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34.ひとり酒(2)

「それにしても、なぜ連絡をくれない!」




 ケイタイが切れているのだから、仕方がない。




「彼女がいるんだから、電話代くらいちゃんと払えよ!」




 ごもっとも。




「大体さぁ、店に顔を出して、事情を説明してから音信不通になればいいじゃない!」




 確かに!




「何なのよ、アイツ!」




 じゃぁ、別れるか?




「……無理……これほど好きになったのは始めてなんだもの」




 ほとんど涙目の実香さん。


 そのとき、ケイタイが光った。


 それは、メールが来ていることを意味している。


 彼からの連絡がないケイタイに、用はないとばかりにサイレントマナーモードにしてあるのだ。

 

 実香は、彼のケイタイが復活したのかと思うと、すばやくメールボックスを開いた。


 そこに飛び込んできた文字は意味不明のジャンクメールだ。


『あなたを待っている、寂しい女です。どうか、私を……』


 私を……の先は、恥ずかしくて読めたものではない。


 いや、書けたものではない。




「冗談やめてよね! 私は女だっつーの! 寂しいのはお互い様なんだから、自分で何とかしてよ!」




 ケイタイに毒づくが、自分で何とかできる内容のジャンクでもなさそうだ。


 実香は、ケイタイを壁に向かって投げつけようとして思いとどまった。


 そりゃそうだ、いくら古いケイタイであっても、最新のケイタイに変えたくても、今はこれが壊れたら、彼とのつながりの全てが断たれるのだ。




「危ない危ない。激情に任せて投げるところだったわ。

壊れて、もしもこの瞬間に彼からメールが来たら……アウトじゃない」

 



 ケイタイを撫でていると、またしても光る。




「しつこいなー。何で最近ジャンクが多いかなー。何もしてないのにー」




 ビールをグビリと喉に流し込み、再度ケイタイに目を落とす。


 どうせ、似たような内容のジャンクであることは分かっているのだ。


 だがもしも、もしもこのメールが彼からだったら。


 そんな思いが浮かんでは哀しくも、金縛りにあうということをくりかえしているのだ。




「哀しい金縛り……なんてね。何かの映画の題名みたいだ」




 そんなものがあったかどうかは別として、実香さんささやかな希望を胸にケイタイを開いた。


 そこには『天馬』の二文字。


 思わず雄叫びを上げたくなるが、さすがに夜だし、親が驚くのでグッと耐える。


 しかし、大きくガッツポーズだ。

 

 急いでメールを開くと、彼からの敬語ばかりのメールが飛び込んできた。




『こんばんは、お久しぶりです。今、大丈夫ですか?』




 あまりの嬉しさに、三本目のビールを完飲してしまった。


 それにしても、文字だけを見ると、さっきのジャンクメールの方が、よほど親近感が湧く文章だ。


 早速メールを返す。




『大丈夫です。連絡がなかったから心配しました』




 相手が敬語なので、どうしても敬語になってしまう。


 しかも、一歳とはいえ年上なのだ。


 いつになったら、この壁が飛び越えられるんだろうと、ため息が出そうになるが、今はそれどころではない。

 

 送信ボタンを押す。

 

 待つ。……待つ。…………待つ。…………待つ。

 

 毎度のことだが、速やかにメールが返ってきたためしがないのだ。

 

 それでも、つながっていると思うと嬉しくなる。


 更にビールを空にしてしまった。


 さすがに、つまみがチーズタラだけで、四本のビールは結構回る。

 

 ケイタイが光る。




『バイトしてました(汗) すいません、ケイタイが切れてしまったので、連絡ができませんでした』


『パソコンも? 電気も切れていたの?』




 思わずため口。




『……すいません。PCは生きてましたが、PCからメールができるということを忘れていました』




 悪気はないのだろうが、思わず拳を握る実香さんだ。


 どこまで変人なのだろう。


 と、思いつつ更に一本。


 かなりのハイスピードで空になっていくビール缶。


 天馬と連絡がついたと思った途端に、ビールが水であるかのように胃袋に入っていく。


 それは多分、つながったという安心感から来る、怒りのなせる業。




「やばい……かなり、回ってるし~。天井回ってる」




 とは思っても、このメールを自分からエンドにする気にはなれない。




『そんな……』




 と書いてみたが、またしても返信が遅い。


 さすがに怒り心頭の実香さん。


 アドレス帳から電話番号を引っ張り出して、コールしてみた。


 酔っていれば何でもござれだ。


 しかも、更にプルタブを押し開けて、次のビールを握り締めているのだ。

 

 コール、コール、コール、コール、コール……

 

 しつこく十回ほどコールすると、ようやく相手が出てきた。




『はい』


『実香で~す』


『酔ってるんですか?』


『酔ってます! 酔わずに、音信不通の彼を黙って待ってることなんてできまてん!』




 酔いが回っているせいか、語尾がおかしい。




『ああ、そんなに待たせてしまいましたか。すいません』


『そうよ! 待って待って、おばあさんになってしまったじゃない!』


『そうなんですか?』


『冗談よ!』


『そうですね』




 そうですねという言葉が楽しそうだ。反対に実香は余計に怒りが湧いてくる。




『ねぇ、天馬と私はなんなんの?』


『なんなん……と言われましても』


『だ~か~ら~。どんな関係なんな?』




 完全にろれつが回っていないようだ。




『多分、恋人同士に分類されるのではないかと思いますが』


『多分? 多分? 多分じゃなくて、絶対に恋人同士よ!』


『そうですか』




 また、笑っている。




『どうして、恋人に対して敬語なの? ねぇ、どうして恋人に何も言わずにいなくなるの? 一体何をしてたの?』


『すいません。まず、敬語は子供の頃から誰に対しても敬語だったので、その癖が未だに抜けないので、勘弁してください』


『子供の頃から敬語って、なんでよ』


『さぁ、自分でも分からないんですが、親に聞くと幼児の頃から敬語だったようです。ほら、何かのアニメに登場する子供のように』

 



 実香はちょっと考えて、なるほどと思った。


 確かに、そういった子供が登場するアニメがあった。

 

 いや、それよりも天馬の口からアニメの話が出てきたことの方が驚きだった。


 新たな発見と言うところだろうか。


 しかし、今はそんな楽しい話に興じている場合ではないのだ。




『じゃぁ、何で何も言わないでいなくなるのよ!』




 そう、そこだ! 酔ってるせいか、逆に話がそれずに済んだ。




『それは、本当に申し訳なかったです。今まで、ずっと一人だったので、誰かに連絡すると言う感覚がなかったのです。今後は気をつけますから』


『本当にそうよ! どれほど心配したことか!』


『分かりました。実香さんの気持ちも考えずに、申し訳なかったです。

でも、一日だって、実香さんのことを忘れたことはありません』


『それで、何のバイトをしてきたの?』


『日雇いの引越し屋です。いつも引越し屋のバイトをしているんです』


『だったら、アパートに帰ってきていたんでしょ?』


『そこは、時給がいい代わりに、かなりハードなんです。早朝から夜中まで働くことがよくあるんです。そういう忙しいときにバイトを入れるんですが。

だから、アパートに帰るよりは、会社の休憩室で寝泊りするほうが効率的なんです。通勤時間がなくなりますから』




 聞けば納得できる話だが、これで『そうだったの、ごめんなさい』と言うほど素直な実香さんではないのだ。




『それだけ大変なバイトで、結構な日数働いたのだから、お給料も多かったんでしょう?』


『そうですね、いつもよりはもらえましたね』


『あなたがそうやって稼いでいる間に、私はどれほど寂しい思いをしたかわかっちゃい?』




『わかってる?』と言いたいらしい。




『実香さん』


『なに!』


『寂しい思いをさせて、本当にごめんなさい』


『そう思うんだったら、逢ってちゃんと謝ってにょ!』




 体が左右に揺れ、天井がぐるぐると回っている。


 自分が何を言っているのかすら、覚えているかどうか疑問だ。


 それでも、たまりにたまった思いを爆発させねば、先が続かないのだ。




『そうですね。ちゃんと会って、謝りたいです』


『そうそう、実香さんはどんなに泣いてもみかんなんだから』


『え……実香さん?』


『だから……』




『だから……』を最後に、ケイタイから実香の声が聞こえなくなった。


 聞こえてくるのは、安らかな寝息だけだ。


 天馬はふっと目を細め、優しい笑みを浮かべるとケイタイに向かって静かに『ごめんね』と言い、そのままじっと実香の寝息を聞くように、ケイタイを耳に当てていた。

 

 時々聞こえてくる実香の寝言は


――天馬のバカぁ――


 だった。



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