69.あきらめ(2)
「そこのコーヒーショップに入りませんか? ここでは暑くて、まともな話ができないわ」
言われるままに、店内の奥に席を取ると菜都芽が話し始めた。
「実香があの日のことを知って、ボロボロになってしまったの」
まっすぐに天馬を見据えた菜都芽の瞳には、大いなる決意が感じられた。
「なぜ? あの日のことは、二人だけの秘密のはずですよね」
「ごめんなさい。私……どうかしてたの」
「まさか、彼女に話したんですか?」
驚く天馬に対して、ゆっくりと頷く菜都芽。
「だからか、だから彼女がオレにあんなことを言ったのか」
『ハンプティ』で天馬に「二度と来ないで」と言った時の実香は、哀しさと怒りで爆発寸前だった。
なぜ、そんな態度を取られねばならないのか、まさか菜都芽との夜のことを実香が知っているとは思ってもいなかった天馬は、そのうち気持ちが落ち着くだろうと、どこかで高をくくっていたのかも知れない。
「実香は、あなたと別れてから、とても気落ちしてしまって……。
見ていられない状態になってる」
「そうですか……。でも、全てを知っていて怒っているのなら、オレにはどうしようもない」
「そうじゃないの。実は、あの夜は……あの夜は、本当は何もなかったの」
惨めさが体を覆う。
別れを告げられたあの日以上の惨めさが、この世に存在するなど思ってもいなかった。
「どういうことですか?」
「そのままです。何もなかったの」
「じゃぁ、あの時あなたが言った言葉は?」
「私のヤキモチ。あまりに、あなたと実香の仲がいいから、面白くなかったの」
「そういうことか」
天馬が、腕を組んで考え込んでいる。
何を考えているのか分からないが、怒鳴られても殴られても文句が言えない。
「殴ってもいい。怒鳴ってもいい……どんな罵倒も甘んじうけます。
だからお願い、実香を助けて」
しばらく黙って菜都芽を見ていた天馬が、おもむろに口を開いた。
「……無理です」
「なんで?」
「もう会わないと言われました。そう言われたら、どうすることもできません」
「だから、それは実香の誤解で。いえ、全ては私が悪いの」
「誰が悪いとか、そんなことはいいんです」
「……」
「結局、実香はオレを信じていなかったということです。哀しい現実ですね」
「……」
「実香が決めたことです。オレは、どうしようもない。何もしてあげようもないんです」
そいうと席を立ち、店を出て行った。
「……なんでよ、私が悪いって言ってるじゃない! 何で愛しているのに、助けようとしないのよ! どうして、私を罵倒しないのよ! 何でよ、何でよ!」
自分のヤキモチが全てを狂わせていく。
涙の流れを止めることができないまま、菜都芽は俯き続けた。




