32.恋の迷路(2)
「それより、実香さんの恋の病は重症なんですか?」
結局、店長の持論を信じているところが可愛い。
「そりゃぁ、これだけため息を吐いてたら、重症も重症。
重症と言うより、重篤というところだろう」
「なんだか、死にそうな感じですね」
「相手次第で、死んじまうのが恋ってもんだよなぁ」
「それって、やっぱり殺人に値しますかね」
訳の分からない会話になってきている。
「ねぇ、店長。分からないんだけど」
この二人のバカな会話が耳に入っていないのか、実香が静かに言葉をだした。
「おう、何だ? この店長に分からないことはないぞ」
「店長より、俺のほうが役に立ちますよ!」
店長と連の二人がじっと実香を見る。
そんな二人の顔を交互に見て、実香はおかしそうに笑った。
「そんな、じっと見られたら照れるじゃない」
「そうか、じゃぁ、盗み見る程度にしておこう。
おい、若造。お前もじっと見るな」
店長の小さなブームは、この「おい、若造」という言葉らしい。
まぁ、「青春だね~」を連呼していた頃よりは、数段聞きやすいのでよいとしよう。
「デートして、一ヶ月も進展がないってどういうことかなぁ」
「一ヶ月も進展なしって、去年からデートしてないのか?」
さすがに店長も驚いたようだ。
「正月もデートしなかったんですか?」
と聞いてきたのは連のほうだ。
実香はゆっくりと頷いてみせた。
「それは、さすがに酷いですよ!」
連が憤慨やるかたないと言いたげに、鼻息を荒くして続けた。
「だったら、そんなヤツは忘れて、他に彼氏を作るべきです!
すぐ近くに実香さんを愛して止まない人がいるんですから!」
遠まわしな言い方だが、言えるようになっただけ成長したようだ。
「その愛は店長に譲るとして、ねぇ店長」
「譲られても、俺は女にしか興味がないからなぁ」
「俺だって、店長じゃ断りますよ!」
ひとしきりそんな話題で盛り上がってしまう。
悲しいかな、話が先へ進まないのだ。
「店長、相談してるんだけど」
「そうか。で、奴さんは最近来ないけど、どうしてるんだ?」
「分からない。多分、またバイトだと思うんだけど」
「連絡がないのか? メールとかもか?」
「ケイタイがつながらないの。お客様のご都合によりって」
「料金滞納してるんですね。最低だなー」
最低だと連に言われ、内心(親のすねかじりの癖に、何が最低よ。失礼だな!)と思う。
思うが、そういう実香さんも親のすねかじりなのだから、同類なのだ。
「そうか、きっと奴さんも連絡が取れなくて辛いだろうよ。
そのうち現れるさ。前みたいにな」
「それはね、分かってるんだけど。
ただ、一ヶ月も進展なしっていうのが……」
店内の暖かさのために、窓が曇って、外が見えない。
その窓は、冬の寒さを物語っているようだ。
そして、寒さを感じれば感じるほど、天馬がどこで何をしているのかが気になってならない。
(まさか、穴のあいたセーターを着たまま、路上で行き倒れとか……)
などと、考えてしまう。
「そんなに気になるなら、次に現れたらはっきりと言ってみたらどうです?」
「はっきりと?」
連の言葉に、実香が疑問を投げかける。
今までなら、次に取る術は自分で考えることができた。
それは、別段捨てても惜しくない恋だったからかもしれない。
ダメなら次がある。
それが実香の恋愛感だったのだ。
ところが今の実香は、天馬を失うことが何よりも怖い。
たった一度のデートで、天馬の普通ではない感性に魅了されてしまったのだ。
(彼のような変わった人は、他にはいないわ。それに、彼といると安らぐんだもの)
「一緒にいて、安心できる相手が一番だからなぁ。愛が深まれば深まるほど、怖さが倍加されるんだよな」
まるで、実香の心を読んだように店長が言った。
「それでも、草食系だったら、実香さんからアクションを起こさないと、相手は何もしてくれませんよ」
連の言葉に実香が振り向いた。
「草食系?」
もちろん実香とて、草食系男子がいることも、草食系が優しく女性的で、自分からは行動を起こさないというのも、知識としては持っている。
だが、天馬がそういうタイプだとは考えもしなかったのだ。
「俺の友達に草食系がいるんですが、本当に何も自分からアクションを起こさないんですよ。好きな人ができても、告白なんてしない。
ただじっと相手を見ているだけなんです。で、結局今は他の人と付き合ってますけどね」
なぜ好きな人がいながら、他の人と付き合うのだろうか。
「自分じゃアクションを起こせないから、告ってきた方と付き合ってますよ」
「そんなもんなの?」
「そいつは、本当に男なのか?」
実香と店長が同時に言葉を発っする。
「そういうものらしいです。
あいつに言わせると、自分は愛される方が性に合っているって事らしいです。
で、本当に男です、ついてますから」
「おまえねぇ、ついてても男気がないようなやつは男じゃないだろう」
ついているとかいないとか、実香の前であることを忘れている二人に、「セクハラ宣言しますか?」と実香がにらみを効かす。
すると、二人が同時に口をギュッと閉ざした。
その姿がおかしくて、笑いがこみ上げてくるが、ここで笑ったのでは効果半減なので、ぐっと我慢だ。
「とにかく、はっきりと実香さんからアクションを起こさないとダメですよ。
彼氏さんが草食系かどうかは分かりませんが、もしそうならどこまで行っても進展はないですよ。それどころか、自然消滅しますから」
と、結構まともな意見だ。
「その友達がそう言ってたんですよ。
彼女が行動派じゃなかったら、告ってきても進展しないんだよって」
そんな輩も存在するのが、現実社会だ。
「世の中変わったねぇ」
店長が、眉根を寄せて吐き捨てるように言ったのだが、最近では草食系男子のほうがモテル傾向にあるのだから、不思議なものだ。
そのため、偽草食系男子なるものも存在している。
「偽草食系男子? なんだ、そりゃ」
「草食系がモテルから、肉食系男子が草食系の振りをするんですよ」
「草食系だの、肉食系だのって、面倒くさい世の中になったなぁ」
「店長が古すぎるんですよ」
「彼が草食系かどうかは別として、確かに私から行動しないと、進展はなさそうよね」
実香が視線を落として呟いた。
「実香さん、顔を上に向けないと、福が来ませんよ」
「そうなの?」
「はい、うちのおばあちゃんの押し売りですけど」
「それは、受け売りだろー。お前、大学生だろ」
店長が「押し売りってねー。お前、真面目にバカだろー」と騒いでいる。
かなりつぼだったらしい。
またしても話が中断してしまった。
(そうね、私から行動しないと……。きっと、お金がないから自分からは誘えないのかもしれないし……。でも、やっぱり怖いな……)
恋の魔法にかかった実香さんは、迷路にはまってしまったようだ。




