たメールには目を覆いたくなるような文字が並んでいた。
『あの夜は素敵だったよ。ハニー』
今までの人生のすべてが、崩れる音が聞こえたような気がした。




