71.苦悩(2)
『もしもし……』
『菜都芽? 元気? 実香だよ』
以前のように、元気に明るく、できるだけテンションをあげた。
『実香……。どうして?』
『なにが?』
『だって、私……。あんなに、酷いことをしたんだよ』
『菜都芽も辛かったんでしょ? 酷い相手と恋愛してたんだってね。苦しかったね』
『それでも、あんなことしたのは間違いだった』
『そりゃぁね、間違いだよ。でもさ、辛いときって魔が差すものじゃない?
菜都芽だって、魔が差すこともある。菜都芽も人間だったということだよね』
無理して笑っているのが分かる。
『実香……。無理しないでいいよ』
『何言ってるのよ。お互い辛かったよね』
『ごめんね』
『いいよ。私が幸せなのが、見ていて辛かったんでしょ』
『うん』
『そういうときもあるよね。これで、お互いいい女になれたんじゃないのかな』
そう言って笑う実香に、菜都芽は無言で頷いていた。
電話を切ると、実香はほっとため息をついた。
しかし、本当に電話をしたい相手は他にいるのだ。
しかし、どうしても電話することができず、じっとケイタイを見続けるしかなかった。
数日後、実香の元へ郵便が届けられた。滑らかな文字は、優しく実香に語り掛けているようだった。
裏を見れば《福間天馬》の文字。
「天馬から……」
はさみを取り出し、丁寧に封を切る。
すると中からUSBメモリーと手紙が一枚出てきた。
その手紙には、天馬の気持ちが短い言葉でつづられていた。
『この中に書かれていることが、自分の全てです。読んでみて、オレの気持ちを受け取ってもらえたなら、もう一度最初から恋してみませんか?』
実香はUSBメモリーをパソコンにさすと、ファイルを開いた。
そこには、『実香と共に』というタイトルがつけられた小説があった。
実香は、じっと画面を見つめた。
文字が次々に実香の目に飛び込んでくる。
それらの全てが天馬の想いだと思うと、嬉しかった。
主人公はいつも前向きで明るい実香、そして実香を愛する天馬。
ストーリーは天馬と実香の出会いから始まり、予期せぬ誤解から別れる事となる。
つまりは、現実をそのまま小説にしているのだ。
ところが、物語は次々に展開し実香の悲しみと天馬の苦悩が描かれていた。
「彼はこんなにも苦しんでいたのね……」
そして、終盤には二人の誤解は解け、もう一度恋をするという話だった。
もう一度最初から、天馬は実香を愛して決して離れない。
それが天馬の望む未来。
「そうだね。素直になれば、道は開かれるんだよね」
実香は涙を拭うと、まっすぐ前を向き、大きく窓を開け放った。




