4.大崎菜都芽(2)
「良縁ね~。いいなと思う人はいるけどね。
どうも、前のことがひっかかって、進めないのよね」
「なんだぁ、それじゃ職場が良くても、良縁は遥か遠くじゃない」
「うーん……確かにそうだけど。じゃぁ、実香はどうなのよ」
菜都芽が悔しそうに、実香の恋に話を向けた。
「私は別れてから二ヶ月だけどさぁ。二~三日前に告られたわよ」
「どこの老人よ」
「あんたねぇー」
「だって、出会いが無いじゃない」
「フルタイムで仕事して、毎日同じ職場にいる誰かさんよりは、出会いはあるわよ」
実香が負けじと応戦してくる。
「へぇ、で? どこで知り合ったの?」
菜都芽の目が学生の頃の興味と興奮を帯びた瞳へと変化する。
「興味津々って感じだね~」
「そりゃぁ、さすがに仕事ばかりの日々だと、興味の沸くことなんて無いもの。
その辺は、実香の方がいろいろと刺激もあるだろうしぃ。
とは言っても、私にフリーターは無理だけど」
「菜都芽はそうだろうね」
実香はタバコに火をつけると、菜都芽にタバコの箱を向けた。
菜都芽が首を左右に振り、タバコを押し戻した。
「あら、ヘビースモーカーの菜都芽さんは禁煙中?」
「うちの会社、全面禁煙なのよ。今や喫煙者は隔離患者並みの扱いでさ。
必然的に禁煙する人が増えるわけ」
「なるほどね~。そういうところも、自由を奪われるんだね。
社会人てやつは大変だね~」
そういう実香とて、社会人であることは否めないのだが、本人には自覚が無いようだ。
「それで、実香の出会いはどこだったのよぉ」
菜都芽がじれたように、先を促した。
「あはは、忘れてた。それはねぇ、よくあるパターンの居酒屋でした」
「なにそれ?」
「何と言われても、飲んで騒いでたら意気投合しちゃって、翌朝気がついたら横にいたんだもん」
「あんた、まだやってるの、そんなこと!」
菜都芽が呆れたように言葉を吐き捨てる。
「まぁ、若いうちにしかできない冒険ってやつよね」
「若いうちって、大学生のころに散々やったじゃない」
「お互いにね」
「それで、そのまま続いてるんだ」
「続いてないわよ。その一回きりなんだけど。その後も、電話やらメールやら……ね。何かにこじつけては会おうとするわけだ」
「なるほどね~」
「で、とうとう好きだと言われた」
「で、どうするつもり?」
菜都芽の興味がさらに深まったようだ。
もう、自分にはありえない世界だと思うと余計に興味がわくようだ。
その逆に、実香は面倒な奴に惚れられたものだと大きくため息を吐く。
「どうしようもないじゃない。欲しければあげるけど、どう?」
「かなり面倒な奴みたいじゃない」
「うん、でも他のを紹介したら、きっと乗り換えるのは早いタイプだと思うんだよね」
「経験があるだけに、説得力があるセリフだわ」
「同じような奴が学生の頃にいたからね」
「その面倒な奴を私に紹介してくれようというわけね」
「優しい友情ということね」
「腐った友情のような気がする」
結局、丁重にお断りすると言われ、仕方なく下がることにした。
さて、面倒な告白男を誰に押し付けるかが最大の争点となったのだが、そのうち何とかなるだろうと言うことで、その話は終わった。
「何時までバイトだったの?」
菜都芽が腕時計を見ながら聞いてきた。
「四時までよ。菜都芽の仕事が終わるのが遅いから、結構待ったわよ」
「そりゃ、すまなかったわね」
「この後用事があるの?」
時計の針は九時を回ったばかりだ。
「用事は無いけど……」
「場所変えて、アルコールで騒ぐってのはどう? 何なら、顔のいい男子揃えようか?」
実香の言い方に噴き出す菜都芽だ。
「何で噴き出すかなぁ」
「だって、まるで男芸者を揃えようって、桶屋の女将みたいじゃない」
「あぁ~。そう聞こえたか」
「でも、私はもう帰るわ。明日も仕事だから」
菜都芽が財布から千円札を出しテーブルに置くと、横においてあったジャケットを手に取った。
実香も同じように財布を開き自分の分をテーブルに置いた。
「久しぶりに楽しかったわ。また、会おうね」
「うん、次の水曜日に咲枝のところに行くけど。菜都芽はどうする?」
「咲枝? 会いたいけど、水曜日って無理だよ。仕事があるもの」
「ですよね~。分かってはいたんだけどね」
咲枝と菜都芽、実香の三人は大学時代からの友達なのだ。
ただ、大学を卒業すると同時に咲枝は結婚してしまった。
「日曜日とかだと、ご主人がいるから遊びに行けないからね。咲枝もご主人がいると忙しいみたいだしね」
「結婚すると、好きな時に遊ぶこともできないのね」
菜都芽が哀れみをこめて言うが、実香からしてみたら、定職をもっている菜都芽は咲枝同様、好きな時に好きなことができないという点では、甲乙つけがたいと思っている。
菜都芽は別れしなに、何度も『また会おうね』と繰り返していた。
やはり、学生時代の友達が一番楽なのだろう。
どんなに会えずにいても、会えばあっという間に、二人の関係が元に戻ってしまうのだから、不思議なものだ。
「うん、また会おうね。連絡するからね」
夜がすっかり落ち着いて、街のネオンがきらびやかに光っていた。
「それにしても、やっぱり定職についてると、自由が無くて嫌だな~」
実香が菜都芽を思い出しながら、呟いた。
呟きながら、思わずあたりに目をやる。
それはまるで、浮気現場を押さえられるのではないかとヒヤヒヤしている夫の行動に似ていた。
どうやら実香さん、本音は定職についていない自分に多少なりとも恥ずかしさを感じているようだ。




