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63.後悔と涙

 翌日もバイトが終わるとまっすぐに帰宅した。


 咲枝と会ったあの日以来、実香は毎日仕事と家を往復して過ごしていた。

 

 さすがに、そんな実香を見ていて、両親も大地震の前触れだと騒いでいたが、最近は少しくらい心配そうである。

 

 窓から見える空が暗くなりだした頃、実香はケイタイを取り上げ、送信履歴から菜都芽を拾い出した。

 

 ここのところ、毎日菜都芽に電話しているのだ。


 他の人との関係を遮断するように、ケイタイの履歴の全てが菜都芽で埋まっている。


 コール音がする。一回、二回、三回……六回、七回。


 ようやっと、電話がつながり菜都芽の声が聞こえてくる。

 

 その声は、暗く沈んで聞こえた。




「菜都芽、大丈夫? ごめんね。ごめんね」




 涙が頬を伝う。




 ケイタイが鳴る。


 誰からの電話なのだろうとディスプレーを見ると、《実香》の文字。


 毎日のように電話が来る。


 それも、出てみればあれだけ明るく元気だった実香が、暗く沈み消え入りそうな声で、ひたすら謝り続けるのだ。




『大丈夫だよ、実香。心配しないでいいよ』


『菜都芽、私がバカなお願いをしたばかりに……ごめんね』


『実香、泣かなくて大丈夫よ。気にしないで』




 毎日、そうやって電話の向こうで泣く実香に、最初は『ざまぁみろ』という気持ちもあった。


 一人で幸せぶってるからいけないのよ。


 と、笑ったものだった。


 ところが、一日、二日、三日と過ぎていくと、段々実香の精神状態が追い込まれてきているのがわかった。




『実香、バイト先に彼は来てるの?』




 そう聞いたとき、小さく『ひっ』と言う声が聞こえたような気がした。


 それは、傷口を無理やりこじ開けられるような、恐怖とも苦しみともつかない声だった。




『ごめんね、ごめんね、菜都芽。一度は来たけど、二度と来ないでって言ったの。

それからは来てないよ。菜都芽に、酷いことをしておいて、店に来るなんて、本当に厚顔無恥だよね』




 そう話す声が震えていた。


 何度本当のことを言ってしまおうか、のど元まで言葉が出てくる。


 しかし、何かがそれをとどめていた。

 

 そして、今日も実香からの電話だ。




(もういいよ。もうやめてよ。実香、ごめんね。本当に、ごめんね)




 言いたくても言えなかった。


 実香に直接言うことが怖かった。




『もしもし……』




 つい電話の声も、小さくなる。


 出たくない、実香の声を聞きたくない。


 実香の泣き声を聞けば、自分がやったことの極悪性を見せ付けられる。


 大切な友達を、ここまで追い込んだ最低の自分。




『菜都芽……。大丈夫? ごめんね、ごめんね……ご……ね……』




 最後は言葉にすらなっていない。




『実香、大丈夫だから。実香こそ元気だして。私は大丈夫だから』


『菜都芽は優しいね……』




(そうじゃないよ実香。本当に優しいのは実香だよ)




『私があんなことを頼まなければ、菜都芽を傷つけることなんてなかったのに。ごめんね……菜都芽……ごめんね……』




 啜り泣きが聞こえてくる。


 菜都芽はケイタイを握り締めながら、実香の苦しみを聞いていた。




(私はなんて酷いことをしてしまったんだろう。どうしよう、このままじゃ実香が壊れちゃう。私のせいで、壊れてしまう。実香……どうしたらいいの? 実香!)




 心の声は実香には届かず、ただただすすり泣くばかりだった。




 電話を切ると『もうダメだ』と呟いた。




「ごめんね、実香。少しだけ意地悪したつもりだったのに。そこまで苦しめちゃって」




 ケイタイを見つめ、意を決したように操作する。




「このままじゃダメよ。このままじゃ……。自分が悪いんだもの、実香を失うとしても、ちゃんと謝らなくちゃ」




 呼び出し音が鼓膜を震わせる。


 心臓が飛び出しそうなくらいに高鳴る。


 心の中では、実香への謝罪の言葉が渦を巻いている。




(ごめんね、ごめんね。実香、ごめんね)




 何度も実香から聞いた『ごめんね』という言葉。


 今は菜都芽の心が叫んでいるのだ。

 

 コール音が止み『もしもし』という声が小さく聞こえてきた。


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