55.黒い液体(1)
休日の午後、木立に囲まれたオープンカフェは、暑さにもめげず結構なお客で賑わっていた。
「どうしたの? 急に呼び出して、何かあった?」
のんびりと現れた実香を見ながら、どこから話を切り出そうかと、渋い顔の咲枝だ。
「そんな顔して~。まさか、離婚の相談なんてことじゃないわよね」
そんな冗談を言ってるところへ、注文をとりにきたウェイトレスが、怪訝そうな顔で二人を見ていた。
「そんなこと言うから、ウェイトレスさんがびっくりしてたじゃない」
「修行が足りないよ。ウェイトレスともなれば、客がどんな話をしてても、聞こえない振りをしなくちゃ」
さすが、喫茶店でバイトをしているだけの事はある。
「そりゃねぇ、バイト暦長いもんね」
「長すぎもよくないよ。いつまでも、バイトって訳にもいかないでしょ」
「うん……まぁね」
「それにしても、暑いわね。夏到来って感じ」
「夏到来はいいけど、ギャングたちはどうしたのよ。良く出て来れたわね」
「ダンナが連れて出てるから、今日はのんびりできるのよ」
菜都芽に話を聞いてから、すぐに夫に連絡を入れ、実香に会いに行って来る旨を伝えた。
妻の大学時代の友達が困っていると聞いて、どんな事情であるにしても、まずは、妻の行動を助けるのが夫の務めと、文句ひとつ言わずに子供の面倒を引き受けてくれたのだ。
そして菜都芽とは、話しづらいだろうと言うことで、駅で別れたのだった。
菜都芽にすれば、これで咲枝がうまく実香に話をしてくれるだろうから、全てが思い通りに運ぶ形となる。
咲枝にすれば、久しぶりに子供から手を離して、独身気分を楽しめるというところだ。
一応、重い任務はあるにしてもだ。
「ふ~ん、良き夫だね~」
これから展開される話の何たるかを知らない実香は、のんきなものだ。
「でね、話と言うのがね」
話のきっかけをつかもうと頑張っている時、注文の品がテーブルに置かれた。
なんとも、タイミングが悪い。
実香は自分の前に置かれたアイスコーヒーを、ストローでかき回しながら、氷のぶつかり合う音を楽しんでいた。
なぜそのようなことをするのかと言えば、コーヒーがあると天馬を思い出してしまうからだ。
天馬を思い出すだけで、胸が締め付けられるような、甘い痛みを感じるのだ。
「なにニヤケてるのよ」
咲枝が、「イヤラしいわね」と言いながら実香を見るが、そんなことでへこたれる実香ではない。
「それで、本題にはいるけど」
木立の中とはいえ、涼風とばかりはいいがいた。
小太りの咲枝の額から汗が流れる。
その汗が、これからの話の内容によるものなのか、単に暑さのせいなのか。
どちらにしても、実香からみれば暑そうに見えるだけなのだ。
「どうぞ。でもさぁ、離婚の相談は無理よ。経験ないから」
「離婚なんてしないわよ。二人も可愛い息子がいるんだから」
「可愛いギャングの間違えじゃないの」
「確かにギャングかもしれないけど。それはいいけどね。話すわよ!」
「そんなに力入れないと話せないような内容なの?」
「そうね……」
咲枝のため息を聞いて、始めて居住まいを正した。
「あのね、実香の彼氏のことなんだけど」
「天馬?」
「う……ん。彼、昨日菜都芽と二人で会っていたでしょ」
「知ってるわよ。私が頼んだんだから」
「その計画があだになったみたいだよ」
「どういうこと?」
さすがにそこまで話されると、ただ事じゃないだろうことは分かるが、何よりも話の中心に天馬がいるのだから、真剣にならざるを得ないだろう。
「彼も男だと言うこと」
「ちょっと……。それって」
「菜都芽は女性で、彼は男性」
「まさか……。だって、菜都芽からは元気なメールが来てたわよ」
そう言うなり、菜都芽からのメールを探し始めるが、その手を止めさせるように、菜都芽から聞いた話をつぶさに語りだした。




