31.恋の迷路(1)
クリスマス・イヴのデートから一ヶ月が過ぎようとしていた。
あれから、『ハンプティ』で顔を合わると、お互いに微笑みを交わすことはあるのだが、それ以上のことがないのだ。
メールのやり取りは、相変わらず敬語で、実香が送ったメールに返事が返ってくるだけだ。
しかも、劇的に短い。
これで、付き合っていると言うのだろうか。
いくつもの恋を重ねてきた実香だが、今回ばかりは雲をつかむより難しそうだ。
おかげで何をしていてもため息が出て仕方がない。
「実香さん、またため息。幸せが逃げていきますよ」
実香のため息に連が笑って言うが、今回ばかりは冗談にできる状態ではないのだ。
しかもここ数日、またしても天馬とは連絡が取れなくなっている。
「原因は彼氏さんですね」
言われたくはないが、分かりすぎるだろう。
客のいない店内の、たった一つの席だけを見つめているのだから。
「そうね。分かるわよね」
「分かりすぎるほど、よく分かるね。珍しいこともあるもんだ」
そう言ったのは、相変わらず急に現れる店長だ。
「店長、新作できたんですか? 去年から、新作をメニューに加えるんだって言ってましたけど」
ため息混じりに言うと、「急いては事を仕損じる」と返された。
「実香も本気の恋に出会ったのかもしれんなぁ」
「本気の恋?」
連が店長を見て言うと、店長は丹念にコップを磨きながら頷いて見せた。
「適当に、男が追いかけてくることを楽しんでるうちは、遊びの恋。
逆に、相手が気になってため息ばかりの恋の病に陥ると、本気の恋」
「それは、誰が言ったんですか?」
「俺の持論だ」
「なんだ。店長の持論じゃ信憑性に欠けますよ」
「なぜそう思うよ、若造」
「店長は、はるか昔に恋することを忘れてきたじゃないですか。
さすがにその歳で恋愛もないでしょう」
「相変わらず失礼なヤツだな、お前は」
軽口を叩く連に対して、楽しそうに応えているのだから、店長も連が気に入っているらしい。




