67.女神さまか実香さまか(2)
実香の変化を見逃すまいと、じっと実香を見つめながら話す咲枝だ。
しかし、その変化がまるで現れてこない。
この、かなりショッキングな話を聞けば、誰でも『えー! マジー! うそー!』と乗ってくるだろう。
そうはいかないまでも『へぇ、そうなの。それで、それで?』くらいの反応があってもよさそうなものだ。
それすらない状態に、咲枝は少々話の趣向を変えたほうがいいのかもしれないなと考えていた。
二人の間に沈黙が広がる。
「……それで?」
沈黙を破ったのは実香だった。
「え? ああ、それでね。実香から相談を受けて、最初は面倒くさいから、さっさと終わらせるつもりだったんだって。だから、過激にも二人っきりで遊園地に行ってお酒を飲んで、こんなことをしたら実香が喜ぶよって事をおしえてたんだってさぁ」
「うん」
「ところが、彼があまりにもずっと『実香、実香』って言うもんで、菜都芽のヤツ苛立ちが出ちゃったらしいよ。そりゃあさぁ、恋人のことが頭から離れないのは分かるじゃない、でも菜都芽の言い分としては、他の女性といるときぐらい恋人の事は口に出すなって言うことらしい」
「そうなんだぁ……。天馬はずっと私のことを考えてくれていたのか」
「で、飲みに行ったんだけど、あそこまでお酒に弱いとは思ってもいなかったらしい。結構飲んでたし、楽しそうだったし。最後はもう、菜都芽を実香って呼んでたらしいよ」
「そうか……」
「で、大事な場面なんだけど。ホテルに入っても彼は実香とホテルにいると思い込んでいたようでさ」
「ホテルなんて行った事ないよ」
「それでも彼の中ではそうなんでしょ」
実香が、考えるように小首をかしげた。
「で、菜都芽がシャワーを浴びてる間に、洋服を全部脱いでベッドで大の字になって寝ちゃったのよ」
「え?」
始めて実香がしっかりと顔を上げ、咲枝を見据えた。
その目は今までのぼんやりとした霧のかかったような視線ではなく、はっきりと生気のこもった瞳だった。
「だから、菜都芽とは何もなかったのよ」
「何も……なかった?」
「そう、何もできなかったといったほうが正解」
「そうなの?」
「そう、菜都芽のヤツ。自分が不幸だから、実香が羨ましくなっちゃったのね。
あの子も見ようによっては可哀想だよね」
「……で、菜都芽は?」
「何とか実香と彼が仲直りできないかなって、私のところに相談に来たのよ」
「そうじゃなくて、菜都芽は元気になった?」
「それは無理でしょー。これだけのことをしておいて、元気だったら殴るわよ」
確かに咲枝の言うとおりだ。
「そうだけど……。でも……よかった」
「何が?」
「だって、私、本当に、菜都芽が傷ついて……彼に酷い事されて、傷ついているんじゃないかって、心配で心配で……良かった、本当に良かった」
「良かったって言うけど、菜都芽は実香と彼を別れさせたのよ。できることなら、彼を取ろうとしたんだよ。許すの? 許せるの?」
咲枝が冷たいコップを手にしながら実香を見た。
実香は、明るい表情で咲枝を見て、にっこりと笑った。
「それでも彼は菜都芽を選ばなかったんでしょ。何があっても、私を裏切らなかったんでしょ。それが分かったんだから、充分だよ。それより、菜都芽に元気になって欲しい」
「じゃぁ、菜都芽を許すのね?」
ここが大事なところだよと念を押す。
「許すも何もないよ。菜都芽が元気になってくれたら、それでいい。そりゃぁ、やったことは酷いけど、きっと菜都芽も辛かったんだよ」
咲枝がほっとしながらも、ちょっとビックリした顔をして実香を見た。
「なに?」
「いえいえ、実香が女神様に見えたわ」
そう言うと、大きく笑って見せた。




