68.あきらめ(1)
ここのところ胃が痛くて仕方が無い。
自業自得なのだから、誰に文句を言うこともできないのだが。
それでも、できることなら何もせずに全てが良いほうに回らないものかと、甘いことを考えてしまう菜都芽である。
「……分かってるわよ。かけるよわ!」
誰に言っているわけでもなく、見つめているのはケイタイだ。
今から今世紀最大の電話をするところなのだ。
「別れ話を聞いたときよりドキドキする」
そう言いながら、手の汗を拭き取る。
やたらと口の中が乾いて仕方が無い。
テーブルに置いておいた麦茶を一口、口にふくむ。
ゆっくりと喉に流し込む。
「かけるぞー!」
菜都芽しかいない部屋の中で、一人叫んだり、活を入れたりとさっきから忙しい。
「自分が悪いんだから、仕方が無いのよね。うん、そう! これをやらなかったら、実香が元気にならない! 実香を元気にするためだもの」
そういうと、ケイタイのアドレスからひとつの電話番号を探し出しコールした。
間もなく、優しい声が聞こえてきた。
「はい」
「天馬さん?」
「はい、そうです」
その声は、多少の怒りを含んでいるように聞こえた。
「菜都芽です」
「分かります」
「この間のこと、怒ってます?」
「怒る? なぜです? オレが前後不覚になったのがいけないんです。
あなたを責める事はできません」
「……実香のことで話があるの」
「……」
無言の天馬。
「お願い、このままでは実香が死んでしまう」
『死』という言葉を聞いて、天馬の声ともつかない声が聞こえてきた。
「どういうことですか?」
「実香に会った? あれから、実香に会いに行った?」
「あれからって、一度『ハンプティ』に行ったけど、二度と来ないで欲しいと言われて、何がなんだか分からないまま、振られてしまいました」
自嘲気味に笑う天馬。
「それは……理由があるの。全部話しますから、実香を助ける為に、会ってください」
天馬のため息が聞こえてくる。
「会ってくれと言われても……。あの夜のことは申し訳ないと思っています。
でも、オレはやっぱり実香を愛してます。他の人と付き合うことも、二人っきりで会うことも、もうしたくないんです」
「付き合ってくれと言っているんじゃないの、本当に話がしたいだけなの。
実香の命がかかっているのよ。本当に、このままだったら死んでしまうかも知れない!」
悲痛な叫びだった。
話しているうちに涙が出てきた。
何とか、会って話がしたい。
電話で話しても通じない部分も出てくる。
そう思うと気持ちが先行して、想いばかりが空回りしているように感じてならない。
「お願い! 実香を助けたいの!」
「一体、実香がどうなっているって言うんですか?」
「会ったら話すわ。だから、お願い」
菜都芽の悲痛な願いを聞き入れてくれた天馬は、三十分もせずに約束の場所に現れた。
菜都芽は真剣な面持ちの天馬に深々と頭を下げた。




